それは英雄か…
『もう、セティったら。』
待ち合わせ時間に来ない少年を思いながら一人ギルドで待つティアリス。
時間は、セティを探すために三人が別々になった所まで遡る。
ティアリスは、二人とわかれた後にギルドの中に入る。時間は8時半を少し過ぎた所。この時間は依頼を受ける冒険者も多くギルド内は慌ただしい。
『おう、おはようティアリスちゃん!』
知り合いの冒険者が明るい声をかけて来た。
『おはようございます。』
ぺこりと一礼。容姿に加え、こういった仕草も人気の要員である。
『今日は一人かい?だったら俺たちと一緒に行かないかい?今日は迷宮探査じゃなくて、採取だけだから…』
アーデルやリックが冒険者としては有名であるが、その一員としてティアリスも名が知られている。アーデル達の一員だからだけでなく、彼女自身もその役割から他の冒険者からパーティに誘われたりするが大抵アーデルにより阻止される。
『ごめんなさい。待ち合わせなんです!』
『そうか、残念だな。あんま、誘うとアーデルにボコられるからな。』
笑いながら話し、その冒険者達は外へと出て行く。手持ち無沙汰な彼女は、髪をクルクルと捻じりながら、ドア付近の黒板に記載されている依頼の内容を見ながら時間をつぶす。
ーセティ・フォン・シュバルツダンケルハイト君か
昨日知り合った少年について考える。第一印象は「怖い」であった。モンスターの武器を簡単に奪い、そして急所を突く。その一連の動作に彼の意志が介在していないような、何処か冷たさを感じた。しかし、会話をするにつれ、貴族であること、そしてその振る舞いや心構えを聞き、自分より小さいのに凄い少年だと素直に思った。
『そう言えば、年齢聞いてなかったな。会ったら聞かなきゃ。』
もしかしたら、自分が思っているよりも年齢が近いかもしれない…そんなことを思いながらセティのことを考える。たった一日、しかも、出会ったのが夕方だから本当に数時間程度ではあるが、大きな出会いだったと言えよう。
ーリックさんも、急に雰囲気が変わったし、何よりお父さんに出会った頃のギラギラした感じが戻ってきたなぁ
野心や夢を持っていないことが悪いことではない。大事なのは、「自分がどんな冒険者になりたいか」である。セティが、リックを、アーデルを、ティアリスを良い意味で感化させたことは間違いないであろう。
ーそれにしても、初めて会った人に、「一緒のパーティになりましょう」なんて恥ずかしいよね
思い出すと顔に熱を感じる。確かにパーティメンバーを探していたのは事実である。ここ、数ヶ月は加入メンバー探しに色んな冒険者に出会ってきた。中にはレベルの高い冒険者もいたが、パーティ加入への決定打とはならなかった。何より、セティに比べれば何もかもが見劣りする。それは、昨晩部屋に戻ったアーデルも言っていたことだ。
ーお父さんは、「ティアが勧誘しなければ間違いなく自分が誘っていただろう」なんて言っていたけれど、セティへのあの接し方は普通じゃなかった。何かあるんだろうけど、教えてくれなかったし…それに、セティも冒険者が夢って言ってるのにそれを否定してた。一体何があったんだろうか。
残念ながら何もかもが嘘っぱちであるが、真面目で優しいティアリスは泥沼に嵌る。
フォルファレンで内乱が起きたこと、国が滅亡したという結果は多くの人が知っている。しかし、具体的に何があったのか、どの位の人が死んだのか、具体的なことはどれだけ調べても出てこない。しかも、海底迷宮付近の諸島は許可がないと渡航が出来ないことになっている。許可自体も、AA級以上の冒険者が、大陸各地にある、本部ギルドマスター三名以上の承認を得るという、S級クラスに昇格するよりも難しい条件付きであり、実質許可を得るのは不可能とさえ言われている。
ーどうやって、大陸を横断したんだろう。
疑問は尽きないが、それでもセティを疑っている訳ではない。冒険者カードもなければ、身分証もないのもきっとそういったセティの背景によるものであろう。
ーこれから、楽しみだな。
そんなことを考えながら胸を踊らせるティアリスであった。
ガタンッ!
