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異世界で逃亡中!  作者: えあきる
3/8

お姫さまと王子さまと運命

 あれから五年の歳月が経った。

 怪我の痕は、綺麗さっぱり無くなった。魔法により皮膚を活性化させたからだ。

 魔法を駆使したのは“私”であり“俺”ことわたくし、エメルディア。

 怪我が治った私は、勉強、運動、武術、淑女学、ダンス、音楽、美容、美術等、多方面に対して貪欲に知識を体得し始めた。

 勉強のみ、“俺”の知識がとても役立った。大学受験まで頑張ったのはこの時の為だった、と無性に感動を覚えた。

 父や母には「頑張り過ぎでは?」と初めこそ心配されたが、次第に良い成績を上げ、そして同年代よりも淑女然している事をお茶会で知るととても鼻高々に娘自慢するようになった。

 私には五年の間に弟が出来た。と言っても、あの怪我の後すぐに妊娠していた事が発覚したため、彼――アーロンも今は五歳。

 私の後を子鴨のように追いかけて来ては「姉上より立派な紳士になるんだ!」と一緒に勉強も運動も全てやっている。

 ところでアーロン、私は紳士じゃありません。淑女でしてよ。

 それとは別に、私はこっそり魔法の勉強もしている。

 魔法という単語に、“俺”はとてつもなく高揚し、何よりもやる気を出して学び始めた。

「魔法少女こそ、オタクである俺が俺となったえん‼」

 つまり、そういう事だ。

 勿論、魔法もきちんと講師から学んでいる。しかし、私はそれでは足りない。

 この世界では、魔力は体力と似ている。しかし体力とは違い、視覚的にその量を判断出来る。

 私の魔力量は人並み、可もなく不可もなく、だった。しかし、人並みでは“俺”が許さなかった。

 “俺”が目指すエメルディアは、全てに於いて人々を超越しなければいけない。誰からも頼りにされ、誰よりも優しく、気高く、美しく。

 魔力量を上げるため、魔力量が上がると云われている座禅を朝晩やり、滝行にも足繁く行き、常日頃から魔法に慣れるために地面から少し身体を浮かせて歩いたり座ったり、公爵領にある魔物が生息する森へ討伐しに行ったり、我武者羅に努力した。

 お陰で、今は魔力量だけでなく、技術面においても国立魔法騎士団に入団出来るレベルにまで達した。

 十歳でこの魔力量は珍しい。

 年齢に関わらず、危ない事をしている認識はある。しかし、結果が付いて帰ってくる為か、両親も私のやる事に咎めなくなりつつある。

 私の能力が上がり、ついでに魔物も討伐する。公爵領では、月に何度か魔物被害が発生していたが、今は年単位の被害数にまで減少し、この上ないほど平和になっている。一石二鳥の騒ぎではない。それを父も母も理解してくれたのでは、と私は自由に自分の能力向上に努め上げた。

 その結果、今私は考えも付かなかった状況に立たされている。

 残念ながら、悪い意味で……。

「殿下。こちらはアディンソン公爵の長女エメルディア嬢です」

「お初にお目にかかります、殿下。ご紹介に預かりました、エメルディア・アディンソンでございます。以後、お見知りおきを(しなくて良いですわ!)」

 心の声は出さず、いつもの笑みを浮かべつつ、カーテシーを披露した後、こうべを垂れた。

「頭を上げて、アディンソン公爵令嬢。わたしはクリストファー・イル・エルランドだ」

 目の前にわす方は、現国王の三番目の御子、クリストファー第二王子さまだ。

 何故このような高貴な方の前に私が居るかと言うと、婚約者候補として見合いをさせられている為だ。

 此処は、王族が住まう王城の庭園。

 季節の花がそこかしこに咲く庭園の一角に、白亜の美しいガゼボがある。そこに私と第二王子、そして少し離れた位置に深緑のチェック柄のワンピースに真っ白なエプロンドレスを纏った王城で働くメイド達が佇んでいる。

 鳥の囀り、遠くで流れる水の音が心地良く耳に入る。

 いっそ清々しい程に静かだ。

 私は緊張や焦りを悟られないよう、脳内で素数を数えながらただにこやかに彼と対面していた。

 彼には十歳離れた王太子殿下と五歳離れた第一王女殿下が居り、王位継承権は第三位。第一王子は勿論存命であり、既に結婚もされ、半年後には御子が産まれる。

 つまり、誰かが現王太子殿下とその御子を殺さぬ限りは王になる可能性は低く、また王家の者は暗殺に対する自衛に関して、それを打破するのは不可能と言わしめるほどに徹底している。

 第一王子は言わずもがな、第一王女は他国へ嫁ぐことが決定しているため、残るは第二王子となる。

 このまま進めば、王家が管理する領地を任される事になるが、場合によっては何処かの爵位ある家に婿入りする事となる。

 このまま進めば――それはつまり、私との縁談が進めば、とイコールなのである。

 我が公爵家には、爵位を継ぐ予定であるアーロンが居る。そのため、私は何処かへ嫁ぐ事となる。しかし、あまりに成績優秀で内外共にも評判は高い私を、ただ嫁がせるのは勿体無いと言うのが、王家とアディンソン公爵家の共通認識だ。

