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その人間は…

時間は、セティがグランの首筋から剣をひき、勘違いを嘘八百で乗り切ろうとする少し前の場面まで遡る。


『アイリス様、どうされますか?』


誰もが振り向く程の美男子、いや美鬼が話しかける。セティが見れば間違いなく真っ先に発狂しそうなまでの完璧な容姿。長髪の赤髪を束ね、背筋の伸びた姿は、ただそこにいるだけで絵になる。


『どうするもこうするも、人間は殺す、それで終いだろうがレヴィン。それとも何だぁ!?あの人間をどうやって苦しめるかの相談か。』


誰もが振り向く程の筋肉率。筋肉でない所なんてない程のガチムチ具合である。趣味は筋トレ、好きな飲み物はプロテインです、と言われても何ら驚きはない。キング・オブ・マッスルとはこの男の為にあると言っても過言ではない。当然髪はスキンヘッドである。いかにも粗暴な男が、やはり口汚く答える。


『ふぅ…貴方には聞いていませんよ、ゴリュウ。万が一人間に出会った時の処遇は、長の判断による。それが鬼族の掟でしょう。我々がどうこう議論する場面ではありません。』


レヴィンが、ゴリュウと呼ばれる鬼を軽くあしらう。


『掟なんざ関係ねぇ!現に、アイラやグラン坊はあの人間に襲われてるんだぞ。じゃあ何か!?てめえは、仲間が殺されそうになっても、人間には歯向かわず、長の指示を待つって言うのか!?人間何ぞにびびってるのか!五鬼神(ごきじん)が情けねぇ。』


ゴリュウと呼ばれる大鬼は激しく怒りを露わにした。彼にとっては人間は皆等しく滅びの対象。話し合う余地も、事情を考慮する必要性もない。ただ殺す、単純かつ明快である。レヴィンと呼ぶ鬼に痛烈な非難を浴びせる。


『分かっていないのは貴方の方です。もしあの人間が、誰かの依頼によってここに来たのなら?私達鬼族が滅びていないということが人間達の周知の事実なら?そうなれば、この先も人間は現れるでしょう。今は、あの人間だけに見えます。しかし、直ぐ近くに仲間が大勢いれば?それこそ、戦争になりますよ。我々鬼族も、地上との交流を断ち久しい。だからこそ、あの人間からあらゆる情報を引き出さねばならない。ゴリュウ、貴方が抱いているのは単純なる人間への憎悪。鬼族の安寧なる繁栄を考えた行動をすることが、五鬼神の使命では?貴方の言動こそ、我々に相応しくない』


先程までの冷静沈着な雰囲気と異なり、明らかに怒りの感情を露わにしている。過程には違いがあるものの根底にあるのは、強い人間への憎悪。彼にとっても人間が憎くてたまらないのだ。しかし、それを立場として抑えている。


『なんだとっ!?』


『二人ともおやめなさい。』


殺伐とした雰囲気になりかけたが、一気に空気が霧散した。誰もが振り返るであろう、まさに絶世の美女ならぬ美鬼。白銀の髪を持ち、肌の色も透明感のある白さ。何より際立っているのは、彼女のその容姿である。目鼻が整い、女性としての魅力溢れる体型。


『申し訳ございませんでした、アイリス様。』


まるで深窓の令嬢に仕える一流の執事が如く、アイリスと呼ばれる女性に深々と頭を下げるレヴィン。


『で、でもよぉ』


対したゴリュウは、先程までの粗暴さから一転、急にモジモジし出した?やはり、アイリスに頭が上がらないのであろう。中々攻撃力のある不快さである。


『念の為に、離れた場所で様子を見たのは正解でしたね。二人共殺気が漏れています。そしてゴリュウ、貴方の気持ちは分かります。大切な家族を人間に奪われた。今いる鬼族の誰しもが味わされた絶望…。ですが、今はレヴィンが言うようにあの人間から情報を引き出さねばなりません。』


アイリスはゴリュウの心情に配慮しつつも、鬼族として為すべきことを冷静に説く。そこから、彼女の優しさと真面目な性格が読み取れる。


『何れにしても最下層まで来るということは、何処かに必ず仲間がいる筈です。そしてあの人間は、五鬼神が一人であるアイラ以上の実力であることには変わりありません。長の判断を仰ぐ前に、ある程度情報を得ねばなりませんね。』


『わ、分かった…』


決して高圧的でなく、寧ろ優しい口調にも関わらず、有無を言わせない不思議な感覚。自分達に益になることが何か位は、ゴリュウも分かってはいるのだ。しかし、実際に憎き人間を前にすると怒りが理性を上回る。アイリスの言葉を聞き、ゴリュウも漸く納得する。彼等実力者を惹きつけるカリスマ性が彼女にはある。


