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その人間は…④

導きの使者(アマネセル)

それは、古来より鬼族に語り継がれてきた、口伝。起源は定かではないが、鬼族が危機に陥った際に彼らを救ってくれる云わば勇者のような存在である。曰く、外敵から守ってくれる、曰く、災害を事前に察知し彼らの危機を救ってくれる、天にも届くような鬼であったり、姿形が形容出来ないような光であったりと、どれも眉唾ものであり、はっきりとした記録が残ってはいないものの、鬼族代々より語り継がれており、その伝説を殆どの鬼族が信じてきた。「信じてきた」とは、人間との戦争から、鬼族が追われる形となった為、救われなかったと感じた者が多かったからだ。とりわけ、現在の鬼族は若い世代が多く、彼らの両親の多くは人間との戦争で命を落としたり、迷宮での安全なルート確保の為の尊い犠牲となった。大切な仲間や家族を守ってくれるのが、導きの使者(アマネセル)ではないのか、と多くが失望をしたのだ。しかし、犠牲となった若い世代の親達は、命を落とすその瞬間まで導きの使者(アマネセル)の加護を子に聞かせ続けた。だからこそ、彼らは迷っているのである。自分達の想いを優先し、いるかも分からない救世主を非難するのか、それとも大切な両親が教えてくれた伝統を、想いを信じるのか。


そして今、まさにアイリス達の前に現れた、一人の人間。その人間を巡り、統鬼を始めとして、五鬼神と、十鬼老で構成される、議会は紛糾していた。


『五鬼神ともあろうお前達が、一体、どの体たらくだ!何故、人間何ぞを我らが、住処に連れてきたのだっ!』


ゴリュウ程ではないが、大柄の鬼が耳を劈くような大声でアイリスら五鬼神を罵倒する。


『その通りだ!しかも、あの人間の子が導きの使者(アマネセル)だと!?笑わせるなっ!貴様ら全員、操られてるのではないのか!?』


『人間なんぞを我らの住処に連れて来るとは、いかに五鬼神とも言えども、許されん!死罪だっ!』


『いや待て、あの人間をどうするかが先だ!一人で此処まで来るなど、不可能だ。仲間が絶対にいる筈だ!何所を吐かせる為の、拷問の準備を!』


『待ってください。アイリス達の言い分も聞くべきでは?十鬼老と五鬼神は対等な立場でもありますし…』


『そうです!アイリス様達が、今まで間違って選択をとったでしょうか?アイリス様が首鬼の発令をされたということはそれだけの覚悟を持ってのこと。先ずは、事実関係を確認すべきです!』


十鬼老の中でもアイリスよりの者達が、人間を即座に拷問にかけ、情報を得ようとする考えの者達に対し、再考を求める。しかし、人間に対し、憎悪の感情しかない鬼からすれば、それは世迷言に過ぎない。当然、受け入れられる筈もなく、


『何だとっ!?巫山戯るな!人間は存在その者が悪、一切の情けも無用だ!貴様らこそ、何処かに隠れているであろう、人間共が大挙して攻めてきたらどう責任をとるつもりだっ!』


議論は平行線を辿るばかりである。何故このようなことになっているのか?アイリス達は、正確にはアイリスがだが、セティを自分達の暮らす村へ同行させることにした。レヴィンやゴリュウ、アイラはアイリスの考えに驚きを示したが、己が仕えるリーダーの支持に従うことにした。自分達が幾ら時間をかけて考えても、その答えが合っているか、間違っているか判断出来ないからだ。そして何よりも、彼らはアイリスを信じている。五鬼神の首鬼だから、自分達よりも偉いからといった単純なものではない、幼い時に誓った、『鬼族の繁栄の為に命をかける』その想いを互いに堅く確認し、そして今に至っているからである。小さな時から、自分達の中心であったアイリスを信頼しているのだ。例え、結果としてそれが間違いであり、自分達の命が失われることになったとしても、彼らの絆は解けることはない。


セティと名乗る人間が素直に自分達の住処について来てくれるか不安な面はあったが、ご丁寧に魔法の袋や武器を差し出して、丸腰の状態になったのも心理的には大きかった。どれ程に強くとも、武器や防具を身に付けない状況で、五鬼神の内、四鬼を相手になど出来る筈もない。


ーふぅ〜、魔法の袋って結構重いんだよな。重さは軽減されてるみたいだけど、全部じゃないし…荷物を持ってくれるとかマジ便利だわ!


当然ながら警戒心を解くためとか、信用されようとかそういう考えはセティの思考には入っていない。単純に荷物を持つのが嫌だから。見事な屑っぷりである。


そうして、アイリス達は鬼族が暮らす村へと歩を進めた。勿論、人間が何を考えているのかが分からない以上、手放しに信用は出来ない。セティや彼を始めとした人間が何処かにいるのではないか、ということも考慮にいれながら、最大限の注意を払いながら移動をするのであった。仮にセティ以外の人間がいれば、何らかの位置探知の魔法やスキルを使用し、彼の動きを把握する筈である。しかし、そういった気配は全く感じられない。俄かには信じ難いが、本当にこの迷宮の最下層に一人で来たのか?アイリスを除く一同は得体の知れない人間に、畏怖を抱くようになっていた。もしも、単身で迷宮の最下層まで来る実力があるのであれば、詰んでいるのは人間ではなく…。


