お姫さまと学園生活
結局、私は第二王子の婚約者候補となった。
解せないが、それが政略だと今は腹を括るしかない。それに、未だ候補止まりである。運が良ければ候補から外される可能性もある。
大丈夫だ、問題ない。
第二王子との見合いの後、何度か候補者数名と第二王子とでお茶会が催された。
候補者は皆、着飾り、化粧をし、流行りの香水を振り掛けて、「殿下」「殿下」とハンターの目をして殿下に媚を売っていた。
(凄いわぁ)
私は、ほんの少し離れた場所でその様子を眺めていた。勿論、笑みは絶やさない。
猫なで声なので猫がじゃれ合ってる、と思いながら見ていた所為か、何だか微笑ましくなってくる。
このような茶会が、半年に一度のペースで催されている。
その間に、私は他の候補者の方全員から個々に「殿下をどう思っているか」訊ねられた。
勿論、回答は「特に何も」だ。疑り深い候補者もいた為、誓約書まで書いた。
『私からは殿下に何もしない』と。
寧ろ、私は彼女たちを応援するつもりであった為、激励した。そのお陰か、私は彼女達にとって完全なる中立派であり、傍観者であり、相談役――愚痴聞き役であるという認識を得ることが出来た。
そんな体を貫いていた為か、最近は彼女達伝いに色々な方の愚痴聞き役をするようになった。
その内容は多岐に渡るが、彼女達からしたら腸煮えくりかえるような事だったり、心が死にそうな程辛い事だったりする。
私にはその気持ちはよく分からないのだが、“俺”の女友達による経験上、女性は話を聞くだけで良いのだそうだ。だからと言って「へー、そうなんだー」なんて心にもない事が丸分かりな返事をしてはいけない。大切なことは、聞くこと、そして親身になった様に相槌を打つこと、決して否定しないこと。
これだけで大体上手くいく。
そして上手く行った。そのお陰で、やたらに同年代の恋愛事情を知ることとなった。
その情報は、家同士の繋がりにも影響する。
なので、未だに「姉上を越すことが目標!」と頑張っているアーロンに、端的に纏めて教えている。
公爵家の跡取りとなるからには、人事にも目を向けねばならない。今から少しずつ家同士の繋がりを教えておけば、将来役立つこと間違いなしだ。
勿論、重要な事は父にも報告している。お陰で、昨今公爵家はあちこちの家からお呼ばれすることも増えた。それは領地経営にも影響しており、互いの利になる交渉をし合って仲を深めている。
さて、さらに年月は三年程過ぎ、私は王国立の学園に通うこととなった。
貴族は義務、商家以下は任意。
王立の学園である為、商家以下から徴収する授業料は一般市民でも無理無く支払える額だ。
しかし、学園自体は昔からあったものの、商家以下の一般市民が通えるようになったのは、ここ数十年の間だ。昔よりは一般市民の生徒も増えたと云われるが、やはり農家など朝から晩まで人手が居るような家の者の通学は未だ難しい。
また、貴族の大半は幼い頃から家庭教師に付いてもらっていたのに対し、一般市民でそのような者は滅多に居ない。領地によっては、学校を作って簡単な計算や文字等の最低限を教えているが、基本それだけだ。
故に、この国の学園には二つの学科がある。一つは誰でも入学出来る普通科。もう一つは貴族と、一般市民の中でも一定の成績を収めた者だけが通える高等科。
どちらも在学期間は三年である。
同じ学園だが、科によって学習内容は勿論様々な違いがある。
普通科と高等科で棟は別れており、基本的に行き来は出来ない。
服装について、普通科は私服通学だが、高等科は制服着用が義務付けられる。
高等科の場合、一般市民と貴族子息子女とが同じ学び舎に通うことになるが、学問を学ぶ場で身分差別が発生しないように、という思想の元、視覚的にでも差別を無くそうと云う考えから、そのようになったそうだ。
高等科に一般市民を招き入れた目的は、彼らの中から将来有望な者を発掘する為でる。学園卒業時に行われる卒業試験で、一定の成績を収めた者には国営的にも重要な各機関への就職が待っている。言わばエリートコースである。
制服についてだが、女子は濃紺の膝丈までのジャンパースカート――ウエスト部分はキュッと締まっており、スカート部分はプリーツになっている――と白の詰め襟ブラウス、男子は濃紺のジャケットとパンツに白のワイシャツとネクタイというのが基本。
それとは別に、女子ならば首元にリボン、男子ならベストの着用、あとはカーディガンやセーター、コート等の防寒具の着用も許可されている。そこでお洒落を楽しむ者と見栄を張る者で分かれるのだが、それもなかなか見ていると楽しい。
私はと言うと、首元にシャツと同色である白のレースリボンをあしらっている。“俺”が言うには、エメルディアのほっそりとした首にボリュームのあるリボンが映える、のだそうだ。
女子のブラウスにはシンプルな物とフリルブラウスの二種類があり、私はフリルブラウスを選んで着ている。
これもまた、“俺”的な好みだからだ。
十三歳になったエメルディアだが、“俺”の予想通り、誰にも引けを取らない美少女に成長を遂げつつある。
少女の内に大人の女性を見せ始めたその姿は、正に神が作り給うた存在と言っても過言ではない。
