岩の迷宮
『あいつら…ハッ!絶対……フッ!
許さん!』
一人モンスターに対して武器を振るうセティ。場所は迷宮の第11層。モンスターの魔石を拾い上げ昨日購入した魔法の袋に乱雑に入れるセティ。機嫌はあまり、というか全然宜しくない。本来一緒に攻略をする予定だったティアリスとアイズはいない。何故このような状況になったのか。
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『たくさん購入したね!荷物はどうしようか?』
『持ち物はこれで良し…という所だな。それで、これからどうするつもりなのだ?』
ティアリスとアイズがセティに尋ねる。時間は、セティがギルドで冒険者登録を行い、迷宮踏破のためのアイテムを購入し店の外へと出終わった所である。アイテム購入にかなり悩んだのか日はすっかり沈んでおり、辺りは真っ暗である。
ー当然荷物は全て俺が持つ。効果や使用方法も大体聞いた。俺はお前らに道具を任せるなんてことなんてしねぇんだよ。これから帰って、明日の攻略の段取りをする。これでお開きだ!
基本自分のことしか考えていないセティ。
『(攻略までの)時間があまりないですから、明日から(の迷宮攻略)に備えましょう。』
セティが提案する。何しろ今日含めて5日しかないのだ。帰って準備をしなければ、攻略に支障が出る。
『確かにな…気を張り詰め過ぎるのも良くないか…明日の(攻略準備の)為に早く休むのも大事ではあるな。』
アイズも頷く。何しろ準備に5日もあるのだ。本日アイテムも購入したことで作戦の幅が広がる。そうすることで、様々な視野が広がることになる。
ー大したものだ。この者がG級だからといっても関係ないだろう。一年以内に、C、もしくはB級も夢ではないか…!
アイズは自分よりも数段実力的には劣るだろうとセティを冷静に分析する。自分が音頭をとればより簡単に安全に迷宮を攻略出来るかもしれない。AA級とは隔絶した実力者であるが、それを頼らず自分で考え行動し、物怖じしない。ドニールから、あまり口を出さないよう言われていたが、その必要もない。また、G級からD級までは比較的簡単に昇格出来る。規定の依頼数をこなせば昇格出来るからだ。しかしC級からは違う。ギルドでの昇格試験、さらには特別依頼によりその実力を示さなければならない。C級に上がれるかどうかで、冒険者として大成出来るかが変わる。B級となればさらにその上。過去一年間で昇格した者などいない領域。
ーこの探索が終わり、実力を確認出来れば、正式に私のパーティに誘ってみるか…。彼女には申し訳ないがな。セティは恐らく、長く立ち止まっている冒険者の歴史を
セティを見て、アイズの彼に対する評価はうなぎ登りである。
『そうだね!明日は何時に集合する?』
何処で?と聞かないのは、迷宮を探索する前の打ち合わせや準備は、は冒険者訓練所でするのが当然だからである。本来であれば、それなりのスペースを確保するには使用料金もかかるが、専用スペースの許可もドニールから得ている。しかしそんなことを知らないセティは、
『朝の5時に(迷宮に)集合としましょう。そこで一定、お互いのことを把握していけば良いかと。』
『うん!』
『承知した』
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そして時間は現在へ…
ーーーー
『これで、11層か…。ここまでで、2時間半。1階あたりに10分強かかっている…。始めの3階までは5分もかからなかったのに、これ程迷宮内部が広いとはな…地図がなければ確実に迷子になっていたな。』
驚異のスピードで探索をするセティ。
ーにしても、踏破済みの階層の地図が手に入ったのはありがたい。高飛車女は流石AA級の冒険者という所か。しかし、本来ならかなりの高額な物じゃないのか?貴族みたいな名前して、金持ち、コネ持ちとは断じてあり得ん!
