第3章《弟子とは》
「弟子ってなんだろ」
さっきからずっとその事しか考えてないが、だって弟子になったのは初めてだし、分からない事ばっかだ。
取り敢えず、僕はいつもいるとこに帰って来た。
明日が来るまで何も無い。
何度かゴロンゴロンと転がってみるが、もう起きる気力もない。
僕は沈んでいく太陽に従い、ゆっくりと目を閉じた。
朝が来た。
「う゛っ〜」
昨日と同じ様に、渋々目を開けた。
眠い。
のっそりと体を起こす。
(また修行だ……)
集合の合図がかかる。僕は翼をばたつかせ飛び立った。
集合場所には、相変わらずほとんどの動物がいた。が、みんなの何故か様子がおかしかった。みんな僕に対して、怯えた目をしていた。
僕は強く無い。ましては、一番弱いと言っても過言ではない。だから、何故皆んなが怯えているのか分からなかった。
「あ、クルゥか。来い。始めるぞ」
僕は愕然とした。講師の口調が優しい。尚更理解しがたい。
そんな事を考えていたら、講師がトレーニングの説明を始めたので、説明を右から左に流し、準備を始めた。
「ふぅ、終わった〜」
僕は、これでもかというぐらい伸びをした。
同じ量、同じメニュー。
死にものぐるいで終わらせたら僕の時間…の筈だった。
ザッザッ…
寝転がって心地よい風に身を任せて、魂が抜けたかのようにぼーっとしていると、近くから足音が聞こえた。
(なんだろう)
ゆっくりと気だるげな動作で足音のする方に身を傾ける。
「あ」
視線の先には神様がいた。
ほんの数歩先の場所に悠然と立っている。あ、違う[師匠]だ。
(地面の白と、師匠の白とがマッチして綺麗だなぁ……。ほんと、砂糖みたいに綻んで消えそうだ……っていうのはどうでもよくて!)
「こ、こんにちは‼︎‼︎えーっと、僕何かしましたかね……? 」
間。
とっても短かった間。
僕の体に冷や汗がつたったのが分かる。
「いや、何もしていません」
「えっ」
不意をつかれたような安心感を得たのも束の間、
「今から修行ですよ」
唖然。唖然。さっき修行が終わったばっかなのだ。休みたい気持ちは僕にもきっとある。叫んでしまいたい衝動を必死に押さえつけ、NOとは絶対に言えない状況下、
「は……い……」
従うことしかできなかった。
「ここら辺でいいですかね? 」
「はい。充分でしょう」
数百メートル離れた師匠に問いかける。
広すぎる天空の一角、水平線の彼方まで白い地面の少し標高が高いところに、僕と師匠はいる。
心地よい風が僕たちの間に吹いている。何処から風が吹いているのだろうか、と記憶の中の微かな答えを何となく探してみた。
意識を風に逸らしながら僕は口を開く。
「師匠、一体今から何をするのですか? 」
「実践形式の戦闘訓練です」
「実践形式の戦闘訓練? 」
僕は突飛なことを言われ、咄嗟に質問で返してしまった。
戦闘は幾度かは行ったことはあるが、それは全て本番だった。
「そうです。驚くのも無理はありません。貴方たち修行者の身では、訓練より実践を重視しますから」
「では、何故講師は私たちに実践を行わせるのでしょう?訓練をしなければ、負傷する確率は大きくなってしまいます。そして、最悪の場合僕たちは命を落としてしまいます」
回答から考えた疑問を師匠に聞いてみた。
師匠は顔を曇らせた。
しばらくの間僕と師匠は向かい合ったまま黙っていた。
あぁこんな時に感情があれば、なんて叶わないことを思う。感情さえあれば、師匠のお気持ちを悟ることができただろうに。
なんとなく[申し訳ない]という気持ちがした気がした。
「それは…」
師匠が本当に小さな、小さな声で言った。それに気づいた僕は、すぐに師匠と目を合わせた。
師匠は僕をまっすぐ見ている。
「それはですね、選別をしているのです。実践で命を落とすような弱い個体は神にはなれません。絶対に。なので、早いうちから才能のない芽は摘んでおくのです」
え、今なんて。
耳を疑った。
[頭が真っ白になる]とはこの事だろうか。
最初は師匠が何を言っているのかわからなかった。
僕たちや、僕たちよりも上流階級の動物たちの中には、日々の苦しい修行に耐えられず、暴れる動物たちがいた。それもけっこう。時々、僕らは彼らの暴走を鎮めるため、彼らを殺めていた。
天空を守るためだと言われたから戦った。命をかけて。幾度か本当に天空に来たときは無い心臓が飛び出るかと思った。
僕はメンバーが命を落としても、神様のためにって戦った。天空も神様も、僕たちは信じるに値するものだと、信じて疑わなかった。
真っ暗な空の下。岩と砂のとても広い荒地。照らすのは真っ赤な炎で、常に耳に入る悲鳴、助けを乞う声。目に映るのは地獄絵図で、よく知る赤い血液の匂いも、体内を支配する気持ちの悪さも、全部、全部耐えてきた。
「じょ、冗談はよして下さいよ……」
「私は冗談など言いません」
「なら……」
講師たちは嘘を?
自分で言ってハッとする。
頭を鈍器で殴られたかのようにグラッとした。
乱れた呼吸を整えようと、ガクガクと震える膝を庇い立ち上がり、顔を上げ師匠を見る。
師匠は険しい顔で僕を見て
「そうです」
とだけ言った。
目の前が理解不能な感情に支配される。頭の中を何かの異物が埋めていくような感覚……。
これは[怒り]か?そうか、これが[怒り]か。
目の前が真っ赤になる感覚。
しかし、感情は[怒り]の筈なのに、目頭が熱くなってくる。
なんで
この事実を
僕だけ
“シッテシマッタノダロウ”
次の瞬間、僕は師匠に襲いかかっていた。
その後の記憶は私にはない……。