動き出した勘違い
『おいっ!岩の迷宮のこと聞いたかよ!』
『ああ!こりゃあ、早い者勝ちだぞ!』
『ん?何の話だ?』
『おまっ!?知らねぇのか!?それでよく冒険者やってるな!?G級からやり直せよ!』
『だから、何の話しだよ!?』
『ったく!仕方ねぇーな!どうせ知らない冒険者の方が少ねぇしな。ライバルは少ねぇ方が良いが、E級のお前には関係ねぇだろうからな!』
『それで、なんなんだよっ!』
『実はな…』
ーーーー
『えっ!?岩の迷宮が未踏破迷宮っ!??』
ティアリスが驚きながら、総支部ギルドマスターのドニールに尋ねる。時間はセティが冒険者登録をする前に遡る。
岩の迷宮とはセティがこの世界を夢だと勘違いした場所。そして、ティアリスら三人と出会った迷宮である。ティアリスが驚いている理由は他でもない、今まで踏破済みとして登録されていた岩の迷宮が実は、未踏破の迷宮であった為だ。
『今まで踏破済みとして登録されていたということは、冒険者によって魔核が壊されているということですよね?つまり、魔核の残骸をギルドで確認をされたということではないのですか?』
矢継ぎ早にティアリスが質問をする。それ程に衝撃的なことなのである。何故なら、迷宮は通常魔核を破壊することで迷宮自体は消滅しないものの、その成長を止める。迷宮の根源たる魔核を破壊した冒険者は、その核の残骸をギルドへと持ち帰り、迷宮が存在する地域を管轄するギルドの支部において先ずは確認をする。その上で、総支部ギルドへと送られ、そこでもチェックを行うという、二重での確認作業をしている。期間は二ヶ月から三ヶ月程度かけて行われ、その精度は今まで100%であった。しかし、それが覆ったのだ。
『儂らも初め、この報告を聞いた時は驚いたものじゃ。きっかけは、ある迷宮で不可思議な出来事が生じたことじゃ。』
『不可思議な…?』
ーそりゃあ、こんな変態な奴等と出会ってしまう位だからな…不思議なことなんざ起こるだろうよ。
セティが会話を聞きながら思う。あくまでも否定から入る。彼のスタンスは変わらない。
『うむ…。説明をする前に、幾つか質問をしようかの。』
ーははっ!質問を質問で返すとか、低レベルだな。 サディスト女、お前の出番だぞ!存分に責めたてろ!
どちらにも、失礼極まりない酷い男である。
『迷宮の最下層、魔核がある地点までの道のりは一本道かの?』
『いえ、50層程の中規模な迷宮であればほぼ一本道ですが、100層を超えるような大規模迷宮は、魔核自体は一つですが、魔核までの道のりは無限に存在し得ます。』
『その通りじゃ。魔核に至る道は無限にあれど、魔核は一つ、それが今までの定説であった。』
『定説…「であった」…えっ!?』
ーいちいち驚き過ぎなんだよ!
驚くティアリスを蔑んだ目で見る嫌な男。
定説はこうだ。最下層の魔核は一つであるが、大規模な迷宮になるとそこに至るまでのルートは複雑である。例えば、AとBの冒険者が迷宮内に入るとする。中規模な迷宮であればスタート地点からゴール地点まで全く同じコースである。その為、経路さえ覚えてしまえば、比較的簡単に魔核のある地点まで辿り着ける。しかし、100層を超える大規模な迷宮は、その魔核が持つエネルギーが強大であり空間や重力、時には時間さえも大きく捻じ曲げる。つまり迷宮それ自体が一つの独立した異世界である。ではゲームで言うランダムダンジョンのようなものであるかと問われると全く違う。迷宮内部自体が常に変化し、形を定めないため、定型ルートを覚えるという攻略法は使えない。しかも、元の魔素となる性質の影響を多分に受けており、空から火の雨が降り注ぎ、周り一帯が火の海であったり、まるで氷河期のような猛吹雪と一面が氷で覆われた世界、果てしなく続く水の世界など様々であり、攻略難度が跳ね上がる。元の魔素が色濃く迷宮の世界に反映しているのは、魔核の影響を多分に受けている深々層(100層以上で構成され、出発点から魔核の存在する終着点まで8割程進んだ階層、ここで言うと80層以上)からの特徴ではある。最も厄介なのは、深々層は空間自体が捻じ曲がっている為、隣にいた仲間がいつの間にか数km離れた場所へと跳ばされたり、やっと下への階層の道を見つけたと思いきや、実は元来た道だったりすることもある。