全く持って警戒する必要のないセティと、いもしない人間に神経をすり減らしていた彼らは、モンスターの警戒を怠っていた。迷宮の最下層に暮らしているからといって、鬼族が一番優位であるとは限らない。勿論彼らも強いが、此処は最も迷宮の核の影響を受ける場所。広大な空間に、凶悪なモンスターもいる。鬼族でさえ、最下層の全容を知り尽くしてはいないのだ。当然、此処にいるモンスターの全てを知っている訳ではない。実際に、アイラやグランはセティが、黒王亀を倒したと勘違いしているが、実際に瀕死の状態まで追いやったのが、尖獄黒鳥(せんごくこくちょう)というモンスターである。この辺りでは姿を見せないため、鬼族の誰も知らないモンスターである。それ程に、この場所は未知であり、危険なのである。それは、五鬼神という圧倒的実力を持っていても変わらない。油断すればそれが即、死に繋がる、そんな場所なのである。そして、セティの実力を決定付ける場面が発生した。


ーはぁ、はぁ、何がついて来いだ…。一体いつまで、走れば良いんだよ。ちょっと、いやかなりきつい…。


鬼族にとって何でもないスピードだが、セティにとってはギリギリでやっとついていけるレベルの速さ。


ー足がパンパン、息もヤバいよっ!一回歩こうよ。


弱気のセティ。体力値が35しかない彼にとって今まで、持ったのが奇跡。そして遂に、


ーがッ!


脚があまりあがっていなかった所為であろう、密林地帯の樹木に脚を引っ掛けてしまった。


ーッ!?転けたくない!あいつにしがみつけば!


すぐ隣を走るグランにしがみつき、死なば諸共、道連れにするつもりの底辺な思考。咄嗟にグランの手を掴むセティ。


『えっ!?うわっ!』


いきなり手を掴まれたグランは体勢を崩す


『『グラン!?お前、何を!』』


異変にいち早く気付いたレヴィンと、アイラはいきなりグランの手を掴むセティに対し、警戒をさらに上げ、グランへと近付こうとするも、


ーそんなッ!あり得ない!いや今はそんなことより!グランをっ!


グランまでの距離凡そ二m程の地点で突如、地面を這う樹木に擬態していた、双頭の巨大なムカデがグラン目掛けて襲いかかる。


渦中のグランは、予想だにしなかったセティに手を掴まれるという行為により、勢いはそれ程でもないが、転倒した。結果的にセティは転倒せずに済んだのだ。


ー尊い犠牲なのだよ、シスコン変態君!


身勝手過ぎる行為、一体何処まで最低なのか?未だ底が見えない。


双頭のムカデは、突如視界から消えた獲物に一瞬硬直するも、直ぐにセティに照準を合わせて向かってくる。


ー思わず掴んでしまったな…まあ、とりあえず、疲れた…


太ももに手をつけ、頭を下げるセティ、その直ぐ上を猛スピードで過ぎ去るムカデ。一秒でも遅ければ死んでいたであろう。


『ハッ!』


その後

アイラによりモンスターはその命を落とした。


『あ、あの、ありがとうございます。』


グランが己が見に降りかかるであろう、最悪の結末を回避出来たことに対して、セティに感謝を伝える。


『私達からも、礼を申し上げます。』


アイリス達は苦い顔をしながらセティに感謝の言葉を伝える。あの段階で、モンスターの存在に気付いていたのは、セティだけ。身を挺してまで、グランを助けてくれたことに、そして自分達の不甲斐なさに歯噛みしていた。


ーあっ!?何言ってんだ?まさかっ!?このガキもそっちのあれか?


などと失礼なことを考えながらも、とりあえず話しだけは合わせておく。


『いえ、それよりもグラン君は大丈夫ですか?』


セティの優しい言葉にレヴィン、ゴリュウ、アイラは本当に人間か?と思わず疑問に思う程であった。自分達が知る人間と余りにイメージが、違い過ぎる。


『えぇ、貴方のお蔭で事なきをえました。それにしても、良く(モンスターの存在に)気づかれましたね?』


レヴィンが丁寧の口調で答える。実際、自分達ですら気付けなかったモンスターの存在を看破した。それだけでも、目の前の人間の実力が伺える。


ー気付く?なる程、やはりこのガキはやっぱり異常性癖の持ち主か…まぁ、姉とその上司の関係を如何わしい目で見るくらいだからな…最早驚かんよ…


『ええ、気配からして…』


あまり、踏み込みたくないのか遠慮がちに答えるセティ。


『…気配ですか…!』


ー気配探知を使っている様子もないのに、擬態したモンスターに気付き、襲撃に備えた…やはり只者ではありませんね…完全解析ペルフェクシオン・アナライズが出来ればベストなのですが…


こうしたこともあり、アイリス達から見たセティの実力はより上方修正されていったのである。


そうしてアイリス達は鬼族が住む村へと辿り着いた。しかし、憎き人間を村へと招くなど言語道断、前代未聞であり、如何に五鬼神といえども鬼族のトップである、統鬼に謁見をさせることは叶わなかった。


セティは勿論、アイリス達でさえ囚われの身となったのだ。アイリス達は、人間を連れてきた経過を問い詰める為に十鬼老が待つ議会へと招聘され、セティは地下牢の鎖へとその身を繋がれた。


ーくそッ!勇者様に対して、この仕打ちとは、滅ぼしてくれようか!


全く勇者らしからぬ思考のセティ。


ーまぁ、最初は囚われの身で問題を解決して、大団円とはテンプレか!


鬼族を巻き込む騒動はまだ序章に過ぎない。


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