腰まで伸びた豊かなプラチナブロンドは朝日に照らされた海のように緩やかに波打ち、毎日付けているオイルのお陰で心地良い薔薇の香りがする。身体にも塗布しているので、肌もふっくら柔らかく、すべすべである。
幼かった顔立ちはシャープなものに変貌しつつあるが、普段から笑みを浮かべていたお陰か、無表情でも微笑んでいるような柔らかな表情が出来るようになったのは、思わぬ副産物だ。お陰で外面はかなり良く見られる。
身体も大人になりつつある。
胸はあれから順調成長しており、母からはバストアップエクササイズも教えてもらっている。これは垂れ胸予防にもなるらしいので毎晩やっている。垂れるのは、巨乳にとって最大の敵だ。目標は巨乳かつ美乳だ。
勿論胸だけにかまけてはいない。
ウエストはキュッと引き締まり、お尻もぷりんとしている。
手足は細く華奢であり、手首足首など手折れそうなほどであり、指先に至るまでささくれ一つない。
食事はきちんと摂るが、余分な脂肪を付けない為にきちんと運動も欠かさない。
魔力量も魔法技術も向上し、何度か国立魔法騎士団にその成長方法を請われる事もあった。未だに成長し続ける私の魔法に対する才能に、周囲は何処まで伸びるんだと話しているが、私はまだまだ成長出来ると自負している。
最近は、新たな魔法を編み出し始めてある。“俺”が考えた魔法だ。
如何せん、初めて魔法を創作するので、時間は掛かりそうだ。出来れば学生の内に完成させたいが、ここで披露する場が無いのが残念だ。
そんな感じで始まった学園生活だが、全く面白くなかった。
習っている事はとっくの昔に勉強したことで、復習にもならない。
定期試験も講師が気紛れにやる試験も、全て満点で収め、実技も完璧にこなす。一年経つ頃には生徒という立場ではなく講師のサポート役としてクラスを跨いで活躍することとなった。
例えば、試験問題の内容確認をしたり、実技では手本を見せたり、同い年の生徒に分からない箇所を教えたり。
最早、学生の領分を凌駕している。普段授業は自由参加を許可された為、呼ばれない限りは自習室や図書室で自習したり、研究したり、編み物をしたりする日々を過ごした。
そんな私の後を追随するのは、あの第二王子だった。
第二王子もまた、既に此処での授業内容を学んでおり、復習という姿勢で授業に臨まれていた。
第二王子は、勉強も魔法も武術も他者より優れており、第一王子の存在や彼自身にやる気さえあれば彼こそが王太子になっていただろうと評されている。兄弟仲も良く、第二王子にその気が無いため、下剋上は起き得ない筈だが。
しかし、それでも私には到底及ばない。
第二王子は同年代の方より一歩抜きん出ているのだろうが、私は第二王子より十歩程抜きん出ている自信がある。
巷では、私が男だったら下剋上があったかもしれない、と噂されてるらしいが、それもあり得ない。
私が欲してるのは、王の地位ではないからだ。
第二王子については、あの見合い以降も個人的に会いたいと云う手紙が届いたが、時にはアーロンを巻き込んだり、時には友人となった候補者の子と連れ立ったりして、二人きりになる事を避け続けた。
何故だが分からないが、第二王子は完全に私を狙っている。
私が何度も他の候補者の方が優れているかをお話しても、無視である。会話が成り立たない。しかも、会話の端々に「婚約者を貴女に決めたい」と匂わす言葉を含めてくる。
逆に私は「貴方に興味はなく好きでもない」と遠回しに伝えているが、暖簾に腕押し。全く響かない。
このままだと本気で婚約結婚に発展してしまう。貞操を奪われかねない。
嫌だ。
男と結婚とか考えられない。そういう事をするなど、考えただけで鳥肌が立ってしまう。吐き気がする。無理。キスされたら確実に吐く。
最近では、スキあらば近寄って来て、顎クイやら壁ドンやらしてボディータッチして来るので、本当に一瞬のスキも見せられない。
美形のセクハラ、本当に怖い。
壁ドンも怖いし、顎クイも息が顔に吹きかかって来て本当に気持ち悪い。
どんなに見た目が良くても、気持ち悪いものは気持ち悪い。
こんな事、誰にも言えない。
何故なら第二王子は美形男子で、女子の憧れで、憧れの王子さまだから。
気持ち悪いなんて、私の言葉は到底受け入れられないだろう。
誰か第二王子の心を攫ってくれないだろうか。
日常的にストレスはあったものの、恙無く私は第二王子と同級生らと共に最高学年となった。
あと一年、何もありませんように、間違っても既成事実など作られませんように、という私の心からの祈りが神に届いたのか、ある日を堺に第二王子からの接触が一切無くなった。それどころか、月に一、二度会おうと届けられた手紙さえもパタリと無くなった。
代わりに、ある噂が流れ始めた。
「エメルディアさま、聞きまして?」
「まぁ、唐突に何ですの? マリーさま」
それは、学園が休みの日、同じ候補者でたる伯爵令嬢のマリーさまとのお茶会の時だった。
「殿下が、今年高等科に入学された一般市民の女子と恋仲だと云う噂ですわ」
「まぁ……」
第二王子が女子と恋仲。
今年入学したばかりの一般市民の少女。
つまり、私じゃない!
