勘違いはここから始まる⑥
ーしまったっ!
リックめがけて、猛スピードで飛んでいくコボルトの剣。ティアリスは突然セティが剣を投擲したことに驚き、その驚き故にリックへの警告が遅れた。中層以降の迷宮探索者であれば、モンスターからの不意打ちは常に頭に入れておかなければならないため、警戒することが普通である。その為、本来であれば飛んでくる剣を躱すことも造作ないリックであるが、浅層であること、セティがいるという非日常、何よりも殺気の乗っていない凶器という条件が重なり、リックの感覚を鈍らせていた。唯一、アーデルが気付き、叫ぼうとするが、喉まででかかった声を咄嗟に飲み込み、驚愕の表情を浮かべる。
ー何というガキじゃ!
リックも漸く気付くが、もう遅い
ー死ぬっ!
ザクッ!セティの投げた剣は、直撃まで僅か数センチという所をすり抜け、壁に突き刺さる。
誰もが声に出ない。人の生死に繋がる大惨事になる所であった。場が静まり返り、三人がセティを見る。
ーフゥ〜。危ない危ない、人殺しになるとこだった…。だが…この状況はまずい…クッ!諦めるな!策はある!この危機的状況を回避できる、起死回生の言い訳が…!!
必死に考えるも名案は閃かない。一人チャンバラしようとしたら、誤ってすっぽ抜けてしまいました…では済まされない。
ー思いつかん…いやまてよ!大体何で創造主の俺が言い訳をする必要がある!この世界では俺がルール!その他は只の登場人物にしか過ぎん!
つまり、リックが全て悪い!!
逆ギレの境地とはこのことであろう。お前が悪いのに、全てやつが悪いと言わんばかりに、眼光鋭くリックを睨みつけ、開き直るセティ。その表情たるや、可愛いらしい子どもとは思えない程に険しい。セティの突拍子もない行動、その凄まじい表情に驚くリックとティアリス。無言で剣が突き刺さった壁を見つめるアーデル。
ーガシャン、カラン、カラン、
数秒経過したであろうか、静寂が支配していた空間に、響き渡る音。どうやら、壁に突き刺さった剣が落ちたようだ。リックはそれを合図に我に返り、
『ふざけるっ『馬鹿もん!!やめんか!!!』…なっ!?アーデルさん!!?』
怒声を浴びせようとしたリックだが、それ以上に強い怒気を含んだアーデルの一喝を浴び混乱する。ティアリスも訳がわからず『えっ?えっ?』と三人をしきりに見る。
『リック。剣が突き刺さっていた壁を見てみよ!』
先程の荒げた声とは打って変わり優しく諭すようにリックに話しかける。
『壁…?』
訳がわからないままも、素直に従うあたり、相当にアーデルを信頼しているのであろう。自分の命を脅かした剣を一瞥して、言われた場所を見る。そしてリックの表情が青ざめる。
『嘘だろっ!?ラ…ラビラントシャドースライム…!?』
信じられないと言った表情で壁を見つめるリック。その言葉を聞き、ティアリスも慌てて駆け寄る。
『っ!ほんとだ…。何でこの迷宮に…』
剣が突き刺さっていた壁を注意深く見ると、壁から透明な液体が溢れ出ており、その液体は間も無くして大きく、透明度の高い光沢のある石へと姿を変えた。ちなみにセティは睨みつけるのに必死でアーデル達の言葉を聞いていない。
ラビラントシャドースライム
スライムという名称ではあるがその危険度はノーマルスライムのGランクとは比べものにならず、B-ランクと非常に高い。本来であれば第50以降の深層に出て来るようなモンスターであり、間違っても第5層にいるような敵ではない。迷宮の暗殺者と呼ばれる彼等の特徴は、液体状の身体で迷宮の壁の海を自由自在に動き回り、油断している冒険者、モンスターと戦闘中の冒険者の隙を見計らい、背後から(透刃ークラールハイトスパーダ)と呼ばれる自分の身体を魔力で刃状に押し固めた武器で狙う。透刃生成時に力の全てを武器へ凝縮するので、ラビラントシャドースライム自体の防御力は0となる。そのため、急所である核を壊すことが出来れば討伐は容易である。しかし、その核の所在は敵の魔力を探知し、素早く正確に穿たなければならないため、気配察知や魔力探知のスキルが成熟していなければ難しい。透刃は殺傷力が高く、それ自体透明度が高く、薄暗い迷宮の中では非常に見えずらい。中層から深層へと歩みを進める新鋭のパーティが事前情報を知ることなく挑み、知らぬ間に全滅というケースもある程である。そして何よりも恐ろしいことが、ある条件が揃っていれば、稀にではあるが浅層や中層にも出現する。深層のモンスターが浅層に出現するだけも恐ろしいが、その敵が単純に向かってくるパワータイプでなく、虎視眈眈と命を狙うタイプであれば、低レベルの冒険者が抗う術はない。
『これで分かったじゃろう、お主は、いや儂やティアすらも、セティに命を救われたのじゃ。』
愕然とするリック。油断をしていた。それは自分の落度であり、責任であるがこんなことが起きるとは予想だにしていなかった。ティアリスも同様である。いち早く、敵の存在に気付いたアーデルは流石であるものの、何処かに慢心があったのか。それを、娘よりも小さい少年に気付かされたことを猛省する。
そして、三人は再びセティに目を向ける。
ーそれでも冒険者か。
そう言わんばかりにこちらを見つめるセティ。その目は冒険者としての実力を非難すると同時に、その資質をも問うかのような眼差しである。命を(結果的には)救われたと思っているリックは勿論、熟練したアーデルでさえ、セティの底知れぬ実力と雰囲気に圧倒されるのであった。
ー今まで何をしていたんだ。冒険者は始まりであってゴールじゃない。良い師に仰ぎ、順当に日々を過ごしてた…それは間違いじゃない。でも違うだろ!!お前の目標は未だ世界に数十名しかいないSランク冒険者の一人となり、その頂点に立つことだろう!こんなことでどうするんだ!あの時誓ったことはそんなに軽くはないだろう!目を醒ませリック•グロリア•アステール!
頭の中で明確な答えが出たリックは、
『申し訳ありませんでした!甘えていた自分が嫌になりそうです。貴方のお陰で(愚かだった自分に)気付くことができました。本当にありがとうございました!セティ•フォン•シュバルツダンケルハイト様!』
最早年下の冒険者ではなく、一人の尊敬する冒険者として敬意を払うリック。憑き物がとれたかのような透き通る、大きな声であり、いつものリックを知る二人は大いに驚いた。
ー分かればよし!しかし、睨みつけたのに、気付いたとか、ありがとうとか、急に敬語になるとか、もしかしてこいつ…きっも〜!
台無しである。大いに反省しなければならないのは、セティ正にお前だろう。