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異世界で逃亡中!  作者: えあきる
6/8

お姫さまと謎の少女

 ちくちくと刺さる視線の中を潜り抜け、久しぶりとなる殿下と対面した。

「エメルディア・アディンソン、只今御前に参りました」

 カーテシーをして、頭を垂れる。許しが出るまで頭を上げてはいけないが、第二王子はなかなか許してくださらない。

「……綺麗だ」

 ポツリ、と吐息に混じった言葉が耳に入る。それは、耳馴染みのある殿下の声で間違いなかった。

「殿下?」

 耳馴染みの無い少女の声が第二王子を呼ぶ。その第二王子は、慌てた様子で「楽にしなさい」と私へ声を掛けた。

 許しを得た私は、慌てず取り乱さず、ゆっくりとしなやかな動きを心掛けて姿勢を正した。

 目の前には、初めてお会いした頃よりもずっと精悍な顔付きになった第二王子と、小動物のような可愛らしい栗毛の少女が居た。

(さて、何を言われるのかしら)

 身構えている私に対して、目の前の彼らは心ここにあらずといった様子だ佇んでいた。

 片や第二王子は、頬を赤く染め上げ、蕩けるような視線を私に向ける。

 一方、名も知らない少女は、何故か呆然としていた。ふと、小さな唇が忙しなく動いていることに気づき、魔法でその口から漏れた言葉を拾った。

『これがあの悪役令嬢エメルディア? 嘘よ、ゲームのエメルディアと全く別人じゃない』

(ゲーム、ですって?)

 その単語に“俺”が反応する。そして、瞬時に可能性を閃かせた。

(まさか、此処はゲームの世界なの?!)

 勿論おくびにも出さないが、私は内心驚愕の余り唖然としていた。

(けれど、悪役ってどういう事かしら? 私は特に何もやっていないけれど……。もし、この世界がゲームの世界なら、私は本来悪役だったのだとしたら、変わったのは“俺”のお陰?)

 “俺”が喚び起こされた時を思い出す。

 “私”は見知らぬ男に腹を刺されて死ぬ一歩手前まで行っていた。運良く死を免れたエメルディアは“俺”に諭され、強く逞しく生きてこれた。そして、自分自身を磨き上げるために、かなり制限のある生活を送った。

 それに対して、両親は“私”だけだったエメルディアの記憶以上に甘やかし始めた。

 何故か。

 それは恐らく、私があの事件で心を深く傷つけられたと思っているからだ。

 私には“俺”が居た。

 “俺”は自分で言うのも何だが、変な男だ。

 エメルディアの母親が自身の理想で、その娘であるエメルディアは、上手く行けば母親以上の美人になれる。それは“私”も望んでいたことだ。美人になりたい、とかではなく、あの頃はもっと純粋に母のようになりたいと思ったのだ。

 自分でありながら、第三者として自分のことを見ている所為か、“俺”は厳し過ぎるほどにエメルディアに努力を強要した。

 それはエメルディアにとって辛いことだったが、“俺”のお陰で“私”もエメルディアのことを“見る”ことが出来たように思う。

 無条件に甘やかす。しかし、それは本当に正しいのか。

 きっと、否、確実に“俺”が居なければ、“私”は親の甘えに乗っただろう。

 怖かった。

 痛かった。

 もう嫌なの。だから守って。

 傍に居て。

 一人にしないで。

 転がるように、私は駄目人間になっていただろう。我儘で泣き虫で臆病なエメルディアが出来上がっていたに違いない。

 “俺”が居たからこそ、今エメルディアは胸を張って努力が出来ている。

 私は悪役じゃなくて、エメルディアとして生きている。

 今ならば分かる。

 “俺”が“私”の前に現れた理由が。

(ありがとう)

