選ばれし者
ーどうゆう状況なんだよ…。すみませんでした、って謝れば解決できた筈なのに、何でこんなことに…。
目の前で泣きながら懇願する女性を見るセティ。
ーんっ?助けてくださいってこの女言っていたよな。一体何から助けてくださいなんだ…
疑問に思うセティだが、お前が原因であろうとは、彼の乏しい状況把握能力ではそれに気が付くことが出来ない。
ー考えられるとすれば、モンスターか…しかしこいつらが罠をはって俺を陥れる作戦だろう。それを何が助けてくださいだ。都合が良過ぎるんじゃないんですかぁ、お姉さん?
最低最悪な思考である。勝手にアイラ達を悪者にしたてあげる。こういう被害妄想から他人を責めたてる人間を下衆野郎と呼ぶのだろう。
ーとりあえず状況を掴むか…
『助ける…誰を?』
努めて冷静に、あたかもこの状況は私にとって何ら大したことないですよ、といった余裕を出そうとしたのが裏目に出たのか、その発せられた声は思った以上に棒読みで小さな声だった。
ーやべえ、全然声が出てねぇ。
ーーーー
『助ける…誰を?』
その声は残酷な迄に冷たく、まるで感情が込もっていない。目の前にいる人間は、分かっていながらもこちらに尋ねているのだろう。もしかしたら、確認しているのかもしれない。最愛の弟と、自分の命、どちらを助けようか…と。いや、それは楽観し過ぎか。恐らく、この人間に私達を「助ける」という選択肢はない。
『私はどうなっても良い…!弟だけは!』
それでも、諦めることなんて出来ない。大切な家族を目の前で失うことさもう二度と繰り返さない。
ーーーー
ー弟?あぁ、このガキか。
お前も見た目ガキである。
ーけっ!随分とまあ可愛らしい顔した、如何にも育ちの良さそうな坊ちゃんじゃねぇか。こういう純真無垢な良い子ちゃんって嫌いなんだよな。大体、この若そうな見た目で、身長が俺と同じとか、顔面偏差値が高くて将来高身長を約束された発育具合じゃねぇかよ。大した苦労もなく容姿にも恵まれてるときた。底辺の奴の気持ちなんて分からない。ブサメン、低身長を舐めんなよっ!
初対面であるのに、悪意満点の先入観である。彼にかかれば聖人君子だろうと、悪魔の手先となること間違いなし。そもそもお前も貴族設定なら、育ちの良い設定であろう。そして未だにセティは自分の外見の変化に気付いていない。後半はただの八つ当たりである。
ーまぁ俺は、闇を抱えた貴族設定だからな。こいつらとは違うんだよな。そうだ!過去に闘った魔族の呪いにより、本来とはかけ離れた姿になっている、こういう設定にしよう。ちなみに、年齢も呪いの影響で年老いている。本来は17歳の超絶イケメン、高身長で、実力も元の百分の一程度に下げられているんだ。うむだとすればおおよそあのステータスの低さも頷ける!選ばれし人間たるもの背景は重要だよな。深みが出る。
まんま中二病であり。ご都合主義とはまさにこのことである。こいつの人間性は浅瀬程の深さしかない。
ーさてと…とは言っても、全く状況が分からんな。回復薬を出した筈が何故か剣を持ってるし。鬼とは言え、子どもに剣を突き付けているなんざ、選ばれし者のやることではないな。ゲーム的に考えればイベントの発生だな。大方、こいつらは何か問題を抱えており、それを解決することで役立つアイテムや武具を入手出来る。反対に、断ることで闇ルートに突入か…。つまり、これは分岐イベント!
最早ぐうの音も出ない。セティの思考回路は誰にも予測出来ない。彼女等の抱えている問題の九割はセティ、お前の存在である。
ー闇ルートは、二週目だな!こんな夢は二度と御免被るが、まずは王道ルートで頂点に立つ。とりあえず、選ばれし人間である俺の偉大さをこいつらに示してやるか!
