第五話 開戦前 その5
「参謀長、だが、我が合衆国が18インチ砲戦艦の建造を中止したのは正しい判断だと私は思うぞ」
「そうでしたね。キンメル大将は16インチ派でしたね」
日本海軍が18インチ砲戦艦「ヤマト」を建造しているとの情報を入手した時、米海軍はパニックに襲われた。
なぜなら、戦艦は自らが装備する主砲の威力に耐えられるよう装甲されているのが常識である。
18インチ砲弾の威力に耐えられる「ヤマト」に対して、米海軍は最大で16インチ戦艦しか保有していない。
16インチ砲弾では、「ヤマト」の装甲を貫けない。
米国の政治家・軍人・市民たちの間で「我が合衆国も18インチ砲戦艦を建造しよう!」という声が上がるのは当然であった。
しかし、米海軍軍人の中では「我が合衆国は18インチ砲戦艦を建造すべきでない。16センチ砲戦艦の大量建造で『ヤマト』に対抗すべきである」という主張も出た。
そのため、一時期、米海軍は、16インチ派と18インチ派の二つの派閥が争うことになった。
16インチ派の主張は、こうであった。
18インチ砲戦艦は、パナマ運河を通行可能な全幅33メートルを超えてしまう。
パナマ運河が使用不能だと、太平洋と大西洋を移動するのに南米大陸南端を回らなければならず、兵力移動がスムーズに行かなくなる。
将来の太平洋での日本との戦争だけに備える訳には行かない。
大西洋でも、ドイツ・イタリア枢軸同盟が欧州で勢力を拡大しており、いずれ、大西洋で米国と衝突する可能性もあった。
ドイツ・イタリアの戦艦には、16インチ砲戦艦で対抗可能であり、18インチ砲戦艦では過剰になる。
そして、日本の国力、造船能力、情報部が収集した情報などを分析した結果、ヤマト型戦艦は3隻までしか建造予定がないことが判明した。
日本がヤマト型戦艦を3隻建造する同じ期間で、米国ならば16インチ砲戦艦を10隻建造可能である。
「ヤマト型戦艦の装甲が16インチ砲弾を弾き返すとしても、戦艦を全体をまんべんなく装甲することは不可能だ。どうしても無防御な部分はできてしまう。それにヤマトの装甲でも多数の16インチ砲弾を命中させれば破壊は可能だろう。10対3の数の差で押し切るのが最も合理的だよ」
「キンメル大将たち16インチ派の主張が認められて、16インチ砲戦艦の多数建造が我が米海軍の方針になったのでしたね」
「何だ?参謀長、確か、君は18インチ派だったな?今でも不満かね」
キンメル大将の少し皮肉を込めた質問に、参謀長は苦笑した。
「18インチでも16インチでも、戦艦は戦艦ですから。ウチの派閥の連中でも戦艦艦長のポストが増えたので喜んでいる者は多いです。18インチ砲戦艦では隻数は少なくなっていたでしょうから。むしろ、一番不満なのは空母派の連中なのでは?」
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