不意に乱雑に開かれるギルドの扉。其処には、グロックの姿があった。
良い噂を聞かず、反対に悪い噂は絶えない。実際にそういう現場に居合わせた冒険者もおり、ギルド内にいた冒険者達は目を逸らす。ティアリスも以前からしつこい程にグロックから勧誘を受け、身体を舐め回すように視線を浴びせるグロックに対し、悪い印象しか抱いていなかったため、当然ながら扉付近から少し離れようとする。しかし、
『おいおい、人の顔を見て離れようなんざ、大層な挨拶じゃねぇか!?』
ガシッとティアリスの腕を掴むグロック。その視線は相変わらず嫌悪感を覚える。
『は、離してくださいっ!』
抵抗しようにも、力が強くない彼女にとって、B級に近いグロックの腕力に抗えるはずもない。
『なんだ?今日はアーデルとリックはいねぇのか。ハハッ!遂に見限られたのか?こりゃあ、丁度良い!俺が、親切丁寧に使ってやるからよ!』
握る力を強め、ギルドより引き摺り出そうとするグロック。
『やめてください。力は弱いかもしれないけれど、私にしか出来ないことがあるんです。』
グロックに反論するティアリス。
『これは笑わせるぜ!流石はAAA級の面汚しの血を引いたガキだ!面白ぇ、冗談じゃねぇか?なあ!』
その瞬間ティアリスの何かが弾けた。
『…れ!……まれ!』
『あっ!?』
『お父さんとお母さんに謝れっ!!』
空いていた腕で杖を構えようと動くも、虚しくグロックに阻まれる。
『ギルド職員の野郎共もいねぇみたいだしな。この俺様が、たっぷり武器の使い方を身体に教えてやるよ!てめぇら、ちくったら分かってるよなぁ?俺はしぶといぜ。やられたら、万倍にして返すからよぉ』
以前グロックの不正を告発した冒険者が、再起不能になるという事件が起きた。しかも、その家族までも無残な目にあったのだ。犯人は特定されなかったものの、グロックが絡んでいることは間違いない。しかし、彼の後ろには、有力な貴族がついており、不正は厳重注意というほぼ無罪放免という結果になった。だからこそ、誰しもがグロックに関わりたくないのである。ギルド職員でさえも。
『謝れっ!』
なんとか抵抗しようとするも、グロックの力の前には為す術もない。
『所詮クズには、クズなりの結果しかつかねぇんだよ!大人しくついてこりゃあ良いんだよ!』
嘲るグロック。
ーダッダッダッ
『あっ?』
誰かがギルドの階段を駆け上がってくる。そして、
強く開かれた扉、丁度、ティアリスを掴んでいた手を強打する。
『ってぇ!』
余りの衝撃に思わず握っていた手を離してしまう。
『なんだっ!!??』
グロックは突撃した何かに目を向ける。それは入口の扉であり、そこから猛スピードで子どもが突進してくる。しかし、流石はB級に近い実力を持つ冒険者であろう、すぐ様反撃に転じ腕で相手を殴ろうとする。だがグロックの予想に反して、子どもは頭を下げ攻撃を回避する。
『バカなっ…!!?
…ゴボァ!!?』
次の瞬間に無防備なグロックの鳩尾へと攻撃が入った。呻き声をあげながら倒れ込むグロック。誰もが、一瞬の出来事に目を疑い、その鮮やかな攻撃をしたのが少年ということに驚いた。
一瞬の出来事であり、攻撃の余韻の後は顔を下げているため表情は伺い知れないが、確かにティアリスは見た。リックをラビラントシャドースライムの凶刃から救った時のように、確固たる意志を宿したセティの顔を。
その姿は幼い頃に憧れた冒険者として世界をまたにかけ活躍した英雄そのものであった。