勘違いはここから始まる②
さも当然と言わんばかりに、コボルトの剣を手にとどめをさす子ども。すぐにコボルトは煙となって消えていった。
ー凄い…!大なり小なり三人は同じ感想をいだいた。グリーンゴブリンの棍棒を上手くトラップに使用した稀有な例であろう。設置されたトラップ(タロウ的には嵩張るので捨てた)の作りは至極単純である。飛びかかってきたコボルトの跳躍力を考え、棍棒を地面に置き、敵が足を滑らせて転ぶ。単純だがそれを実践するのは難しい。コボルトがどのタイミングで跳躍するのか、スピード、跳躍力を熟知した上での実践であろう。自分が無手であることで、コボルトの警戒心を解き、ニ本の棍棒を絶妙な位置で配置し、最後の跳躍を誘発させる。極めつけは棍棒の一本は敵に見えないよう自分と垂直に設置し、飛びかかってきた瞬間に、後ろに下がり敵の着地点に足で動かす。これ程の芸当は腕っ節だけに自信のある冒険者には出来ない。しかも、愛娘よりも恐らくは年下であろう子どもが成したのである。
多くの冒険者を見てきたが、やはり有望な若者の台頭には嬉しいものがある。その為、アーデルは思わず、拍手をしてしまったのである。
こちらを向いた子どもは、目鼻立ちが整い、ここらでは珍しい黒髪の少年であった。いかにも優しそうな印象を受けた。先程まで、コボルトの急所を滅多刺ししていたとは思えない。それ故、他の二人も同様に警戒心を解き、それぞれ少年に賛辞の言葉を送った。唯一、ティアリスだけは、どんな相手かも分からないのにいきなり自分達の存在をバラしてしまった父親に苦言を呈したが、それはリックによって窘められた。
少年は無言で此方を見る。その手にはコボルトの剣が握られており、コボルトの血が妖しくしたたっている。こちらの呼びかけに応えがない。やはり、警戒されているのか…。
アーデルがもう一度謝ろうとした矢先
『いえ、とんでもありません。あなたたち程ではありません。』
少年は子どもらしい、声変わり前特有の少し高く、そしてよく通った声で応えた。
ーやはり只者ではない。冒険者をやっていれば、どんな人物がいて、どの程度のランクなのか。ある程度は把握できる。また、命を賭ける職でもある為、横の繋がりは重要である。アーデル達三人はこの近辺では名の通ったパーティであり自然と情報も集まってくる。しかし、そのアーデル達をして、この少年の情報を知り得なかった。少年は、一目見て、こちらの実力を看破し、尚且つ驚きがなかった所を見るに、気配を消して近付いたことも気付いているのだろう。全く大したものである。実力の程は未知数であるが、グリーンゴブリンの棍棒を三本も奪っていることや、先程のコボルト戦。何より、迷宮の第5層に無手で、防具も付けずに来ているあたり、自分程ではないにしろ、それなりの実力があるのであろう。もしかしたら、ティアやリックよりも…。とにかく、要らぬ警戒を解くためにアーデルは少年に対して謝罪をする。
勘違いも甚だしいが、タロウは実力者として格付けされてしまった。選ばれし光の勇者様(笑)が聞けば泣いて喜ぶことであろう。しかし、当人は逆にヘタレた戦いをばかにされていると思っており、腸が煮えくり返るほど怒っているとは、まさかアーデル達も想像がつかない。
『奇遇ですね。こんな所でお会いするとは。』
警戒を解いていますよ!という、少年なりの冗談であろう。迷宮で冒険者と会うことは珍しくない。こちらの非を責めることなく受け止め、場を和ませる冗談。口調も優しく、棘がない。人間性も出来ているのであろう。場に穏やかな空気が流れる。流れには乗るべきであろう。三人は少年の冗談に突っ込み、当の本人から最悪の第一印象を受けているとも知らずにいるのであった。