 ならば、新たに爵位を得て領地を管理することとなる第二王子の伴侶とすれば良い。

 王家直轄地とは言え、そこは王都から離れた場所だ。他国との国境に位置するものの、その境界には大河がある。ひとたび氾濫すれば、その近隣は河の水に呑み込まれてしまう。

 建国してからおよそ千年の王国では、幾度となく治水工事をしようと計画を立てたが、全て計画倒れとなってしまっている。金銭的問題、人事的問題、物的問題等、問題は山のようにあり、それを解決する術が考えついていないのだ。

 そんな場所に領地を与える等、第二王子は王の怒りにでも触れたのかと思うが、そうではない。

 千年のもの間、そこには数多くの専門家や現場の者が携わって来た。長期に渡る観測や研究、実験により、漸く治水工事実施の目処が立ち、十数年前から王の名のもとに工事が始まっている。

 計画は順調であり、このまま行けばあと五年ほどで工事は完了する。そして更に三年ほどの観測をした後、問題なければ領地として其処に人を住まわすのだと云う。

 工事をしたとは言え、曰く付きであるには代わりないのだが、治水工事が無事完了し、他国との間に橋が架かれば、今まで遠回りしていた輸出入の路がひらかれ、貿易の要の街として栄えることは間違いないだろう。

 長期的に見れば、そこに人・物・金が集まることは間違いなく、最終的には王国の利となることだろう。

 そんな大役の一人として、私は選ばれた。それは、大変光栄な話だと思う。

 私がただの“私”ならば、前向きに検討していただろう。

 だがしかし、私である“俺”にはどうしても受け入れられなかった。

 エメルディアは女だ。女。女なのだ。

 理解している。

 最近は胸もほんの少し膨らんできたし、男である象徴も無い。

 それでも、私は“俺”でもある。

 男とハグもキスも、ましてや結婚など絶対したくないのだ。

 “俺”だった昔、友人である女友達に興味本位で“ボーイズラブ”と呼ばれる薔薇な漫画をほんの少し読ませてもらったが、全く良さが分からなかった。

 何で男が男に興奮してるの?

 何で男がこんな女みたいなの?

 好きな奴がたまたま男だった?

 あーそうなの、へぇ〜。

 余りにキラキラとした瞳で「どうだった?」と訊ねる彼女には、苦しくも無難な言葉で誤魔化して返した。

 そう言う訳で、“俺“にその気はさっぱり無い。今でこそ身体は女だが、精神には男の“俺”が居る。かと言って、女が恋愛対象になるわけでもない。何故なら精神には女の“私”が居る。

 未だ十歳なので、将来どうなるかは定かではないが、少なくとも今は結婚など絶対したくない。

 公爵家なので、いつかそういう話もあるだろうと思っていたが、まさかこんな断り辛い相手だとは思うまい。

(どうにかお断り出来ないでしょうか……)

「アディンソン公爵令嬢」

「はい、何でございましょう?」

 思考とは裏腹に、顔の表情を変えず、殿下に応える。

 伊達に“俺”の理想たる女性になる為の努力は怠っていないのだ。

「君は、私についてどう思う?」

「……殿下についてでございますか?」

「そう」

(何を仰ってるのかしら……)

 クリストファー・イル・エルランド第二王子。

 私が彼について知ってることは、多くない。

 第一に、顔が良い。

 同年代の方とのお茶会に参加すると、一度は殿下たち三兄弟の話で盛り上がる。それは、皆それぞれが美形だからだ。私は、誰とも一度もお会いしたことが無かった為、噂で聞きかじる程度だったが、目の前にして確かにその通りだと納得した。

 天使の輪のあるホワイトアッシュの髪は、さらりとした絹糸のよう。

 瞳はローズピンクと色味は可愛らしい色だが、キリリとクールな眼差しがアンバランスながらも似合っている。

 体躯は服越しだから判りにくいが、座っている姿勢は背筋がピンと真っ直ぐ伸びており、だらしなさはない。

 私の前だからなのか、他の人の前もそうなのかは分からないが、自然と浮かべたような笑みは甘く、女子が好きそうである。

 なるほど、噂になる程である。

 第二に、性格が良い。

 王族と云う民衆から関心を集め易い者たちが、性格悪いなどあり得ない。と思うのは、“俺”の知識所以か。

 少なくとも、国民に対してくらい、外面を良くしなければいけないだろう。

 それに、威張り散らした者が王族など、労働した賃金から税金を国に払って居る国民にとっては腹立たしい事この上ないだろう。

 少なくとも、私ならば即座に国外逃亡するだろう。人間は、王のために生きているわけではないのだから。

 そう考えると、この噂は信憑性に欠ける。ただ外面が良いだけなのかも知れないからだ。

 彼とは初対面だし、未だに会話らしい会話もしていない。

 それなのに、いきなり印象を聞かれるとは、この王子はどういうつもりなのか。

(第一印象をお伝えすれば良いのかしら……)