こんな奴が選ばれし者なら、世紀末も真っ青である。
ーさっきみたいな下手な芝居は出来ん。まさに人々を導く神なる存在感の如く振る舞わなければ。
『貴女は勘違いしています。』
先程とは打って変わり、セティの声は驚く程優しく、そして心が込められていた。
ーーーー
『貴女は勘違いしています。』
そのゆっくりとそして優しく語りかける声はアイラをそしてグランを混乱の極みに陥れた。
『『えっ?』』
ー勘違いだと…?一体…。それになんなんだこの人間、先程までの冷酷さが霧散している。
『私は、お伝えしましたよね。話し合いをしましょうと。結果的に、手荒な真似をしてしまって、本当に申し訳ございませんでした。』
そう言って、目の前の人間はグランの首筋から剣を外し、そして深々と謝罪をする。その姿はもとの佐藤タロウがいかにその動作に慣れているかを体現しており、二人に対する謝罪と敬意が滲み出ていた。
アイラは思う。今なら、この無防備な人間を手にかけることも容易い。憎い筈の人間を自分達を危機に追いやるかもしれない存在を排除する唯一の好機。しかし、身体がそれを許してくれない。それがまた、彼女の心を激しく乱した。
『怖かったろう?ごめんね』
深々としたお辞儀から、改めてグランに向き合い、謝罪するセティ。少し砕けた、それでいて優しく微笑みかけるその表情は、グランはおろか、アイラでさえ魅入らせた。
『ぇ、あ…はい…』
気の抜けたような声を出すグラン。完全にセティに呑まれている。
『ッ!ど、どういうことだっ!?お前は、私達鬼族を殺すことが目的ではないのか!まさか、精霊石が目的か!?』
場の空気に呑まれそうになったアイラであったが流石である。なんとか気を持ち直し、セティに怒りと同時に疑問をぶつける。
ーチッ!この女、何が「お前」だよ。自分の立場分かってんのか?俺が本来の姿を取り戻して本気出せば、瞬殺ぞ。てめぇらにも興味なければ、第一、精霊石って何だよ。石なんざ、レベルアップ出来ねぇんじゃ糞の役にもたたねぇし、いらねぇんだよ!さっさとイベント解決、レアアイテム入手させろよ。こちとら、期限内に迷宮クリアしないと、馬鹿にされんだよ!
お前の本気が世に出ることはないだろう。そして本来の姿を取り戻せば
、やはり醜い人間になるだろう。総じて、相変わらず心の狭い男である。
『精霊石が目的ではありません。貴女の言われるように、鬼族の方とお会いすることですよ。』
精霊石を知らないというのは、プライドが許せない。早々に話題転換のため、鬼族のことを話すセティ。
『なっ!?やっぱり、私達をまた殺すのか。お前達人間は一体どれ程鬼族を苦しめれば気が済むんだ!私の命で済むならくれてやる。だから、やっと見つけた安住の地を、大切な仲間を、家族をこれ以上奪わないでくれ。』
『姉さん!』
感情の発露。人間への怨みをぶつけるアイラ。その言葉は一言一言が重い。グランもそんな姉の想いを聴き、涙が溢れる。
ーはいはい。そういうのは後でいいから、先ずは人の話しを聞けよ!君たちを導いてあげるからさぁ!
台無しである。セティにとっては何ら響いていないようだ。
ーにしても、そう言う設定ねぇ。まぁ、人以外の異種族が出てくる世界じゃ、人間VS他種族なんざ、よくある話だからな。しかし、これは良いことを聞いた。選ばれし、光の騎士の設定を上手く活かせるぜ!
『ふふっ』
突如微笑むセティ。それを見たアイラは、
『な、何がおかしい!』
当然のように激怒する。
ーこの世界の女は沸点低女しかおらんのか。
失礼すぎる勘違いをするセティ。
『始めにも、お伝えしましたよね。それが間違いなんです。私は貴女や弟さん、そして貴方の大切な仲間を傷付けるなんて真似は絶対にしません。信じて貰おうなんて思っていません。ですが、少しでも信じて貰えるように…これを』
セティが差し出すのは、手に持った細身の剣と、腰につけた魔法の袋。
『ッ…!?』
一体どういうことだ。そんな簡単な言葉すら口に出せない驚愕する二人。理解が及ばない。見た目には、武具も付けていない。これでは全くの丸腰である。
『驚かれますよね。憎い筈の人間が急にこんなことをする。今まで散々酷いことをしてきた人間が、です。』
口調は穏やかであり、聴くものを惹きつける心地よい声。
『私の目的は、貴方達鬼族を救うこと。それだけです。』
『私達を…救う…?』
『はい。それが私の使命です。だから…涙を吹いてください。』
『なっ!?』
ー人間が私達を救うだと…?何なんだ、一体何を言って…
アイラは鈍い痛みを感じる。突如呼び起こされる幼き日の、まだ幸せの絶頂にいたあの頃を。そして、まだ人間を信じていた頃の記憶が。
ーき、決まった!格好良過ぎる。おいおい俺って奴は、最高だぜ!だから、さっさと役立つアイテム寄越せや!
純度100%の嘘をよくここまでつけれるものだ。そしてまさに最低最悪の男である。
沈黙が辺りを包み込む。アイラがセティが手渡そうとしている物に手を伸ばそうとした瞬間、
『成る程…どうやら込み入ったことになっているようね。』
ーえ?
突如として聞こえる声。その方角を向けば、男女混合、三人の鬼が樹上にいる。
アーデル以上の筋肉野郎に、リックのような優男、そして一際異彩を放つのが、白銀の髪色の美しい女性。強さという方面に明るくない人間であっても一目で分かる程の強者のオーラが漂っている。
ーくそがっ!何格好良い登場してんだよ、俺より目立ってんじゃねぇぞ、ごらぁ!
前言撤回、素人がここにいた。