感謝も出来ない男。それが、セティである。セティの言う通り、踏破済みの階層の地図は深層になればなるほど高額になる。10層程度ならまだしも、20層や30層を超えるとその金額は跳ね上がる。迷宮は区切りごとに、その様相が大きく変わるからである。70層までの地図となれば、豪華な家が建つレベルである。
『岩グリーンスライム、岩グリーンゴブリンソルジャー、岩グリーンバッド、岩グリーンコボルトソルジャー…岩グリーン……何なんだこの適当なネーミングはもっとやる気を見せろよな!誰が付けたんだよ!』
夢の創造主であればお前の責任ではないのか…セティは都合の悪いことは人の所為にする。ただ、ここは夢でもないので、確かにもっと他にネーミングがあったのでは?というのも頷ける。頭に岩と付くのは、ここが岩の迷宮だからである。モンスターの個体には様々な種類があり、迷宮でのモンスターはその迷宮の特徴的な名称が付けられるのだ。
『今の所、モンスターを一撃で倒せているから良いが、そろそろヤバイんじゃないか…何しろ武器の攻撃力が800で、おれ自身は20そこそこ。ほぼ、武器で持っているようなものだ。一般的な冒険者の平均値と同じなら、ここらで苦戦が予想されるぞ。』
チラッと透刃とステータスカードを見ながら愚痴るセティ。実際の攻撃力はB級のそれである為、低層では無双状態である。B級は一流冒険者の枠に入るため、武器の補正と言えどそれに近いステータス値を持っているだけでも凄い。また迷宮の深層に出現するモンスターの武器という、レアなドロップを運良く獲得出来ているのが大きい。しかし、セティはそんなことを知る筈もない。
『そして、何より深刻なのは…』
言いながら、ステータスカードのLevelを見る。そこには、
Level1↑
と記載がされていた。
ーモンスターを倒してもLevelが上がらない。経験値に出来るっていう魔石を集めてはいるが…使い方が分からない。かなりの数になってるのに…くそっ!使い方も聞いておくべきだった、あと、↑ってなんなんだよ!
そう、セティが悩んでいるのはLevelが1のままのこと。せっかくの異世界にも関わらず、強くもなれない。そしてLevel1のままならこの先の迷宮踏破も危うい。加えて意味の分からない表示が苛立ちを加速させていた。
ーんっ?そう言えば。ラビラントシャドースライムの魔石ん時は…どうしたっけ?宿で…えーと、棍棒と叩いて砕けなかったから、透刃で…
ステータスカードを見て考えながら迷宮の第11から第12層へと繋がる階段に差し掛かっていたセティ。
ゴトッッ!
静かな空間に不意に響く鈍い音。
『なっ!?なんだっ!??』
ー罠か!?
そう思った矢先、足下の石畳が水のように波打つ。あまりのうねりに立ってすらいられない。
ーなんなんだっ!?振り落とされる!!このままじゃ、地面に叩きつけらる!
必死に地面にしがみつこうとするもセティの非力さでは持つはずもない。なんとか透刃を地面に突き刺して耐えようとするセティ。
その瞬間…
波打つ地面が真っ二つに割れた。割れた先に、当然地面はない。
『お、落とし穴だと、
う、うぉぉぉぉぉぉ〜、
…………。。』
どうやら気を失ったようだ。
落ちる先は奈落の底である。広がるのは果てしない闇。
ーーーーー
どれ位の時間が経っただろう。
ポト
ーん…
顔にあたる、湿った何かで目を覚ますセティ。
ポト
ーあれ…?ここは…?そうだ、落とし穴にはまったんだ。
ポト
『なんだよっ!さっきから鬱陶しいな。湿ってあったかいし、臭ぇし!』
液体の出処であろう、上を見上げるセティ。
ダラァー
そこには巨大な岩の生物が、今にもセティを食べようっとよだれを垂らしていた。よく見ると、岩で出来た、竜のようにも見える。その大きさは、15m以上はあるようだ。
『………あ、こりゃ、無理だわ』
情けないセティの声が発せられる。
セティの足元に落ちているステータスカードには次のように表示されている。
現在地:岩の迷宮609階
この数時間後、冒険者史上前代未聞の偉業が達成されることになる。