鮮烈のデビュー
『そこまでだ!』
静寂を切り裂く音。それは、威圧や恐怖ではなく、確固たる自信に満ち溢れた堂々とした声であった。その声を発した人間も同様、その雰囲気には、何処か一般の人とは違う、独特のオーラが醸し出されていた。セティ以外、場にいる全員がその方向を向く。そして、驚きの表情を浮かべる。そこには、この地方一帯を拠点に活動する冒険者の中でも、トップクラスの実力を誇るAA級冒険者の姿。そして、その隣にはこの地方のギルド総支部の長である、ギルドマスターの姿があった。
A級以上の冒険者自体滅多に見かけないことに加え、ギルド総支部のマスターがこの一支部にいること自体衝撃である。
言葉を発した冒険者は凛々しく、同性のティアリスでさえ見惚れてしまう程の圧倒的な美貌を持っていた。そのオーラに抗える者などこの場には、
ーなんだ、この偉ぶってる女は?こういう奴が一番嫌いなんだよな。金髪、ロングウェーブ、しかも目つきが悪いとかありがちなんだよ。大抵が、自分に自信があって、まさにー私は正義だー的な女だろうな。しかも、洒落げな名前まで持っているとは、絶対仲良くなれんわ。
いた。セティにはどうやら全く通用しないようである。そして、その人のことを碌に知ろうともせず、否定から入る。圧倒的に人間性が欠如している。
女性を一瞥するセティだが、直ぐに興味無しとばかりに、グロックを見る。
ーにしても、このハゲはどうしようか。俺の所為になるのか?いやこいつがこんな所にいるのが悪いんだ。うん、こいつが悪で、俺が正義だ。
今しがた、自分が正義だ、みたいな人が嫌いと言っていたとは思えない。セティの頭はどうなっているのだろうか?
『安心すると良い。そこで倒れている男の身柄は、こちらで引き取るからの。事情も大まかには理解しておるつもりじゃて。お主や、ティアリス嬢が罰せられることはないぞ。』
ーほう!中々分かってるじゃないか。伊達に歳を喰ってるわけじゃなさそうだな。しかし、こういう爺さんこそ怪しいな。第一、創造主たる俺を罰することはないと?上から目線にも程がある。むしろ、俺の台詞だろう。
何かにつけて、難癖をつけるセティ。本当に、どういう頭をしているのか?
ー最悪この男とグルの可能性がある。この場にいる全員に証人になって貰う必要があるな。
体勢を整え、二人に向き合う。
『…初めてお会いした貴方達を直ぐには信用出来ません。』
『『なっ!?』』と、この建物内にいる三人を除き、全員が驚愕の表情を浮かべる。それもそのはず、ギルドマスターを信用出来ない、それは即ちギルドを信用していないのと同義。下手をしたら、この地域一帯の冒険者を敵に回す可能性もある。驚きを見せない一人はセティ、そして後の二人はギルドマスターとその隣の女性である。互いに視線を交わす。そして、
『確かにのぅ。初対面の人間を無条件には信用出来ないのは当然じゃ。儂の名前は、ドニール・オブ・シンファニール。グランツヴェスト大陸冒険者ギルド、第7総支部ギルドマスターじゃ。其奴は、殺人、恐喝、暴行、違法な闇取引の嫌疑がかかっておる。ギルド内のいざこざの為、内密に処理をしようと思うておったが、こうなっては仕方ないの。まぁ、捕縛の手間が省けたというものじゃ。どれ、何か報酬でも渡そうかのぉ!』
グロックを見るセティ。
ー成る程な。このハゲゴリラも怪しいと思ってたんだ。
嘘をつけ。自分に都合の良いように解釈するセティ。
ー待てよ!?今なら、この騒ぎに乗じて、この場所からサディスト女を連れ出せる。こんな所で爆発されたら堪らんからな。皆の前で罵るという性癖を満たすなんざ、てめぇの思い通りには行かんぞティアリスさんよぉ!
何処までも妄想が止まらないセティ。本当に本当に頭の構造はどうなっているんだ?
