勘違いはここから始まる⑦
一同は再び街を目指し歩き出す。同じ轍を踏まぬよう、常に警戒を怠らない三人と、おくびにも出していないが、心中やたらとテンションが高い一人。
ーヤバイっ!マジで格好良い!透刃か!名前も洒落てるな。うむ、まさに俺に相応しい武器だ!
一人盛り上がりを見せているのは、ラビラントシャドースライムの武器を手に入れたセティである。落ちたコボルトの剣を回収する際に、剣の切っ先が少しだけボヤけているような、微かにしか分からない程度の違和感に気付くセティ。目を凝らして見てみると、透明に近い剣がコボルトの剣の切っ先に触れるようにして落ちていたのである。
ーなんだこれはっ!!透明な剣とか!これも憧れの超常現象武器じゃないか!ラッキー!
平静を保ちながら剣を拾うセティ。ティアリスが驚きながら言う
『凄い…。透刃を手に入れるなんて…。ランクB+の武器だよ。』
『いや。セティさんの実力なら、それも当然だと思うよ。』
最早、完全にセティを尊敬しているリック。それで良いのか?
そして、ティアリスが驚くのも無理はない。何故なら透刃は、武器のランク以上に、入手難度が高いからだ。
ラビラントシャドースライムはある意味で特殊なモンスターである。そして、それは迷宮に関連する特殊性を持つ。迷宮の全容は、未だ解明されていないものの、幾つかの研究により類推出来ることがある。
この世界には、雨や雪、雷、突風、地震などといった自然現象を故意的に誘発させたり、セティが使ったように何もない空間から突如として火を出したり、水や氷、光を発したりすることが出来る超常的な力、つまり魔法が存在する。その魔法を行使するために魔力が必要でありこの世界の住人であれば、大なり小なり魔力を有している。
そして、同じく重要なのが魔素と呼ばれる気体である。(この世界では科学技術が発達していない為、一般的には空気で片付けられるが)酸素や二酸化炭素、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン等と同様に、魔素が世界に満ちている。魔素という気体を媒介にして、自身の魔力により魔法を行使することが出来るのである。この魔素は、場所により性質や量がかなり異なり、水気の多い場所では水系の魔法が楽に行使出来たり、逆に火系の魔法が威力を落としたり、行使がしにくかったりと影響を及ぼす。あくまでも、魔素の性質や量の変化であって、魔素そのものが変わる訳ではない。そのため、魔力を多く消費することで、水の中で、火を出すということも可能ではある。
魔素の多様な性質の影響からなのか、それらは常に引かれあったり、反発したりしている。そして、極端に魔素が濃い場所では、ある一つの魔素(例えば、火の魔素)を中心に渦を巻くようにして巨大化し、魔核という固まりが形成され、それらを覆い尽くすように魔霧と呼ばれる霧がその一帯に立ち込める。更に時間が経過すると、魔霧の密度が高くなり魔雲となり、一帯にある魔素同士が激しく反応する。それは激しいエネルギー同士のぶつかり合いであり、魔雲内にある空間を歪める程である。
そして、歪んだ空間の中で、その元となった魔素特有の独自な世界(迷宮)が作られる。迷宮は出来上がってから時間が経過すればする程、より深く広大となり、魔素より生まれたモンスターも強力となってくる。
魔核を取り巻く魔雲は大きな質量を持っており、その空間で上に上に新しい層を形成していく。しかしその反面、力はより魔核に近い方へ凝縮していくため、浅層はモンスターの危険度も下がり、深層に近付けば近付く程、より元となった魔素の影響を受ける世界へと変わり、モンスターのランクも上がっていく。極大の火の魔素を中心とした迷宮であれば深層自体が火で構成されているという場合もある。
迷宮自体はその魔核を壊されることで成長を止める。多くの研究により、迷宮の形成については凡そ類推出来るものの、目に見えて生じる形成ではないため、どの程度の時間をかけて迷宮が出来るのかは、未だ解明されてない。極端に言えば、昨日までなかった場所に、突然として迷宮が出来るということもあるからだ。しかし、そういった迷宮は殆んどが5層程度のものであり、冒険者ギルドのメンバーで編成された冒険者によって、その成長を止めることになる。迷宮のモンスターが外に出るという事例は報告されてはいないものの、万が一のことも考え成長を止めるというのが世界の共通認識となっている。
ちなみに魔核を破壊しても迷宮内部の魔素からモンスターが生成されるため、一部の例外を除きモンスターはいなくならない。
さて話を元に戻そう。ラビラントシャドースライムの特殊な点は、迷宮内の魔素から生み出されるモンスターと違い、魔核から直接生み出される。迷宮の大元である魔核から生み出されるため、深層から浅層まで広範囲に出現する。とは言っても、浅層に出現するのは本当に稀である。そして、遭遇したは良いが迷宮内部を自在に行き来する彼等を仕留め、尚且つ武器を手に入れるのは難しい。彼等はアメーバ状の体を持っているため、ラビラントシャドースライムの核を正確に捉える魔力探知のスキルが必須となってくる。そして素早い彼等の行動を察知し、透刃を形成した一瞬の隙を狙い核を壊す。一撃で仕留めなければ、武器を得ることは出来ないのである。
魔力の扱いに長けた、魔術師や魔導師が魔力探知によってラビラントシャドースライムの位置を察したとしても、そこからアタッカーに指示を出してからでは遅い。かと言って、彼等が正確に核を破壊する技があるかというとそうでないケースが多い。つまり、透刃を入手するのは、魔力探知や気配察知、素早い行動、一瞬で仕留める技を一人で有する実力者でなければ叶わないのである。
だからこそリック達はセティを賞賛する。
ー容姿や背丈から10歳そこらであろう。一体どれ程の鍛錬をし、どれ程の才能に溢れているのか。間違いなく、セティを中心にこの界隈のギルドが動いていくだろう。
壮大なすれ違いが今後何を及ぼすのか、未だ知る人はいない。