彼女が言う「セティに必ず仲間がいる」とは、一人での最下層までの到達が不可能であるということの裏返しである。迷宮におけるモンスターの危険度や特有の環境などは想像以上に過酷であるため鬼族ですら、年単位という時間をかけて、少しずつ階層をクリアしていった。人間の個としての強さは鬼族に数段劣るが、徒党を組まれれば厄介である、数多の戦争でそれを実感しているのだ。


『アイリス様。私が、完全解析ペルフェクシオン・アナライズをします。そこでおおよそ他の人間共の実力も伺えるでしょう。』


レヴィンが答える。彼等の思考や進め方は合理的である。しかし、そもそもの前提が違う。セティには仲間もいなければ、必要以上に警戒する実力がないのだ。しかし、人間の残虐性や迷宮最下層という場所の危険度から、どうしても、セティを強者だと勘違いしてしまう。強さはある程度実力があれば、隠すことは簡単であるから、見た目の雰囲気など全く意味を為さないのだ。彼等の経験値が固定観念となり、足を引っ張っている。


『ええ、お願いします。完全解析なら、隠蔽なども意味を為さないですからね…それでは、気配遮断をして行きましょうか。アイラやグランも

怖い思いをしているでしょうから…』


アイリスは言葉を発し終えた後、言葉の余韻を残さぬようその場から掻き消えた。


『『ッ!』』


アイリスの言葉と、雰囲気に二人は息を飲む。鬼族の為、自分を殺し五鬼神としての責務を全うする。本来なら、真っ先にあの場へ飛び込みたいのだ。大切な仲間を恐怖に陥れる人間への怒りがない筈がない。何より、大切な親友とその家族が危険な目にあっているのだから。彼女が出した殺気は、彼等のそれとは比べものにならない程黒く、深い闇であった。


冷や汗を流しながら、急いでアイリスに続く二人。


ーーーー


ほんの数秒で、セティ達のいる場所まで辿り着いた。ゴリュウのような巨体にも関わらず、物音一つ出さず、気配すらも完全に消えている。迷宮最下層で暮らす種族だけはある。


ー『なんだぁ、小せえ人間だな…想像と大分違うぜ』


ゴリュウは拍子抜けた感じで思念を出す。


鬼族は彼等が持つその角の共鳴波から、固有の思念での会話や伝達が可能である。アイリス達がこの場所に来られたのも、アイラが、セティを見つけた瞬間に、共鳴波を最大出力で出したからだ。人間には感知することも出来ず、また魔力による念話とも違うため、探知される心配もない。


ー『…ええ、ですが驚くべきは…』


レヴィンも同様に驚いている。


ー『何だってんだよ?』


ー『人間の子どもです。恐らく、歳はグランと変わらないでしょう。それに、防具も身に付けていませんね。』


遠目で見ていた限りでは、分からなかっが、人間の子どもであったとはまるで考えていなかった。


ー人間のガキだと…!?レヴィン、完全解析はどうなんだ!?


ー『こんな至近距離で魔法を使える訳がないでしょう。使用した瞬間にこちらの場所がバレますよ…』


半ば呆れながら答えるレヴィン。完全解析は魔法であるために、魔力を使用する。レヴィン程の実力者であれば、限りなく分かりにくくすることは出来るが、それでも魔力の使用した痕跡を消すことは出来ない。同じ五鬼神であるアイラが抵抗していない所を見るに、相当の実力者であると推測される。そんな相手に、自ら場所を教えるような真似をするのは自殺行為。何より、アイラとグランを危険に晒すことになる。


ー『アイラ、聴こえますか?アイラ!』


思念波によってアイラに語りかけるアイリス。しかしながら、アイラからの返答はない。思念波は確かに便利だが完璧ではない。特に個々で思念を行う場合、微かな波長を合わせなければならない。今のアイラにはその余裕がないようである。


ーアイラ…グラン、絶対に助けますからね。


ー二人とも、人間が何か話すようです。最大限の注意を払いなさい。万が一にでも、アイラやグランに危害を加えるようであれば、命を奪わないという条件で止めなさい。


ー了解致しました。


ーおうっ!


