人は願う、幸せな未来を。だが未来は事前に決められているわけではない、つかみ取るものだ。
「こちらHQ、状況を報告せよ。」
右耳のイヤホンからノイズ交じりの声が聞こえる。
「こちら第108小隊、今のところ異常なし。偵察を続行する。」
違う声が反応する。
「了解した。気を付けて任務にあたれ、その地帯は未だイエローだ。敵の奇襲を想定して行動しろ。以上だ。」
「了解。」
2人の交信が終わると、今度は私たちに向けて無線の声を飛ばしてきた。
「聞いていた通りだ。気を抜かずに任務を続けろ。」
それだけか。まぁいつものことだが。
私がこの小隊に配属になってから3か月が過ぎようとしている。最初は新兵なりに緊張したものだが、すぐに慣れてしまった。それは部隊の中がとても良い、とか、優しい先輩がいた、という理由ではなかった。
小隊長を筆頭に、隊員全員が他人に興味がないやつらばかりだったからだ。
自分の欲さえ満たすことができれば満足といったような連中ばかりで、私が赴任してきたことなんて誰も興味を示さなかった。
出会う場所が違えば、時代が違えば、また違ったのかな。
私が生きているこの世界は、常に死と隣り合わせの、平穏という言葉などが最も似合わないものだ。今日話した人間が、明日には死に、戦地を悪臭で満たす屍になっているかもしれない。そしてその屍は私かもしれない。愛する人かもしれない。兄弟かもしれない。そういう世界で私は生きている。
そんな世界で育ったせいか、無邪気な希望に満ちていた子供時代など記憶にはない。いや、もしかしたら物覚えがつく前、もっと言えば母の腹から生まれて声をあげた瞬間は希望の泣き声を上げていたのかもしれない。でもすぐに思い知らされる。いかにこの世界が不条理なのかを。私はそれに気づいてからはとにかく戦う力を得ることに固執した。固執した結果、この第108小隊に赴任することになったのだ。
通称「殺戮隊」。どの小隊よりも殺戮に特化した人間を集めた小隊。それを率いるのは5年前、人類が初めてノームに勝利する立役者となった「死にたがりの殺戮者」だった。
「偵察任務なんてもっと弱いやつらに任せればいいのに。なんで俺の小隊がこんな役回りを…」
「スラウト13、私語は慎め。その分反応が遅れ敵の奇襲に対応できなくなるぞ。」
「へいへいわかってますよ、隊長。」
この問答を何度繰り返したことか。13は全く反省の色を見せず同じことを繰り返すし、隊長も13の愚痴に毎回付き合っている。面倒にはならないのか。いや、きっとならないのだろう。あの人はああいう人だ、客観的に見た印象でしかないが、あの人はそれこそ隊の中で最も他人に興味がなく、任務のことだけ考えているといったように見える。もはや反射的行動なのだ。
「今日も隊長は平常運…」
言いかけた瞬間。
「ぐおぉ!?」
地面が揺れ、13の真下が裂け始めた。
「総員、戦闘用意。」
13の反応など気にも留めていないような口調で隊長は言った。
私は背中に担いでいた銃を敵の出現予想地点へ向けた瞬間。
ドドドドドッ!
地面からノームが湧き出てきた。それも一匹や二匹ではない、50は超えるノームの大群が現れた。
「13、無事か?」
「えぇ、無事ですとも。まさか隊長、俺がこの程度で死ぬとでも思ったのですか?もしそうなら認識を改めてほしいですね。」
「無事なら、すぐに戦闘の準備をしろ。」
「わかってますよ。戦闘になると人使いが荒い隊長だ。」
13は左足をかばいながら戦闘態勢に入ろうとしていた。それは誰の目から見てもわかる状態だった。
しかし隊長にとっては気にする価値が無いに等しいようだった。そして無機質な声が一つの指示を与える。
「戦闘開始、殲滅せよ。」
結果から言えば今回も死亡者は0人だった。それほどこの隊が強いということなのだろう。現在総員16名、私はその16番目に当たる隊員だ。その誰もが一人で10人分以上のの戦力を持つ、戦闘のエキスパート。それが108小隊だ。もちろん私もその一員であるし、そうであるという自負もある。傍から見れば最強に見えるだろう。だが私は気がかりだった。この小隊のもろさを、そして隊長の隊員にすら興味を示さない、その無機質さを。
「隊長。一ついいですか?」
「なんだスラウト16。」
偵察任務を終え、ベースキャンプに戻った私は、思い切って対話をしてみることにした。
「ありがとうございます。私は思うのです。現在の小隊はとても自分勝手で、隊としての機能をまるで果たしていないことを。任務第一主義は軍人としてもっとも重要なことと理解しています。しかしそれだけを優先し他の何もかもを無視するような隊の現状は、危険の少ない任務においてはさほどの影響を与えるとは思いませんが、予測不可能な事態が起き隊が危険にさらされた際に生存率を下げてしまうのではないかと考えます。」
私が意見を述べる間、隊長は一切口を挟まず耳を傾けてくれていた。ように思える。