その瞬間、私の心は歓喜で震えた。
(とうとうセクハラ地獄から脱することが出来ましたわ!)
心の中で“俺”はガッツポーズをし、私は神への賛辞を捧げる。
そんな心情とは裏腹に、私は「それは、大変ねぇ」とマリーさまに感想を述べた。
「大変ねぇ、ではないのですわ。殿下だけじゃないのよ。殿下の侍従騎士のアレキサンダーさま、宰相閣下のご子息であるクレストさま、それに貴女の弟君のアーロンさまも、彼女との噂があるのでしてよ」
(まぁ、だから最近外出が多かったのね……)
最近、アーロンは足繁く何処かへ通っていた。アーロンには、彼と同い年の婚約者が居るのだが、どうやら彼女の元に通っているわけでもないようだったのだ。あまり疑われるような行動は避けるべきだと思うのだが、恐らく既に報告がいってる筈の父が何も言ってこない為、私も口を閉ざしている。
しかし、既に家族以外の第三者から告げ口をされている時点で、公爵家を継ぐ者としてどうなのだろうか。
「あらあら」
「あらあら、って……。エメルディアさまは何も思わないのですか?」
「えぇ、当人同士の問題ですもの。私が変に関わる話ではありませんわ」
「え……? で、でも、殿下は確実に貴女を好いていた筈だわ。浮気ではないの?」
「殿下が私のことをどう思われていたかは存じ上げませんが、私は殿下の事を何とも思っていませんもの。だから、浮気でもなんでもありませんのよ」
決してこれは苦し紛れの言い訳などではない。
殿下がはっきりと「好きだ」と告白してこないことを良いことに、私は「殿下の想いなど知りません」と激ニブ女の体を装っている。
どう聞いても苦し紛れの言い訳だ? ただ足掻いてるだけ?
何もしないよりマシですわ!
「そ、……そうなのね」
私がにこやかに肯いて見せると、マリーさまは眉を潜ませた。
彼女は、何かと「殿下とエメルディアさま、お似合いだと思いますのに」と、彼女が友だちでなければ引っ叩いてしまいそうな、吐きそうな事を言ってくる節があった。彼女の想像通りにいかなくて、内心面白くないのだろう。
「マリーさま、せっかくのお茶が冷めてしまいますわよ」
そう私が紅茶を促すと、テーブルに置かれたティーカップを手に取り、一口を飲まれた。
「あら、このお茶美味しいわ」
「ふふ、いつもの紅茶にドライフルーツを加えてみましたの」
「まぁ、そうですのね! 流石エメルディアさまですわ。これ、私でも出来るのかしら?」
「えぇ、茶葉と一緒に好みのドライフルーツを追加して、あとはいつも通りに淹れれば良いですわ」
「あら、本当に簡単そうね。今度試してみますわ」
紅茶のお陰で、面倒な話から躱すことが出来た。少し変わった紅茶を出して良かった、と私は内心安堵しながら彼女と別の話題で花を咲かせた。
(それにしても、そんなに可愛い娘なのかしら?)
第二王子だけでなく、あの騎士然としたアレキサンダーや堅物なクレスト、そしてアーロンまでもを虜にする少女。
(とっても興味は唆られるけれど、近付かない方が無難だわ)
特に、彼女の近くに第二王子が居るというのがいただけない。例え心奪われたとしても、相手は第二王子だ。セクハラしてきた男に好き好んで近寄る者など、居るわけがない。
(このまま無事に卒業して、第二王子の心が本物ならば、婚約者候補から外されるのは必至。予定よりも簡単に計画遂行出来そうですわ!)
最も、婚約者候補から外されていなくても、計画は遂行していたのだが。
学園を卒業したら。
私はその時に遂行する計画を思い浮かべて、私はこれからすべき事を思い描いた。
お読みいただき、ありがとうございました。