第七話 開戦前 その7
「参謀長、私は『航空攻撃の脅威』を軽視はしていない。先の欧州大戦で、ドイツから賠償として手に入れた戦艦を陸軍航空隊による実験で、航空攻撃により撃沈しているからな」
キンメル大将の言葉に、参謀長は少し驚いた。
「キンメル大将、ですが、あれは……」
「そうだ。『実験』に過ぎない。実験に使われた戦艦は無人だった。海上に停止したままで、回避運動はできないし、対空砲や対空機銃を撃つこともできなかった。『実戦』ではありえないことだよ」
「なら、やはり、キンメル大将も、航空機による戦艦の撃沈は……」
「そう、不可能だよ。『実戦』なら、戦艦は、敵による航空攻撃を避けるために、激しく回避運動するし、敵機を撃墜するために対空攻撃をする。もし、攻撃を受けて、損傷したとしても、乗組員が応急修理をするからな」
「我々、大艦巨砲主義者の意見は『航空攻撃で撃沈できるのは巡洋艦まで、戦艦は不可能』ですが……」
キンメル大将は楽しそうに笑いながら言った。
「もちろん、私も同意見だよ。それに、ハワイの航空近衛隊には、爆撃機や雷撃機は無い。対潜水艦攻撃用の小型爆弾があるだけだ。駆逐艦さえも撃沈は不可能だろ」
参謀長は艦橋の窓から外を見た。
そこには戦艦部隊と併走して空母部隊が航行しているのが見えた。
米空母は4隻、レキシントン級2隻とヨークタウン級2隻であった。
「だから、キンメル大将、我が空母部隊はハワイでの制空権確保と、対地攻撃、それに海兵隊の輸送に専念させることにしたのですね?」
「そうだ。空母艦載機は予算不足で空母2隻分しか用意できなかったからな。空母の空いたスペースには、ハワイ上陸部隊の海兵隊を運んでもらっている。『カメハメハ』に対抗するには、戦艦5隻で充分だ。艦載機には、戦艦主砲でも届かない内陸部の爆撃を担当してもらう」
このキンメル大将自ら提案した作戦が、21世紀現在における彼の評価を複雑なものにしている。
空母を単なる艦隊決戦用兵器ではなく、現代の強襲揚陸艦・多用途艦のように使ったことで、「艦隊決戦だけでなく、水陸両用作戦に通じる先見性があった」と評価されることもある。
しかし、キンメル大将は「航空機による戦艦の撃沈は」不可能と公言していたことから、「典型的な大艦巨砲主義者に過ぎない。ハワイ作戦における空母の使用方法は、キンメル大将にとっては一度きりの奇策に過ぎず。先見性があったわけではない」と評価もされている。
しかし、当時のキンメル大将にとっては未来における自分に対する評価など知るはずもなかった。
キンメル大将は命じた。
「よし、予定通り、戦艦部隊と空母部隊を分離させるぞ」
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