表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/37

初めての…

ーヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!ヤバイっ!

早く!もっと!ヤバイっ!はやくっ!

暗く湿った石畳を一人の少年が走る。

その必死の形相はこれから訪れるであろう痛みを、死を、何が何でも回避してやるという鬼気迫る表情であった。しかし、少年の思いとは裏腹に、脚が鉛のように重たい。走ろうと思うのに、うまく走れない。


『なんでっ!脚が重い…!ヤバイっ!死にたくないっ!!いやだっ!イヤだっ!』


それは心の底からの願い。死にたくない。ただその言葉だけが、少年の頭の中を何十回も繰り返し流れていた。


『息は続くのにっ!疲れてもないっ!

何で脚が動かないんだよぉ…。』


少年の涙混じりの声が通路に力なさげに響いた。それでも、少しでも前に進もうと、自分の手で脚を持ち上げながら歩みを止めない。絶対に諦めない。生への執着ぶりは異常な程である。しかし、無理な体勢からか遂に、倒れこんでしまう。


『クソっ!クソッ!動けよ、脚が!このままだと、あの化物共に殺されるっ!頼むよっ!動いてくれよ』


そんな切実な思いも虚しく、走るどころか立つことすらままならない。しかし、このままだと確実に死ぬ。こうなったら、這ってでも逃げるしかない。少年は、石畳と石畳の僅かな隙間を掴み、匍匐前進をはじめた。走るスピードには到底及ばないが、驚くべきことに、確実に早歩き程度の速度は出ている。


ーよしっ!これなー


ーォォグゥー


これならいける、そう思った矢先、少年を恐怖の波に落とし込んだ異形なる生物が前方より現れる。


ーグォァ、ゲェッゲエッ!


異形なる生物は身長こそ1mやそこらであるが、見るものを不快にさせる程の醜悪な容姿と、薄黒くくすんだ緑色の肌、そして泥水のように濁った目でこちらの様子を伺っていた。


『なんでっ!いつの間に!』


つい先程まで活路を見出していた場所に、自分が逃げて来た化物がいたことは、少年の精神に多大なる衝撃を与えた


ーなんでっ!先回りする道なんてなかった。まさかっ…さっきとは別の奴か…!

考えたくないが、此処にはこんな化物がまだいる!?


ーグェッ、ゲェゲェ


少年の予想は最悪の形で実現した。ついさっき必死に逃げてきた化物の声が後方から聞こえる。薄暗い場所のため、姿までは確認出来ないが、それ程距離は離れていないはずである。前方には異形の化物が、後方にも同じ化物が。


ー何とか、突破をしないと。でも、脚が動かない。走ることが出来ればまだしも、這ってじゃ絶対に逃げ切れない。クソッ!クソッ!死んでたまるか!


少年の考えがまとまらない内に、前方の化物が、気持ち悪い声をあげながら近づいてくる。その手には、先端が丸く膨らんだ木製の棒がある。


『くそっ!なんで脚が!高校ん時にあれだけ陸上部で猛練習したのに、疲れてもないのに、なんで…ん…!陸上…!?』


少年は気付く。おかしい…。あんな化物がいたなら、それこそ大ニュースになっても不思議でない 。未確認生物や超常現象などオカルト好きな自分が知らないなんて…!いや、そもそも、なんだここは!こんな暗くて、湿った場所なんて綺麗好きな僕が、来るはずがな

い!万が一、億が一来たとしても、重装備ー登山用服、踏み抜き防止用の長靴、軍手、懐中電灯、ウェットティシュとかマスクーで来る筈!それが何だ!今の僕の服装は!半袖、半パン、スニーカーじゃないか。小学生じゃあるまいし!


必死で思考を張り巡らす中も、危機は迫っている、異形なる化物は、少しずつ近づいてくる。そして、化物が眼前に迫る距離の所で


『キタァーー!ついにきたぁー!』


突然大きな声で叫びだした!異形なる化物もいきなり大声量で目の前の少年が叫び出したものだから、身を硬直させ自分の武器を、少年の前に落としてしまった。


『ついに来た!異世界ものの夢は初めてだ!念願の異世界か!一時はどうなるかと思ったけど。良くよく考えれば、分かることだった!昨日も仕事から帰って、お風呂に入ってご飯たべて寝たしな!』


言っていることは、何とも悲しいが、この喜びようは尋常ではない。


『おっと!あんまり興奮すると、醒めちゃうからな!ということで…』


少年は、化物が落とした木の棒を両手に持ち、力いっぱいに、相手の横っ腹を薙ぎ払った。


ーグェッ!


吹き飛ばされた化物は、通路の壁に頭を打ち付け、その動きを止めた。


『やっぱり!夢だと分かると、脚も自由に動くようになった!』


先程までは、鉛のように重かった脚も、今では楽に動かせる。


『にしても…』


少年は、先程まて自分が慄いていた化物をみて、


『これって、多分ゴブリン?だよなぁ。夢でどうでもいいモンスターをここまで再現出来るとは。自分の才能が恐ろしい……いやだめだ!あんまり深く考えたらいけない。とりあえず、明日は休日だし、醒めるまで思う存分この世界を楽しんでやるぜ!だとしたら先ずは!』


少年は打って変わったように、喜々とした表情で、自分が逃げて来た道とは逆のほうに駆け出した。


『行くぞっ!ゴブリン祭りだっ!』


これは、ひょんなことから、異世界に迷い混んだ男(少年)の勘違い、現実逃走物語である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