妄想の裏側
ーッ!一体何者なの。あの人間の子どもは!?
セティを追いかけながら、どうすべきか考えるアイラ。
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自分達の住んでいる村から食糧調達の為に出てきた二人。場所こそ特殊だが、彼女等にとってそれは何気ない日常。帰ろうとした矢先、もの凄い衝撃とともに黒岩竜が吹き飛んできた。吹き飛んできた方角を見やれば黒王亀の鳴き声が聞こえる。モンスター同士の争いだろうとあたりをつけ、瀕死の黒岩竜にトドメを刺し魔石化した。というのも、この迷宮の最下層における魔石は、そのモンスターの強さから滅多に獲得出来るものではなく、非常に貴重な物であった。黒岩竜は中でも比較的弱い部類に入るが、それでも何の苦労もなく魔石化出来るものではない。
『運に恵まれましたね。黒岩竜の魔石を簡単に手に入れることが出来るなんて。』
弟のグランが、姉のアイラに話しかける。
『……そうね。近くに黒王亀がいるようだから、注意なさい。』
アイラが優しくグランに話しかける。しかし、その表情は少し険しい。
『黒王亀ですか!珍しいですね!やっぱり大きいんですか!?』
無邪気に話すグラン。彼は話し方や雰囲気こそ落ち着いてはいるが、まだ若く村の外を一人で狩りに出ることは許されていない。まだまだ未熟であり、必ず大人と一緒の行動が義務付けられているのだ。未熟とは言ってもそれはこの最下層の基準であり、人間の冒険者からすれば一流の一流と呼ばれる実力はあるのだが…。そんな無邪気に話す弟を見て、
『グランもそろそろ一人立ちする時期かもしれないわね。少しだけ、黒王亀を見てから帰りましょう。但し、気配と匂いは必ず遮断しなさい!それに、黒王亀には絶対に姿を見られないようにすること。いいわね!』
厳しい姉からのまさかの言葉に少しだけ疑問を持ちつつも、嬉しくなるグラン。
『ありがとうございます!アイラ姉さん!』
この何気ないやりとりが後に、大きく彼女等の人生を変えることとなる。
数分後、
二人は驚愕する。それは人間の子どもが、黒王亀にトドメを刺している光景。しかも、その人間は遠目で確認すると無傷であるようだ。
ーやっぱり…!!
アイラは苦虫を潰したような顔をする。先程、グランの問いに険しい表情で答え、わざわざこの場所まで来た理由は、そう「明らかに異常事態だったから」だ。黒王亀は年中甲羅に閉じ籠り、地面の岩や砂を食すという生態の為に、好物の黒岩竜を捕食する以外滅多にその顔を拝むことは出来ない。だからこそ、黒王亀が黒岩竜を捕食せずに、吹き飛ばしたという状況に疑問を抱いたのだ。
ー先程の黒岩竜は黒王亀に吹き飛ばされたのではなく、あの人間がしたと考える方が辻褄が合う。それに、黒岩竜の体液を身に纏っている。あれを使い、黒王亀を甲羅から出させたのか!何という人間だ!!
人間がこの場所にいることすら異常であるのに、自分ですら手こずる黒王亀を無傷で倒す人間に脅威を覚えた。しかも、その魔石には目もくれずにいる。
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自分達の気配に気付く実力、そして黒王亀や黒岩竜を簡単に倒す実力、自分達では手に余ることが予想される。それでも、彼女はセティを見逃すことが出来なかった。
ー子どもだろうが人間は愚かな生き物だ…。他に仲間がいるかもしれない。漸く見つけた我ら鬼族に安住の地を、人間に壊されてたまるものか!