ーん?このマスターゴリラ、ティアリス嬢って言っていたよな?サディスト小娘の名前をお偉いさんが知っているということは、やはりその悪癖はギルド内では有名なんだな。
つまりだ…!あえて、こいつを可憐な女の子扱いすることにより、この女が培ってきたイメージを壊すことが出来る!普段は責めなのに、実はそんなことなかった。ククッ!まさに、滑稽の極み!完璧じゃないか!!
もう何も言うまい。セティ、君は頭がおかしい。そして致命的なネーミングセンスのなさ。
『褒美は必要ありません。後ほどギルドには伺います。ですから今は、私とティアリスさんをこの場所から一旦退出させてください。これ以上、可憐な彼女の涙を皆さんに見られたくないですからね。お聞き願いますか?』
『ッ!セ、セティ…!』
見るとティアリスは泣いていた。涙を我慢出来なかったのだ。その涙は、目の前で大切な仲間が失われる恐怖と、自分への不甲斐なさが入り混じった涙であった。そして、そんな自分を気遣ってくれるセティの率直な言葉に恥ずかしさを覚えたのである。
『ほぅ…!』
『…!』
ギルドマスターとその隣の女冒険者は感心する。利己的な人間が多い冒険者の中で、仲間を気遣い優先的に考えることの出来るこの少年に好感を覚えたのだ。
『相分かった。但し、後ほど詳しい事情を聞くからの。そうじゃ、午後13時にギルドに来なさい。』
『かしこまりました。』
一刻も早く出たい、でないと恥をかかされると、ティアリスの手を引き帰ろうと歩き始めるセティ。
直後、
『クソがっ!てめぇだけは殺すっ!』
気を失っていたはずのグロックは立ち上がり、魔力で強化した腕を、セティに振り下ろす。
ーあっ!透刃忘れてた。
しまった、しまったと方向転換をするセティ。いきなり方向が変わったティアリスは躓き、セティに抱き寄せられる形となった。そして、グロックの渾身の一撃は空を切る。
ーくそっ!ちゃんと前見て歩けよ。
お前がいきなり方向を変えるからである。
そのままセティは透刃を床から抜こうとするも中々抜けない。
ー固ぇな、なんだよっ!このっ!
『くそったれがっ!』
グロックも床から斧を抜きセティ目掛けて振り下ろす。
『セティっ!』
悲痛の声で叫ぶティアリス。
ーったく、早く抜けば良いんだろ。ちょっと位待てないのかよせっかちたガキだな。
ここでも愚痴るセティ。そして強く踏ん張り、一気に反動をつけながら力を入れる。驚くようなスピードで床から抜ける剣。勢いが付きすぎて身体ごと反転し、剣を振りきる格好となった。
ガチャン 鈍い音が響く。
一瞬の攻防。ギルドマスターやAA冒険者すらも目を見張った。振り抜かれたのは高い攻撃力の武器。その刃は、グロックの斧と彼のプレートアーマー、そしてプレートアーマーの下につけていた鎖帷子と肌着を切り裂いた。気付いたグロックは恐怖と余りの実力の差に絶望し、尻餅をついた。他の者からは、セティが素手で切り裂いたように見えただろう。透刃はただでさえ見えずらい武器であり、その存在自体余り知られていない。
何事もなかったかのようにグロックの前を通り、一瞥するセティ。
ーこのハゲさっきからバタバタしてるな。病気か?まあ、なら仕方ない。犯罪者にも俺は気遣ってやるのさ。素晴らしい。
『大丈夫ですか?』
遥か高みからの一言。まるで相手にされていなかった。これがトドメとなり、グロックは完全に戦意を失い、ブツブツと何かを呟いている。
『待ちなさいっ!私は、アイズ・オブ・シンファニール。其の方、名は?』
ギルドマスターの隣にいた冒険者が声をかける。
ー偉そうに、しかも呼び捨てだとっ!大人を敬え!
お前が大人なら世界は崩壊するだろう。
一瞬の間を置き、
『……セティ・フォン・シュバルツダンケルハイトと申します。大変お騒がせしました。以後お見知りおきください。』
透き通った、優しく包み込むような声。その姿はまさに、一流の冒険者のそれである。誰しもが、セティに見惚れた。
ギルドを後にする二人。パタンとドアが閉まったあと喝采が沸き起こる。
セティ、鮮烈のギルドデビューである。