 否、そうしよう。この場の正解が何か分からない。

 無難に答えるのが適当である筈だ。

「そうですわね……。……よく分かりませんわ」

「……」

「……」

(間違えましたわ……)

 無難どころか、微妙な回答をしてしまった。

 しかし、私は“俺”の理想。焦りなどおくびにも出さず、笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「殿下とは本日初めてお会いしましたもの。会話も先程挨拶したばかりですから、まだ何も殿下の事を評する事は出来兼ねますわ」

「そう、か」

 私の回答に、何故か第二王子は笑みを深めた。先程よりほんの少しだけ、柔らかな笑みだ。

「貴女は、私との政略について、どう思う?」

 まるで面接のような会話だ。

 そんな事を思いながら、口を開く。

「恐れながら、私には荷が重いかと存じます」

「貴女が? ご冗談を」

「まぁ、何故ですか?」

「貴女の噂は、私のような子どもにも伝わっているのだよ。貴女以上の淑女がこの国に居るとは到底思えないな」

「それは買い被り過ぎですわ。私はただ好きなことをしているだけです。理想を現実にするためにしているだけのことですわ」

「理想を、現実に……」

 私の言葉をおう返ししたかと思うと、第二王子は少し思案した後、更に口を開いた。

「貴女の理想とは?」

(……これは就職面接なのでしょうか)

 しかし、残念ながら御社(第二王子の嫁)への志望は考えておりません。

 だから、私は嘘偽り無く、回答をする。

「強く、気高く、美しい女になることです。他人の為ではなく、只々私自身の為に」

 堂々とした姿勢で、私は真っ直ぐにそう告げる。それに対して、第二王子は惚けたような表情になった。

(そんな変なことを言ったかしら? あぁ、普通のご令嬢は第二王子さまと結婚することです、なんて言うのかしらね)

 馬鹿らしい、と思う。

 勿論、そんな思いもおくびに出さない。

 絶えない笑みを浮かべたまま、香り立つ紅茶に口を付ける。

 すると、庭園の入り口からスーツ姿の男性が駆け足で現れ、敬礼をした後、第二王子の耳元へひそりと言葉を告げた。しかし、残念ながらその声は私には駄々漏れである。どれ程小さな音に対しても対応出来るよう、空気に干渉する魔法を編み出していたのだ。

『ヴィランズ侯爵家のご令嬢がご登城されました』

 今日は私以外にもお見合いをするらしい。王位継承権が低いとは言え、王族は大変である。

 他人事だが、いずれ自分にもその話題が増えるのかと思うと溜め息が出そうだ。

 出来れば私は――。

「すまない、アディンソン公爵令嬢。急な用事が出来てしまった」

(急な用事、ねぇ)

「そうでしたか。では私もお暇させていただきますわ」

「あぁ、すまない……」

 そう言いつつ、第二王子は煮え切らない顔をしている。

 何か言いたい事でもあるのだろうか。

 そう思いつつ、しかし私はその表情に気付いていないふりをして、席を立ち上がる。

「あぁ、そこまで送って行こう」

「ありがとうございます、殿下。ですが、私は他の方に案内していただければ結構ですので、どうぞお構いなさらないでください」

 急な用事なのでしょう?

 言葉の中にそれを含ませて、私は言う。私の意見は、最的確な回答だったようだ。

 頭を垂れると、控えていたメイド達が私の元へやって来て、案内を申し出てくれた。

 私は礼を述べ、彼女の後ろを付いて歩き始めた。

「アディンソン公爵令嬢!」

 背後から、第二王子が私を呼ぶ。静かな庭園にその声は少し大きく、その場にいる者は皆驚いた表情で彼を見た。私も、まさか彼がそんな大声で呼ばれるとは思わず、ほんの少し驚いた。

「貴女の婚約者となる条件を教えてくれないか」

(え)

 一瞬、不覚にも笑みが固まってしまった。庭園に居る者は皆、私に注目している。

 何故、第二王子がそんな事を聞くのか。そんな事も分からない鈍い人間は、どうやらこの庭園には一人も居ない、という事だ。

 下手なことは言えない。

 此処は落ち着きましょう。単純な話です。私が「この方となら結婚しても良い」と思える最低ラインを答えれば良いのです。居ないんですけどね、そんな人。しかし、性別問わず、エメルディアが求めるものは……。

「少なくとも、私より強く賢い方ですわ」

 そう言い残し、再び頭を垂れて後、私は今度こそ庭園を離れ、王城を後にした。

 その後ろで、第二王子が顔を青褪めさせた後、強く決意をしたことも知らずに。



 エメルディアは知らない。

 彼女の魔術レベルが、実は既に魔術騎士団の団長クラスにまで達していることを。

 彼女の知識が、同年代どころか下手な大人を凌駕していることを。

 そして、彼女の運命を――

お読みいただき、ありがとうございました。

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