 そんな私の内情など勿論知らず、第二王子は話を始めた。

「エメルディア、貴女が呼ばれた理由が分かるか?」

「……申し訳ございません、分かりませんわ」

「しらばくれるな! エメルディア、貴女はこのマリアルテレスティア嬢を虐めていただろう!」

「……申し訳ございません、殿下。もう一度、彼女の名前を私に教えていただけませんか?」

「マリアルテレスティア嬢だ! 知らぬとは言わせんぞ!」

 マリアルテレスティア。

 聞いたこともなかった。

 それにしても、長い名前だ。長過ぎる所為で、とてもインパクトはあるのに、覚えられない。

「申し訳ございませんが、本当に存じ上げませんわ」

 きっぱりと私が告げると、第二王子は歯嚙みして呻いた。

「し、しかし、この者を虐めたことは事実だろう?」

「いいえ、そのような事実はございませんわ」

「嘘よ!」

 私と第二王子が口論する最中、口を挟んだのはマリアルテレスティア嬢だった。

「エメルディアさま、いつも私を虐めてたじゃないですか! 証拠だってあるんだから‼」

 そう告げて、儚い胸元から取り出したのは、真っ赤な薔薇と真っ黒な薔薇、そのあちこちにゴテゴテと、宝石のようなギラついた石を取り付けた悪趣味な髪留めだった。

「どう?! 貴女の髪留めでしょ、これ! 私を虐めた教室に落ちていたのよ!」

「???」

 参ったか、と言わんばかりに儚い胸を突き出して、その悪趣味な髪留めを高々と突き出す。対して、私は見たこともない悪趣味な髪飾りをお前のものだと突き付けられ、何と返せば良いのか分からなくなってしまい、思わず小首を傾げた。

「異議あり!」

 しんと静まり返った会場に、意思ある声が上がる。私や第二王子のものではなく、しかし耳馴染みのある友人の声が、会場に高らかに響いた。

「そのような悪趣味な髪飾り、エメルディアさまが身に着ける筈ありませんわ! それに、エメルディアさまは薔薇よりも今彼女が付けられている白百合の方がお好きですのよ!」

 振り返ると、私の擁護をしてくれた友人であるマリーさまが目に飛び込んだ。

 顔を真っ赤にさせたマリーさまは、遠目から見てもぶるぶると震えている。にも関わらず、キッとマリアルテレスティア嬢を睨みつけていた。

 それを皮切りに、静まり返ったままだった会場がざわめきを取り戻した。

「確かに」

「あんな悪趣味な髪飾り、見たこともないわ」

「寧ろ何処で手に入れたんだ、あのピンク」

「おいおい、名前で呼べよ」

「何て名前だったか?」

「えぇと、ま、ま、マントヒヒ?」

「マリアルテレスティアよ! マ、しか合ってないじゃない! 失礼ね‼」

『大体ゲームでエメルディアが付けてたのよ、こんな感じの! 売ってないから、わざわざ似た感じのを作ったのに!』

 マリアルテレスティア嬢の呟きも聞き逃さなかったが、彼女のヤラセ行為に私は呆れ返ってしまう。

 彼女が野次を叱りつけると、途端にざわめきは強さを増した。

「大体、何でエメルディアさまがあの子を虐めなければならないの?」

「本当よね」

「そもそも、私たちの知るエメルディアさまは、あのような一般市民を虐めるような狭量な方でも暇人でもないわよね」

「ですわよねぇ」

 うんうん、と頷き合う淑女達。

 一方。

「俺、エメルディアさまになら、イジメられたいかも……」

「ええっ、お前、そんな趣味が……。いや、でも、分からんでもない」

「だろう? あの色っぽい身体を魅せつけられながら、あのセイレーンの様に美しい声でイジメて欲しいと思うだろ?」

「マニアックだろ!」

「ちょっと止めてよ、男子! エメルディアさまを汚さないで‼」

 最早パーティーどころではない。

 あちらこちらで好き勝手に騒ぎ出した卒業生らは、最早同じ室内に王族が居ることすら忘れている。その王族たちは、というとまるで蝋人形のように無表情のまま、会場を眺めていた。

