第一話 開戦前 その1
太平洋を舞台にして、日本帝国とアメリカ合衆国の間で起きた戦争については、これまで、何度も、映画、小説、漫画などで題材にされている。
もはや、やり尽くされた感があるが、筆者は新しい切り口で小説を書くことに挑戦したいと思う。
開戦劈頭に、日米両軍の海軍部隊を率いた二人の提督、山本五十六とハズバンド・E・キンメルに視点を集中して書きたい。
そのため、小説に登場する他の人物については、敢えて名前を書かない。
「艦長」や「参謀」とだけ書くことにする。
さて、時は、さかのぼり、日米開戦の数日前へ……。
太平洋を大小二隻の軍艦からなる艦隊が航行していた。
小さい方の軍艦は、日本帝国海軍の駆逐艦「雪風」であった。
「雪風」の艦橋には、海軍大将が一人いた。
その人物こそが、山本五十六であった。
山本大将は、「雪風」の艦橋から、後ろを航行する大きい方の軍艦を眺めていた。
「こうして見ていると、あの戦艦は実に頼もしいな。まさに『浮かべる城』という言葉にふさわしい」
「えっ!?」
山本大将の独り言を聞いた『雪風』の艦長は、思わず驚いた声を出してしまった。
「ん?どうしたのかね?艦長?」
「し、失礼いたしました。その……、山本大将から、我が海軍の新鋭戦艦を誉めるような言葉を聞くとは思わなかったので……」
山本は苦笑した。
「まあ、確かに、私は、あの戦艦の建造に反対していた。あの巨大戦艦一隻建造するための予算で、どれだけの数の陸上攻撃機が生産できることか。今、向かっている場所には、本来ならば、戦艦では無く、陸上攻撃機を配備するべきなのだ。航空魚雷を積んだ陸攻の群れが、敵艦を襲えば、どんな戦艦でも撃沈できる」
(山本大将の持論の『航空主兵主義』か)
雪風艦長は思った。
航空主兵主義とは、長年に渡り海軍の主力である戦艦に変わって、航空機を海軍の主力にすべきという新しい戦術思想である。
従来の戦艦を主力とすべきとする大艦巨砲主義とは、対極にある戦術思想である。
「航空主兵主義者である私が、最新鋭の戦艦を誉めるのは意外かね?確かに、私は航空機に注目しているが、海軍軍人であり、船乗りだ。美しい船には心引かれるさ」
そう言って、山本大将は日本刀の名刀を見るような視線を戦艦に向けた。
「山本大将、そんなに気に入られているのならば、本艦ではなく、あの戦艦に乗れば良かったのでは?」
「あの戦艦に乗ってしまえば、あの戦艦が航行している美しい姿を眺めることができないじゃないか。それに、あの戦艦は、向こうに、もう引き渡してあるんだ。他国の提督がいては邪魔だろう?」
雪風艦長は、戦艦に目を向けると、複雑な表情になって言った。
「我が日本帝国海軍の戦艦『大和』となるはずだった戦艦が、ハワイ王国海上近衛隊の超大型警備船『カメハメハ』になるとは……、しかし、海上近衛隊や超大型警備船という言葉は、何とかならないものですかね?素直に、海軍、戦艦、と言えばいいものを」
「仕方ないさ。ハワイ王国は憲法の制約で軍隊が持てないことになっているんだ。ところで、到着の時間は予定通りかね?」
「はい、予定通りの日には、ハワイ王国オアフ島真珠湾に到着できると思われます」
同じ頃、アメリカ合衆国海軍大将ハズバンド・E・キンメルもハワイ王国に向かう洋上にあった。
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