悪夢の最下層③
ーさて、この亀の魔石を早速頂くとらしよう!あれだけでかい亀の魔石だ。きっとLevelUPに繋がるはずだ!
セティはそう思いながら、黒王亀の魔石を持ち上げようとする。
ーよっ、んっ!?ふんっ!!くっ!?ぐぐっ!
全く持ち上がらない。大した大きさでないのにびくともしない。試しにズラすだけと思って押してみるが、微動だにしない。引いても見るが動く気配がない。この魔石自体の密度と質量の高さが伺い知れる。
『……亀よ。死してなお、私の前に立ちはだかるのか。認めよう、お前は強かった。君との闘いは私を熱く滾らせた。この場で安らかに眠ると良い。』
などと、突然意味不明なことを言い出すセティ。魔石が重くて持ち上げることが出来ないという、恥ずかし過ぎる現実から目を背け、あえて魔石はとらず、そんな物に興味ありませんが何か?と言わんばかりの顔。自分を守りに入ったようだ。
落ち葉をパラパラと黒王亀の魔石に振りかけ、颯爽とたち去るセティ。その姿は何処か哀愁が漂っていた。
ーーーー
『…魔石を取らないようですね。』
二本の角を持つ者がもう一方に話しかける。
『魔石が目的でない…?それとも、黒王亀の魔石など取るに足らないということか?』
話しかけられた女性も首を傾げる。
『黒王亀の魔石であれば、人間の世界では莫大なお金になる筈です。魔石を取らなかったことと言い、黒岩竜も放置した…単純な略奪を目的とする人間ではなさそうですね…。』
『結論づけるのは早いわ。グラン、人間の残虐性を忘れたわけではないでしょう?』
冷たく言い放つ女性。口調こそ穏やかであるが、言葉に込められた感情はもう一方に有無を言わせない迫力があった。
『え、ええ。何れにしても動くようですね。引き続き追いますか…』
冷汗を掻きながら女性に返答する。
ー姉さん…やっぱりまだ人間のことを…
グランと呼ばれる、二つの角を持つ者は複雑な心境でセティの後を追っていく。
ーーーー
ーあの亀の魔石惜しかったな…。魔石の使い方さえ分かれば、LevelUP出来る筈なのに!つーか、ここは何なんだ?あの亀や竜や鳥と言い、尋常じゃないぞ。あんなのが、ごろごろいるようじゃこの先が思いやられる。
愚痴りながら進むセティ。しかも当てもなく彷徨い続けている。そして、最も重要なことに漸く気付く。
ー待てよ…冒険者の平均以下の能力の俺。そして武器も失った。ステータスは
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セティ・フォン・シュバルツダンケルハイト
ランク:G
Level:1↑
体力:35
魔力:0
攻撃:24
防御:15 (603)
素早:220(15)
知力 :20
運 :1115
スキル
創造魔法
装備
シャツ
ズボン
スニーカー
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ー案の定攻撃力がガタ落ちか。透刃が頼りだったのに何でこんなこと…んっ!?
防御力:603
ーどういうことだ!?さっきの激闘でLevelが上がったのか!
闘いにすらならなかったのに、相変わらず妄想が激しいセティ。自分の良いように脳内補完する。そして、感が冴えているのか、気付いてしまう。
ーまさかっ!?涎か?あの竜の涎が防御力600もあるのか!?しかし、身に纏っているものではそれ位しか…臭いし、気持ち悪いが運が良いと思うことにするか…。武器もない。魔法もよく分からん。戦闘能力は皆無だが、防御力はある。希望はあるんだ!
そう、流石は迷宮の最下層のモンスター。涎だけでもかなりの防御力を誇る。
ー戦闘を極力回避し、何とか街まで戻ろう。あのモンスター共もヤバいが、迷宮の外にいるんだ…同じ冒険者が襲ってくる可能性もあるよな…。涎を防具とするおっさん…ダメだ。他の冒険者に見つかったらアウトだ、おっさん狩りにあうぞ。
ただ、セティは勘違いしているがここは迷宮最下層。逃げ場など何処にもない。セティ以外の冒険者がいることもない。
モンスターだけではなく冒険者のおっさん狩りに対する恐怖心からか
ーとりあえず、現段階で尾行られている可能性なんてないよな?