「……」

 はぁ、と溜息を吐いた後、両腕を大いに広げてパンッッと手を叩いた。

 魔法によって音量を大幅に増やしたその音は、空気を大いに震わせ、その場に居る列席者たちの鼓膜を揺さぶった。

 しん、と再び静まり返った会場の視線が、一気に私へと集中する。

 そして私は、目の前に佇む第二王子へと視線を向けた。第二王子は、先の音に慄くこともなく、何かを堪えるように顔を俯かせていた。

「殿下」

 私の呼び声に、殿下の身体がビクリと震えた。

「何故このような騒ぎを起こしたのですか? それとも、本当にこの娘の言い分を信じられたのですか?」

「……」

「例え恋仲だとしても、やって良いことと悪いことがありましてよ? 殿下なら、それ位お分かりになるでしょう?」

「……でない」

「……今、何と」

「恋仲などでは無いと言ったのだ! 私が愛しているのは、昔も今もずっとただ一人、エメルディア、貴女だけだ‼」

 俯いていた顔を上げた第二王子の顔は、熱でもあるかのように真っ赤に染め上がっていた。その瞳は、挑むように私を睨み付けている。

 第二王子の告白に、あちらこちらから淑女の黄色い悲鳴が響く。

 こんな公衆の面前で、しかも王族であり親であり家族である国王と王妃、王太子殿下と王太子妃殿下がわす場で告白したのだ。

 乙女ならば「キャー」と叫ぶ場面なのかも知れない。先程まで第二王子にべったりだったマリアルテレスティア嬢も、大々的な告白に口元を抑え、顔を真っ赤に染め上げていた。

 しかし、“俺”は冷静だった。

 男に告白されても嬉しくない。加えて、相手はあのセクハラ王子だ。これで喜んだらマゾである。

「……百歩譲って「百歩譲らなくても私はエメルディアしか愛していない」

「……話の腰を折らないで下さいまし。殿下が私を好いているとして、何故それが今回の事件に繋がるのですか?」

「それは、このマリアルテレスティア嬢からの密告が始まりだ」


 ◇


 マリアルテレスティア嬢は、一般市民でありながら、成績優秀者として高等科に入学を果たした優等生だった。

 今までも成績優秀者は数多く居たのだが、女性は彼女が初めてだった。

 慣例的に、高等科に入学したばかりの一般市民には、サポート役として同学年の生徒の中から一人の貴族が付く事になっている。

 その貴族に、エメルディアの弟であるアーロンが選ばれた。

 アーロンはまだ入学出来る年齢ではないのだが、公爵家の「早く学園を卒業させ、次期公爵として勉強をさせたい」と云う強い要望で、特例として許可されたのだ。勿論、彼に入学生と同等、若しくはそれ以上の知識が備わっていた為に許可されたものである。

 アーロンは貴族の代表として、しっかりと彼女のサポートをするつもりだったのだ。しかし、サポーターであるアーロンに対して、マリアルテレスティア嬢は矢鱈に馴れ馴れしかった。

 婚約者が居るから辞めてくれ、とはっきりと断っても、彼女はめげるどころか「政略ですのよね? 真実の愛を私が教えてあげます!」と何処から湧いたかも分からない自信と思い込みで以て辞めなかった。

 その馴れ馴れしさに辟易しつつも、指名された手前、途中で投げ出したくなかった事から、エメルディア経由で仲良くなった第二王子や第二王子の侍従であるアレキサンダー、第二王子と友人であるクレストに協力を願い出た。

 自分もそうである筈だが、一般市民では到底お目通り出来ないような高貴な方々を前にすれば、多少なりともその馴れ馴れしさが薄まるだろうと考えたのだが、彼女は成績優秀にも関わらず馬鹿だった。