また、自分の今いる層から下の層へと降りる際にはほぼ100%と言っても過言ではない程、仲間とはぐれる。その層に居ること自体は間違いないが、一層一層が広大な空間である為、一度仲間とはぐれたが最後、二度と出会えないことすらある。つまり、アタッカーや盾役、斥候役、治療役など所謂分業制をとっているパーティでは歯が立たない。何故なら、下層になればなるほどモンスターは強くなる。もしアタッカーや盾役がいない状況で、攻撃や防御の低い治療役が一人で危険度の高いモンスターと遭遇したら、モンスターを倒したが大怪我を負ってしまった、しかし治療役はいないなら、考えただけでも恐ろしい。仲間とはぐれても、生き残る力のある冒険者、特殊なスキルを持つ者などしか攻略は叶わない。それ故、100層を超える迷宮を踏破しようとする冒険者のほとんどが名の通った者である。そして、100層以上ある迷宮を、人は伝説になぞらえて、『八大迷宮』と呼ぶ。伝説と呼ぶ位なので未だに一つしか踏破されておらず、しかも残りの七つの内、四つが見つかってすらいない。冒険者が迷宮を探索し始めて数百年または数千年とも言われるが、未踏破ということは、未だ迷宮は成長し続けていると考えられどれ程の規模なのか想像すらできない。
しかし、恐ろしい迷宮であると同時に、その見返りは命を投げうってでも得る価値がある。攻略された八大迷宮の一つの深々層からは、『双創透鉱石』と呼ばれる鉱物が発見された。これは、魔力を吸収し、分裂をする石である。分裂をするということは、わざわざ採石する必要もないということだ。また透明色であり着色前は非常に柔らかい石であり、染料を数滴垂らすとその色に染まり恐ろしい程の強度を得る。分裂をする回数が決まっているため、非常に希少価値が高く、一般には出回っていないが、王族や王族直轄貴族の城や邸宅に使用されている。この鉱石を使用した武具も存在するが、これだけで王都に庭付きの家が建つ程高価である。
その為、八大迷宮の発見と攻略は巨万の富と人類の発展に大きく繋がるので、悲願となっている。こういった理由から八大迷宮は一攫千金を狙う冒険者が命を省みず挑戦をするが
、攻略は思うように進んでいないのだ。
『驚くのも無理はないのぅ。不可思議なこととは、ある迷宮において、魔核のある層が二つ発見された。その迷宮は60層程度の規模であり、ほぼ同時期に攻略されたこともあって、ギルドもどちらが先に攻略をしたことにすべきか、悩んでおった。大きい方の魔核を砕いた方にすべきか、より深い層の魔核を砕いた方にすべきか。何しろ、一つの迷宮に二つの魔核など前代未聞じゃ。総支部ギルドに事案が回って来た所で、お手上げ状態。本部ギルドへの報告の結果、漸く結論が出た。』
あまりのことに声が出ないティアリス。
ー説明が長いな。このおっさんとも仲良くなれねぇな。
お前と仲良くなりたいと思う人間はいないだろう。ただ悲しいかな、本当の性格を知る者がいないため、皆騙される。
『結論としては、二つのパーティがその迷宮を攻略したということになったのじゃ。そしてもう一つ重要ななことがある。中規模以上の迷宮には、魔核が二つ以上存在する可能性が高いということじゃ。理由は詳細には分からんが推測は出来る。魔核の元となる魔素は他の魔素の影響も受けやすい。つまり、魔素と魔素同士も互いに影響を受け、魔核の形成過程で、互いに親和性を保ち、迷宮をつくりあげるのじゃ。実際に発見された、二つの魔核は水と木の魔核という相性が非常によいものであった。実際にギルドで調査を始めると、続々とそういった迷宮が見つかっておる。』
『70層が最下層の岩の迷宮も、その可能性が高い…』
ティアリスの言葉にドニールは頷く。そして、
『岩の迷宮が未踏破というのは確定的じゃ。』
『えっ!?』
驚くティアリス
ー暇だな…話が長いんだよ。その迷宮を攻略する、それで終いだろうが。グダグダ講釈垂れやがって、ドヤ顔のおっさんもムカつくし、あの金髪女も腕組みしながら偉そうに聞いているのが腹立つわ。
最早全てを否定するセティ。どうして素直に聞けないのか。手持ち無沙汰になり、透刃を見ながら、格好良い技を妄想中である。
ーやはり見えない剣閃、クラールハイトスラッシュか!