強い怒りを抑えようとするアイラ。
鬼族は永らく人間に虐げられてきた。仲間も何人も殺され、命を奪われなかった仲間は奴隷として売り物にされ死よりも辛い苦痛を受けてきた。
そう、この世界には様々な種族が存在する。人族だけでなく、森人族、獣人族、魔人族、魚人族、竜族、土人族、鬼族など。人間は他の種族と違い一つのことに秀でてはいないが、その飽くなき探究心と向上心という名の、欲深き心で人間至上主義の世界を作りあげてきた。他の種族は人間よりも能力に優れていたり、寿命が長かったりとしているが、個体数が少ない。人間のように、簡単に子を為すことが出来ないのである。数は暴力と言うが、他の種族が同族同士の繋がりを大切にすることを逆手にとって、彼等の土地に攻め入っては、略奪を繰り返し力の弱い者を捕らえ、解放する見返りとして、種族特有の技術を盗み繁栄をしてきた。とりわけ、長寿であること、体系化された魔法、そして整った容姿から、森人族に対しては略奪の限りを尽くしてきた。今ではエルフが人間世界の近くに住むことはない。そして、そんなエルフと親しく、似たような特徴を持つ種族である鬼族もまた、エルフのように略奪の対象となってきた。最も彼等は力も強かった為に、幾度となく人間と戦争を繰り返してきたのだった。その為に鬼族は人間を憎む。何より、エルフと違い、彼等には男であれば二つ、女であれば一つの角が存在する。それは魔力を司る重要な器官であり、秘薬として人間から狙われてきた。まことしやかに、その角は寿命を延ばし、身体能力を向上させると人間の中では信じられてきたのだ。
ー二度仲間を家族を失う訳にはいかない!あの人間が強かろうが、勝てない相手だろうが、例え、刺し違えたとしても、私はグランを鬼族を守らなければならない!
強い意志と覚悟を胸に、恐怖という迷いを振り払う。そしてその熱は、一緒にセティを追いかける、アイラの弟であるグランにも伝わってきた。
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そして走り始めておよそ5分程度経過しただろうか。アイラとグランの表情は徐々に険しくなっていった。
ーッ!!どんどん森の奥へと向かっている。この先は、黒狼の縄張り!
黒狼はその凶暴性と数の多さから、アイラですら迂闊に近付けない。
焦りを感じる中、セティが足を止めた。そう、問題の妄想芝居の場面である。
『あまり気乗りはしないのですが…』
ーッ!!
ーッ!!
警戒心を高める二人。改めて言うが、セティの妄想であり、よもや彼女達がいるとは思っていない。
『出てこられる気はないですか?貴方方がその気であれば、やむを得ませんが…』
ーッ!?姉さん…
グランが姉の方を向く。相手にばれていた。実戦経験も少ないグランは姉の支持を待つことにする。
ークッ…やはり尾行は気付かれていたか。しかし、まだ場所までは分かっていない筈。こちらが有利なのは変わりない。
しかし、どういうことだ!?魔力を感じることもなければ、力もそれ程強そうに感じない…
それは隙しかないからである。セティに対する先入観からか思考の泥沼の嵌るアイラ。
ー仕掛ければ一瞬で倒せるような相手…。だが!黒王亀と、黒岩竜を倒したのは間違いない…まさか、実力の片鱗すら分からない程に差があると言うのか……?だとすれば、もう私達は……
答えなどないのに、必要以上にセティを警戒するアイラ。可哀想である。
『………なるほど。沈黙が答えですか。残念です。このような場所でお会い出来たことは、珍しい。もしかしたら、お友達になれるかも…と思ったのですが。』
ー悪い人間ではない?
疑問に思いながらも、人間は悪と教えこまれてきたグランは答えを出せずにいた。
ーなっ!ふざけるなっ、何が友達だ!お前達がどれほど私達を蹂躙してきたか!奴らの言う友達とは、都合の良い駒にしか過ぎん!
怒りを露わにするアイラ。グランも姉の怒りを目の当たりにし、その根深い感情の一旦を知ることになる。
ーやっぱり…そこまで人間のことを…僕が生まれる前に一体何が…?
『最後通牒です…。話し合いには応じませんか?』
怒りもあるが、大切な弟がいる。闘いになれば、確実に無事では済まないだろう。自分は例え命を散らしても構わないが、たった一人の可愛い弟の命を憎むべき人間に奪われる訳にはいかない。
ー本当に、話し合いが…?
場に呑まれるアイラ。
『……残念です。』
『そこだッ!』
考えがまとまらない中、無情にも剣が自分達が隠れている木へと突き刺さる。
ー位置もばれている…追い詰められていたのは私達か…グランごめんね。愚かな姉を許して…
ーッ!姉さん…。僕も、闘います。鬼族として、逃げる訳にはいかない!
グランの覚悟の表情を見たアイラは弟の成長を嬉しく思う反面、複雑な感情であった。そして、一つの決心をする。
『待てっ!』
ーグラン…あなたを殺させはしない。
その凛々しく、芯の宿る顔つき、そして愛する家族を守るため死地に踏み入れるその出で立ちは何よりも美しく、その生命は何よりも輝いていた。