極度のヘタレ具合である。
一瞬背後を振り返ろうとするも思い留まる。
ーダメだ!狼狽えるな!モンスターも怖いが、それは冒険者だって同じの筈!想像するんだ!今、冒険者に狙われていると仮定する。未だ襲われてないのは、俺の実力が分からないから相手も手が出せない。ならば、俺が強ければ相手も諦める筈だ…!
全くもって被害妄想が凄まじい。それは、想像でなく創造である。すると大きく深呼吸を始めるセティ。
ー断固反対!オヤジ狩り!
意味不明な言葉を自分に言い聞かせ、全速力で走るセティ。
ーここのモンスターは巨大な奴らしかいない。逆に言えばモンスターを見つけやすい!今憂うべきは、冒険者からのオヤジ狩り!とにかく、今は全力でこの場を離れる!!
ーーーーー
『ッ!?まさかっ、気付かれた!?』
『そんな筈は!?魔力を使用した様子も感じられなかったのに!』
焦る二人。もともと有利な状況に立っていた相手に対し、完全に出し抜かれた。気配も匂いも完全に消した上での尾行。気付かれる筈もない、たかが、人間。そう思っていた。
『クッ!ここで見失う訳にはいかない!追うわよ、グラン!警戒は怠らないように!』
『は、はい!アイラ姉さん!』
グランはアイラの迫力に驚く。いつも冷静な姉が、ここまで焦るとは、まだ未熟な自分では計り知れないが、あの人間の子どもは相当な使い手なのだろう。冷汗を流しながら、姉に追随する。
ーーーーー
ー大分走ったな!ここまでくれば大丈夫だろう。
立ち止まるセティ。
ー5分位は走ったよな?これで、冒険者を巻いた筈だ!流石、俺だ!
何度も言うが、冒険者に尾行されてなどいない。全てはセティの被害妄想から始まったことである。
ーいや!油断禁物だ。一旦、今の状況を整理しよう。狙っていた人物が、いきなり走り出した。敵は、気付かれた?と思う筈だ。余程の馬鹿でない限り、オレに対して警戒心は上げる筈!だからこそこの状況は使える!
相変わらずの妄想である。
ーつまり、この状況で相手にあえて実力の片鱗を見せることで、実は追い詰められていたのは自分達だったと思わせる。サディスト女が、街中で騒ぎ立てようとした戦法だ!
自分の世界に入り込んでいるセティ。こうなっては誰も止められない。
ー癪に障るが、使わせてもらうぜ!この戦法をな!
『あまり気乗りはしないのですが…』
突然話し始めるセティ。その透き通った声は、森の中によく響いた。彼の一人芝居が幕を開ける。
『出てこられる気はないですか?貴方方がその気であれば、やむを得ませんが…』
セティの凄い所は、「こう」と思い込んだら、それを疑うことをしないこと。単純バカな点である。
『………なるほど。沈黙が答えですか。残念です。このような場所(高レベルモンスターのいる場所)でお会い出来たことは、珍しい。もしかしたら、お友達になれるかも…と思ったのですが。』
ーやべえ!俺超絶カッコイイ!
『最後通牒です…。話し合いには応じませんか?』
ーまぁ、普通に考えたら冒険者がいる訳ないよな。あんな巨大なモンスターと戦闘する奴らなんざいる訳がない。
最早最初の目的からは離れてしまったが、気分が高揚しているセティは止まらない。
『……残念です。』
そう言い、素早く魔法の袋からコボルトの剣を取り出し、目についた適当な木へ
『そこだッ!』
投擲する。
見事剣が木へと突き刺さる。
ー中々に上手いな。楽しかったし、またやろう!
投げた剣を回収に向かう為、歩きだそうとした瞬間、
『待て!』
ーえっ!?
剣が突き刺さっている木の陰から二つの影が現れる。真っ赤な髪に、頭から生えている禍々しい角。
ーふぅ…そろそろゲームオーバーか。
セティの夢はまだ醒めそうにない。