 学園中の噂になる程に、彼女は身の程を弁えずに馴れ馴れしくベタベタと近寄って来た。

 アーロン含めた四人が辟易して、学園側に報告しようとしたある日のこと、マリアルテレスティア嬢は耳を疑う様な申告をしたのだ。

「私、エメルディアさまに虐められてるんですぅ」

 猫なで声で、態とらしくわかり易い嘘泣きをする彼女に、アーロンは「何を馬鹿な」と思った。

 彼女が虐められている様子など、始終ベタベタされているアーロンでさえ見た覚えもなく、そんな報告も一切寄せられていない。

 ただの虚偽の申告ならまだしも、それは自分の敬愛する実姉に対するものだ。

 実姉であるエメルディアがそんな下らないことするわけがないことを一番理解していると自負するアーロンは、この馬鹿げた申告に腸が煮えくり返そうになった。

 そんなアーロンの気持ちなど露知らず、マリアルテレスティア嬢は涙ながらに嘘の申告を続けた。

「エメルディアさま、私がクリスさまと仲が良いことを嫉妬されてるんだわ……!」

 いつ仲良くなったんだ、とか第二王子は君に愛称呼びを許可してない、とか言いたいことは山程あった。いっそ殴ってやろうかとさえ思う程に、アーロンの怒りは高まっていたのだが、それを阻んだのは他でもない、第二王子だった。

「エメルディアが……嫉妬……」

 感慨深く呟く第二王子の目尻には、涙が溜まっていた。今にも零れてしまいそうな程に溜まったそれを見て、アーロンは燃え上がっていた怒りも忘れてしまった。

 アーロンは、勿論知っていた。第二王子が、如何に実姉エメルディアを好いていたか。

 第二王子も、はっきりと「好きだ」「愛してる」とは口にしなかったものの、「将来、貴女と共に支え合っていきたい」「君の作ったパンを毎日食べたい」など、寧ろそうとしか思えないような愛の告白をエメルディアへ贈っていた。そんな第二王子の姿を、アーロンは幾度となく見てきた。

 それが、まさか当の姉に全く伝わっていなかった(伝わっていたが無視されていた)と知ったのは、つい先程の話だが。

「そうですわ! 私、怖くてっ……」

 ちゃっかりと第二王子の胸板に飛び込み抱き着いていたが、第二王子自身はそれどころではなかった。

 第二王子は、初めて会ったその日から絶えず彼女に好かれるように努めた。加えて、彼女が自分に少しでも恋愛感情を向けてくれるよう、女性がときめくと云われる言葉や仕草を、全てエメルディアに試した。

 しかし、彼女はときめくどころか、普段と変わらぬ絶やさぬ笑みを浮かべたまま、割と強い力で第二王子を退けていた。

 抱き着こうとすれば腕を突っ撥ねられ、頬にキスをしようとすれば軽やかなステップで躱され、幾度となくした愛の告白は、胡散臭いポエムだと思われた。

 彼女の好みの最低ラインと云われた学業、武術、魔法など、どれほど頑張っても彼女に追い付けず、寧ろ日々その差を広げられる始末。

 第二王子の初恋であり片思いは、第三者が憐れに思うほど、脈無しだった。

 諦めれば良いものを、どうしても諦め切れない第二王子は、遂にはその明確な嘘に希望を見出してしまったのだ。

 彼女に唆されるまま、第二王子は彼女に嘘の罪を突き付けた。

 アーロンもアレキサンダーもクレストも、皆第二王子を留めた。

『考え直してください!』

『お前の愛する女性が虐めなどという低俗な行いをするわけがないだろう』

『殿下、貴女の愛する人を信じてあげて下さい』

 しかし、第二王子は聞く耳を持たなかった。

 第二王子は、願わずには居られなかったのだ。

 愛するエメルディアが、ほんの僅かでも自分を好いていることを。嫉妬という愛を見せてくれることを。

 しかし、それは所詮幻想でしかなかったのだ。

お読みいただき、ありがとうございました。

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