そのままである。
『…流石じゃの。セティと言ったかの。お主の思っている通り、透刃がその証拠じゃ。』
『透刃が…?…あっ、ラビラントシャドースライムは直接魔核から生成されるモンスター!魔核が壊された筈の岩の迷宮には、既にいないはず!』
ティアリスがセティを尊敬の眼差しで見る。
ーあっ!?何見てんだよ!俺の邪魔をする気か?
何処までも裏切らないセティである。全く話しを聞いていない。
『その通りじゃ。セティ、お主はもしかして(岩の迷宮が未踏破であることを)知っておったのではないか?』
ー何を?
話しについていけないセティ。ただ、知らないと言うのは癪である。とりあえず適当に答えとくかと
『そうですね。確信はしてませんでしたが…可能性としてはあると』
まさに適当である。当たり障りのないことを言い煙に巻く。
『やはりの。そこで折り入って頼みがある。アーデルやリックには、八大迷宮の一つである、森の迷宮の探索の依頼をした。これはB級以上の冒険者で攻略を進めて行く為じゃ。しかし、この岩の迷宮も放ってはおけなくての。70層の迷宮と言えば、中規模の迷宮じゃ。此方の迷宮の踏破をお主らに、頼みたい。ギルドの確認者代表として、アイズと一緒にの!勿論、準備資金は此方で出そう。』
『改めて、アイズ・オブ・シンファニールと申す。早速貴殿と一緒に迷宮攻略に当たれること感謝する。勿論貴女も。』
ー俺まだ、やるって言ってないけど…強制イベント発生ってところか。しかし、相変わらずな偉ぶりだな。金髪高飛車女とサディスト女と一緒とか…萎えるわ。
迷宮って言ってもダンジョンゲームのあれだろ?1階につき、ゲーム的には数分だ。まあ、10分かかったとして、階段即降りの…今日中にクリア出来るかどうかだろうな!様子見て一週間…が妥当か?いや、しかし、『ほう、一週間もかかるのか。!』とか舐められるのは嫌だ。階段までの道のりさえ、大体覚えれば余裕か。問題は、途中で店とかアイテムの出現だな。でも、持ち込み可能なヌルゲーだろ!得意なんだよ、この手のあれはな!
この男、ダンジョンゲームのやり過ぎて麻痺しているようだ。当然、ゲームのように商人が危険なダンジョンで店を開いていることもなければ、それを盗み『泥棒判定』されることも、地面に道具が無造作に落ちていることもない。そして、1階層ごとに10分という攻略が出来るはずもない。舐め切っているのはこいつである。
ーしかし、厄介なのはあの高飛車女とサディスト女だな。この俺の邪魔になるなら容赦無く置き去りにするっ!
いや、最も厄介なのは、自惚れも程が過ぎるお前であろう。
チラッとティアリスとアイズを見る。
『ありがとうセティ!私は大丈夫だよっ!』
『貴殿に心配されるとはな…私も問題ない。』
ー大丈夫じゃねぇし、問題ありありだよっ!
セティに心配されていると感じた二人は返事をするも、根本的に心が通っていない。
『分かりました。…五日程(攻略に)時間を頂きます…。』
少し小さな声で言うセティ。
『五日か…そうだよね!(準備は)念には念をだよね!』
『成る程…貴殿は慎重派なのだな。確かに連携の面もある(準備には)
必要な時間か』
『助かるの、礼を言うぞ!確かに(事前準備の)時間は必要じゃて。』
ーくそっ!五日でも多いのか!どいつもこいつも、舐めやがって!
セティは攻略の時間を伝えているつもりが、ドニール達はまさか五日で攻略などとは思ってもおらず、準備期間の五日と取り違える。
『ぇえ、今日を含めて五日です。実質は四日ですね。』
少し、上擦った声で答えるセティ。
ー今に見てろよっ!絶対泣かす!
『先ずは、どうするの?』
ティアリスが尋ねる。
ー持ち込みダンジョンだぞっ!決まってんだろうが!!
『道具を買いに行きます。』
『その前に、冒険者登録を忘れるでないぞ!』
『私は、後ほど合流しよう。』
ドニールとアイズがそれぞれ話す。
ーちっ!いちいちうるせえ奴らだ。
ーーーーー
そして、翌日の待ち合わせまで時間は跳ぶ。
『くそがっ!!何であいつら、いね〜んだよっっ!!5分前集合は常識だろうがっ!!』
一人迷宮前で叫ぶセティ。現在の時刻は午前4時50分。まだ、日は昇っておらず暗い。
ーーーー
『あれっ?セティ遅いな…また寝坊なのかな?』
『……』
疑問に思うティアリスと、腕組みをしながら精神統一をするアイズ。
彼女らは冒険者訓練所にいる。
動き出した勘違いは止められない。