憧れの…①
『ゴブリン祭りじゃ〜』
先程まで、情けなくも逃げ回っていたが、夢と分かればこちらのもの。夢を夢だと認識する。これはなかなか難しい。しかしタロウは、弛まぬ努力と妄想の極みによって何度となく認識してきた。
『あっ!さっき追いかけて来た奴等だ。夢の僕、いや俺は無敵!』
ーグォゲ、ゲェッ
2匹のゴブリンが、タロウめがけて駆けてくる。速度こそは遅いが醜悪なモンスターが、奇声をあげながら自分めがけて迫ってくるのは中々に…。
『夢と分かっていても、きついな。だが、此処なら何でも出来る!僕は、いや俺は無敵!イメージだ!』
自信満々にゴブリンに向かい、左手に木の棒を構え、右の掌を掲げる。誰しもが一度は経験し、その暗黒の歴史を固く封印するであろう。しかし、タロウはその他の人が忘れ去りたい一時的なアンタッチャブルな過去を現在進行形で作り続けている。
『我が名は光の騎士、タロウ!闇を晴らし、光を導く火の精霊よ、契約の名のもとに我に力を与えん。ファイヤーボール!』
一体いつ、光の騎士となったのか、そして火の精霊とは何なのか。有頂天のタロウはそんな細かいかとは気にしない。
痛い言葉を言い終えたその瞬間、右の掌に小さな火球が出現する。
『ッ!??マジででた!!…ちょっとびっくりした!まあいい、魔法も使えるなら余裕だな!くらえ、ファイヤーボール!!』
しかし、火球は掌から飛んでいかない。
『なっ!ざけんなっ!!?選ばれし、光の勇者だぞ!』
だから、誰に何に選ばれたのか。そして、設定を忘れ光の騎士から勇者にクラスチェンジしていることには気づかない。
『クソっ!普通は呪文を唱えたらバァーンって飛んでいくんじゃないのか!?』
そうこうしているうちに、ゴブリンは目の前である。
『何で飛んでいかないんだよっ!ハードモードか?細かい設定は良いから、イージーモードで頼むよ!……あれか、イメージか!』
眼前に迫った恐怖を振り払い、タロウは、自分の掌から火が飛んで行くイメージをする。すると、小さな火の球は勢いよくゴブリンめがけ飛んでいき、前方を走っていたゴブリンの顔に着弾した。
ーォヴォ
声にならない声をあげ、ゴブリンが倒れた。
『やっぱ、イメージか!』
コツを掴んだと言わんばかりに、今度は、掌に炎が出て、ゴブリンの顔に当たる所まで想像しながら、
『火の精霊よ……以下略!ファイヤーボール!』
今度は、言い終わると同時に掌から勢いよく火球がゴブリンに命中する。二匹目も顔面に直撃し、力なく倒れる。
『たっのし~。やっぱりファンタジーなら魔法だよな!今までの夢は、こんな場面なかったもんな!憧れだよな!!』
タロウのテンションは最高潮である。
『さてと…一応確かめとくか』
タロウは、倒れたゴブリンに恐る恐る近づいてみる。持っている木の棒でゴブリンを突ついてみるが、起き上がる様子はない。それでも執拗に突つく。基本的にタロウはヘタレである。ゴブリンはうつ伏せになり倒れており、表情は分からないが、陸に上がった瀕死の魚のように、ピクピクと力なさげに動いている。
『こんな所まで、リアルに再現されてるとは。無駄なクオリティだな。てぇい!』
瀕死のゴブリンの後頭部に、容赦なく木の棒を振り下ろす。気持ち悪い液体が飛び散るも、構うことなくもう一匹にもとどめをさす。そうして、ゴブリンは完全に動かなくなった。
『ふぅ…とりあえずこれで一安心かな…にしてもこれはちょっとグロいな。』
物言わぬ屍を見て愚痴る。それは自分の原因であるが、気にしない。
『とりあえず、この木の棒を2つだな。あとは汚そうだし、やめとくか。ゴブリンのブーツとか夢でも触りたくないし…』
タロウはゴブリンが使っていた木の棒を持ち上げ、その場を立ち去ろうとした。その時、ゴブリンの体が煙をあげながら消えていった。
『うわっ!何だ!ゴブリンが消えた…何でだ…?』
目の前にあった死体がイメージしてないのに消えてなくなったことで…
『そーゆう、システムね。成る程。便利便利。』
全然疑問に思っていなかった。どうやら都合良く解釈したようだ。これはタロウの強みかもしれない。
『さて、次は…あれ?何かある…。』
ゴブリンが煙となって消えた後に、小さな石が落ちている。警戒しつつも、木の棒で、石
を突き害がないことが分かるとそれを手にとってみる。
『くすんでいて、汚いな。ゴブリンと同じ色してる。しかも、小さい。これは一体…。まさか!所謂、戦利品か!これを売ったら金になるんだな!まさに、ロールプレイングゲームだな!』
成る程、成る程と勝手に納得しながら、タロウは道を進んでゆく。