未来と絶望は対となる言葉だ。良い未来を表すのが「未来」、悪い未来を表すのが「絶望」。
人は自分の未来について考えるとき、良い未来を描くのか、それとも悪い未来を描くのか。答えは、良い未来を描くだ。では悪い未来を描く人間はこの世に存在しないのか、というとそういうわけではない。そのときに悪い未来という言葉を使うのは間違っているのだ。正しい言葉は―――そう、
絶望―――。
私は少しでも良い未来が来るように努力してきた。親の反対を押し切って軍隊に入り。投げ出したい気持ちを何度も乗り越えてあの人の元へたどり着いた。そしてそれからも彼の記憶が少しでも戻るようにって頑張ってきた。だけど彼の心臓がノームによって貫かれている姿を見たとき、良い未来の為に今までやってきたことはすべて無駄だったと絶望した。
描いていた良い未来が実現することができれば、それはとても幸せなことだろう。だがどうだろう、その未来が実現しないと解ってしまったとき、幸せな未来を描いていた分その絶望は計り知れない。
「未来を描く絶望」は、人の心を平気で壊す。私は壊れてしまった。
あの後、システムによって動かされたローガンによって、ノームの大多数が殲滅され。人間の勝利で作戦は終了した。私は意識を失った後、衛生兵によって救助され一命を取り留めた。だが私にはもう生きる力を失っていた。食事をする気にならず、辛い記憶がフラッシュバックするため、睡眠をとることすらできなくなっていた。
そうしてしばらくたったある日。
「失礼するよ。」
担当の医者が私のもとを訪れた。
「食事はおろか睡眠すら満足に取れていないようだ。現在の人類の状況を分かっているのかね。地球に存在するすべてのノームの殲滅のため一人でも多くの兵士が必要なのだ。君はまだ生きている。戦う義務があるのだよ。ましてや第108小隊の隊員となれば余計にね。」
彼の声は私の耳に入っていたが、脳が理解することを拒否していた。だから私は黙り続ける。
「反応なしか。ふむ、君の場合、傷を負っているのは身体よりも精神の方のようだね。これは使えるかもしれない。」
医者はしばらく独り言を呟いたあと部屋を出ていった。
そして数日たったある日、再び医者が私のもとを訪れた。
「君にはこれから検査を受けてもらう。もしその検査で適性があると判断できれば、君には戦場に復帰してもらう。君の意思に関係なくね。」
何か言っている。けれど私にはもう関係ないことだ。なにが起ころうと抵抗する気も従うつもりもない。ただ周りにすべてを任せるだけだ。
私は女性の看護師に運ばれ検査を受けた。そして次の日、麻酔によって眠らされあと、身体に違和感があった。
両手と両足、そして両目が機械になっていた。
そうか、これは彼と同じ装備。私に適性があったということなのか。
医者が部屋に入ってくる。
「君の体を改造させてもらったよ。彼がいなくなった今、新たな実験体が必要なのだ。彼は死ぬ間際、どうやら昔のことを思い出していたようだった。記憶は強制的に消去したはずだったのだがね。土壇場でそのような行動をされるという不安要素は消し去らなくてはならない。そうでないと、従順で強靭な兵士を増やすという計画が達成できなくなるからね。あぁそうだ。君のおかげで適性値を上げる方法もかなり固まってきたよ。適性値を上げるためには「絶望」が必要でね。人は絶望するとき身体と精神の繋がりが薄くなる傾向がある、精神の殻に閉じこもるといったイメージだろうか。その時に身体をシステムによって支配することが可能になる、だから義手な義眼などを装備できるようになる、という理屈さ。今回君が適性値を上回ったのはそういう理由だ。―さて、おしゃべりが過ぎてしまったようだ。まぁ君はいずれこの記憶すら失ってしまうのだから問題ないだろう。」
医者の言葉は私に届いてはいなかったが、私はきっとローガンのように従順無垢な兵士になるのだろう、という予感はあった。
私にはもう未来は訪れない。私の心にあるのはノームを殺すという使命だけ。その方が楽なのかもしれない。これ以上「未来を描く絶望」を味わわなくて済むのだから。
私は第108小隊の新しい隊長に就任し、最前線でノームと戦う日々を送った。しばらくすると私の隊に私と同じく義手や義足を装備している人間が増え、さらに私たちの隊以外にも改造された人間が配属されるようになった。そうやって人類の勝利が段々と、そして確実に近づいていき、私が改造されてから10年、ノームが侵略を開始してから25年、人類はすべてのノームの殲滅に成功した。
最後の戦闘が終わった後、改造された兵士が一か所に集められた。もちろん私も含めて。それから新たなシステムを組み込むという名目の元、アップデートが行われた。そして全員のアップデートが終わった瞬間、
私たちをターゲットとした爆撃が開始された。
数秒もしないうちに辺りは火の海となり、兵士たちは炎に焼かれながら絶命していった。だが以前とは違う点があった。装備者の死亡が確認されても、システムが起動しないのだ。
おそらくこれがアップデートの正体だろう。私たちは結局、一部の人間の為の使い捨てに過ぎなかったのだ。
とうとう私にも炎が回り始めた。死ぬ刹那、私はお姉ちゃんのことを思い出していた。
「いい?ルーナ。大切にしなきゃならないのは自分の本当の気持ち。今の思いを大切にしなきゃ。未来のことは未来の私に任せればいいの!」
お姉ちゃん、私だめだったよ。ごめんね…ごめんね……。
体を支える力が無くなり、私は地面に倒れた。
ここまで読んでくれた皆さま、本当にありがとうございました。
いつかまたお会いできる日まで、
ごきげんよう。