「なるほど。16は隊の現状に不満があると、そしてその原因が俺にあると、間接的ではあるがそういいたいのだね?」
「いえ!そこまでは申すつもりはありません。ですが隊長自らが変化を考え行動することで、隊全体が少しでも変わる可能性があるのではないかと具申ししています。今回もスラウト13の対応を変えていたら。」
隊長の反応に対しても無難な対応を返した、つもりだ。そう思っていたが。
「16の言いたいことは分かった。以後善処しよう。それでいいかな?」
隊長はさも気にしていないかのような言葉を使った。
私の言葉は聞くに値しないっていうのか。
「それでは私は報告があるから、失礼する。16も休息をとるといい。またすぐ任務に出るだろうからな。」
そういうと隊長は私との会話を切り上げ仮設テントの中へ入っていった。
実を言うと以前からこのような問答は何回か起こっていた。しかしそのどれもが隊長の無関心の反応によってないがしろにされた。
こんな働きかけでは隊長の考えを変えることはできないということなのか。あの人はどうしてあんなに変わってしまったんだ。
仮設の寄宿舎に帰る途中、私は昔のことを思い出していた。
それは数日かけて降り続いた豪雨が止み、久しぶりの快晴がやってきた日のことだった。
「やっと晴れた!やっと外で遊べるわよ!」
「待ってお姉ちゃん。外で遊んでちゃだめだよ。まだ今日の課題終わってないじゃない。」
「全く、ルーナは心配性ね。数日ぶりの太陽なのよ?楽しまなきゃ損じゃない。それにあの人にも会いたいし!」
その時の私は、厳格な父の教えに従い、何よりも人類生存を優先すべきという考えを最も大切にしていた。もちろん今でもそれは変わらないが。
「あの人って、まさかまた会いに行くつもり?だめだよ!またお父さんに怒られちゃうよ。」
「いい?ルーナ。大切にしなきゃならないのは自分の本当の気持ち。今の思いを大切にしなきゃ。未来のことは未来の私に任せればいいの!」
姉は自由な人だった。厳格な父の元で育てられたが、自分の意思を持ち続ける人だった。私は父の教えは絶対だと思い、姉は間違っていると言われもしたが、姉のそういうところは正直羨ましく思っていた。
そうやって姉さんとあの人は、度々会っていた。今にして思えばそれほどお互い愛し合っていたのだろう。当時の私にはわからなかったが。
姉さんとあの人が結ばれるのは当然のことだった。姉さんは父をも説得し婚約を取り付け、あとは幸せな未来が待っているだけだった。
15年前、奴らが現れるまでは。
ノームの出現当初は既存の軍隊によって対処に当たっていた。しかし敵の戦力がこちらの戦力を上回ると判断した政府は非常事態宣言を発令、まずは希望者による徴兵、次に強制的な徴兵へと、情勢は深刻さを増すばかりであった。
あの人が徴兵されたのは今から8年前のことだ。政府から通達が届いた時、姉はかなり憔悴していた。大切な人を失う可能性がある。それだけでも姉にとっては辛いことだったのだろう。
しかし姉は彼を待っているだけでは終わらない性分だった。姉らしい決断だった。まさに未来のことは未来の自分にまかせるといったところだろう。女性は免除されていた徴兵に対し自ら声をあげ、兵隊となることを決意した。それからの姉の動向を詳しくは知らないが、無事訓令兵を卒業し彼と同じ部隊へ配属される運びとなった。
きっと姉は彼を守るつもりだったのだろう。姉妹だから分かってしまう。姉の思いを。考えを。そうして二人は再び傍にいられるはずだった。
あの日が来るまでは。
あの日以来、私と彼の環境は一変した。彼は感情を失い、ノームを殺すだけの殺戮者となり、私は家族の反対を押し切って兵隊となった。
私が兵隊となったのは姉の志を継ぐつもりだったからだ。姉の守りたかったものを今度は私が守ると決めた。姉は私にとって光そのものだった。辛い日があっても姉といれば不思議と気持ちが軽くなった。そんな姉の「大切」を守りたいと思ったのは、私にとっては当然のことだった。
だから私は強くなることに固執した。彼が108小隊に配属され、108小隊が他の小隊に比べ頭一つ飛び出た戦力を誇ると知った以上、私がその基準に満たすほど強くなる必要があったのだ。訓練兵時代の成績は常にトップ、正規兵として戦場に立ったとしても、恐怖を押し殺し優秀な成績を収めてきた。そうして掴んだ第108小隊なのだ。
あの人を守りたい。姉が守ろうとしていたものを守りたい。私の行動原理はそこから来ている。だから彼には取り戻してほしい。姉を愛していた時の自分を、未来に希望を持っていた自分を。
だから私は戦う。彼が彼を取り戻すまで。何度でも。
「ユウナお姉ちゃん。私頑張るからね、きっと取り戻して見せるから。あの人を、あの気持ちを。」
きっと未来は幸せなものになる。そう思いながら。私は目を閉じ休息をとった。