ーーーー


『貴女は勘違いしています。』


『私は、お伝えしましたよね。話し合いをしましょうと。結果的に、手荒な真似をしてしまって、本当に申し訳ございませんでした。』


ー『人間が謝罪だとッ!どうなってやがる!?おい、レヴィン!!』


深々と頭を下げるセティを見て、動揺を隠せないゴリュウ。


ー『私に聞かれても…』


困惑するレヴィン。それもその筈、彼自身も人間の残虐性を知っているが故に驚いているのだ。


『怖かったろう?ごめんね』


『ぇ、あ…はい…』


グランに向き合い、謝罪するセティ。そしてそのセティに呑まれ、気の抜けたような声を出すグラン。


『ッ!ど、どういうことだっ!?お前は、私達鬼族を殺すことが目的ではないのか!まさか、精霊石が目的か!?』


声を荒げるアイラの言葉を聞き


ー『はぁっ!?精霊石!?レヴィン、あの人間を直ぐに殺そう!』


ー『ゴリュウ、少し黙っていてくれませんか?』


五月蝿い二人を他所に、アイリスだけはその様子を冷静に見ている。


『精霊石が目的ではありません。貴女の言われるように、鬼族の方とお会いすることですよ。』


ー精霊石が目的ではない?それに、私たちと会うことが目的?一体どういう…


『なっ!?やっぱり、私達をまた殺すのか。お前達人間は一体どれ程鬼族を苦しめれば気が済むんだ!私の命で済むならくれてやる。だから、やっと見つけた安住の地を、大切な仲間を、家族をこれ以上奪わないでくれ。』


『姉さん!』


そう、憎き人間を前にして大切な仲間は自分の命を犠牲にして家族を、そして鬼族を守ろうとしている。滅多に出さない感情を露わにしているアイラ、そして彼女の想いを聴き三人は一気に緊張感を高めた。共通すべきことはただ一つ、「絶対に仲間を助ける」。いつ戦闘になっても良いように、臨戦体制を整える。


『ふふっ』


しかし、そんな彼女達の覚悟を裏切り聞こえたのは嘲り。微笑んだつもりのセティだが、アイラからすれば


『な、何がおかしい!』


当然のように激怒する。そして、彼女の鬼族としての想いを聴いていたアイリス達も同様に、


ー『『殺す!』』


冷静なレヴィンですら殺意を覚える程の怒りである。


我慢しきれなくなったゴリュウが、今にも飛び掛かろうとしたその時、


『始めにも、お伝えしましたよね。それが間違いなんです。私は貴女や弟さん、そして貴方の大切な仲間を傷付けるなんて真似は絶対にしません。信じて貰おうなんて思っていません。ですが、少しでも信じて貰えるように…これを』


『ッ…!?』


『驚かれますよね。憎い筈の人間が急にこんなことをする。今まで散々酷いことをしてきた人間が、です。』


口調は穏やかであり、聴くものを惹きつける心地よい声が辺りを包み込む。


ー『レヴィンッ!!何がどうなってるんだよ!あの人間は一体なんなんだッ!


ー信じられないっ!あれでは、殺してくださいと言っているのと変わらない。一体何が目的なんだ!


激しく混乱するゴリュウ、そして今度ばかりは彼に返答する余裕がないのか、思念すら出さず目を見開き状況を分析するレヴィン。


ー『ア『私の目的は、貴方達鬼族を救うこと。それだけです。』ッ!』


アイリスに判断を仰ごうとした矢先、聞こえてくるのはまさに青天の霹靂。


『私達を…救う…?』


アイラの疑問は最もである。


ー『レヴィンッ!!??何なんだよあの人間は!舐めたこと抜かしやがって!!』


ー『アイリス様!…ッ!?』


アイリスに目を向けるレヴィン。そして驚愕する。一瞬ではあったが彼女が震えていたのを確かに彼は見たのである。


ーまさかっ!?そんな、あの人間が…!


レヴィンの問いかけにも気付かず激しく動揺するアイリス。


『はい。それが私の使命です。だから…涙を吹いてください。』


ーッ!?確かめなければ!


沈黙が辺りを包み込む。アイラがセティが手渡そうとしている物に手を伸ばそうとした瞬間、


『成る程…どうやら込み入ったことになっているようね。』


ー『『アイリス様!?』』


突如として、人間の前に姿を現すアイリス。慌てて二人もそれに続く。


『あ…アイリスッ!』


涙が溢れでるアイラ。しかし、それも束の間、


『皆の者、これより、この人間の子に危害を加えることを、五鬼神が首鬼(しゅき)、アイリス・アークグランツの名の下に禁じます。』


『『『『!?』』』』


驚愕を通り越し、絶句する。レヴィンや、ゴリュウですら理解が及ばない。誰もがアイリスを見つめる。


ーふっ、イベントスタート!


やはり状況を読めないセティ(ばか)は健在である。


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