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2.助けられたのは朝霧

 今の時間帯は下校する生徒とグラウンドに出る運動部の生徒が多い。そのため俺は流れに逆らうようにして階段の左端を上っていく。

今日は珍しく4階の階段を使っていた。理由は特に無い。

東側を使った時とは違い、雑務部の部室は上がってすぐの場所だ。クラスによってはこちらからの方が教室に近いので、東側の階段を使いたがらない理数科の気持ちがわかるような気もする。

他の教室とは違い、室内が見えないようになっている雑務部の部室。元は倉庫だったらしいこの部屋は、知る人のみが知る不思議な雰囲気を漂わせていた。静かに目立っているとでも表現するべきだろうか?

無心で引き戸を開けると女子生徒が一人、右のパイプ椅子に座っている。

 床に届きそうなほど長い黒髪に整った横顔。彼女は理数科の久遠 葵、ここ雑務部の部長だ。今日もやはり机の上のなにかとにらめっこをしている。

「……西ヶ谷、だったかしら」

「呼び捨てかよ」

 女子が男子を呼ぶのだから、せめて「西ヶ谷くん」くらいにしておいてくれよ。

 この場所に来るのは今日で4度目だ。4度目にして躊躇いなくというか、抵抗感なく入ることができた。

 つい一昨日までは久遠に「帰って」と言われていたからだ。上手く気持ちを伝えられないみたいだが、あれは久遠なりの伝え方だったのだろう。

 いじめをした者に制裁を与える。これが雑務部の骨子なのだ。それゆえ雑務部自身が恨みを買うことになり部員へと矛先が向けられることになる。

 その結果、俺の兄は命を絶った。最後の最後に自分の手で。

 久遠はそのすべてを見ていた。そして同じようなことを繰り返したく無いとも思った。だから何も知らない俺が雑務部へ足を踏み入れようとした時、何とかして伝えようとしたのだ。

 ここは危ない。自分自身がいじめられるリスクを負うことになると。

 それでも俺は入ってきた。兄のような命が絡むいじめが二度と起こらないように。人の命を嘲笑った者に対し怒りの鉄槌を下すために。

「西ヶ谷、先生に入部届は出してきたの?」

 どうも呼び方を変えるつもりは無いらしい。まあ妙なあだ名をつけられるよりいいけどね。

「さっき出してきた。特に何も言われなかったよ」

 雑務部の顧問は佐々ささきという物理の先生で、丸いメガネを掛け優しそうな印象だった。とてもいじめに対応していく雑務部の顧問には見えなかったのだが、秘儀でも隠しているのだろうか。トンファーの使い手とか。

 右手に下げている黒色の通学用鞄から部活シートを取り出し久遠へと渡す。所属する部活が決まると部活シートは部長が管理することになっているのだ。

 久遠は目線を上げ左手で部活シートを受け取った。

「まあいいわ。入れると言ったのは私だし」

 椅子を下げてから立ち上がり、後ろに並んでいるねずみ色の戸棚を開ける。迷わず黄色の薄いファイルを取り出すと、クリアポケットに俺の部活シートを入れた。

 チラリと見えた中身、シートは2枚しか無い。

 つまりこの雑務部に部員は2人しかいないということだ。部長の久遠に新人の俺。久遠が拒み続けてきたのか、そもそも入部希望者がいないのか……

 久遠はファイルを元の場所へと戻し、ふたたびパイプ椅子に座った。机の上に出した両手で作業を再開する。

 今日は何をしているのかと覗いてみれば、机の上には将棋盤が置かれていた。久遠は右手に香車を挟み置き場所を探っている。

 一人7並べの次は一人将棋ですか。いよいよ単独でやるゲームでは無くなってきている。せめてはさみ将棋にすればいいのに。

 決して広くない部室。沈黙の合間を縫って思い出したかのようにパチン、パチンという駒を置く音が続いた。

「西ヶ谷は――将棋わかる?」

 意図は訊かなくてもわかる。「ヒマだから私の相手をしなさい」という暗黙のメッセージだろう。

 将棋を最後にやったのはいつだったかな。囲碁部にいたときに「俺は将棋の方が上手いから」と言っていたやつを、完膚なきまでに叩きのめしてやったのが記憶にあるラストゲームだ。

 まあ俺が上手かったというよりも相手が下手だったというのが正しいのだが。角道上に丸腰の飛車があったら取りますよ。

 久遠に対面する格好でパイプ椅子に座った。嬉しそうな表情は見せず、俺が座ると同時に駒を並べ直していく久遠。手つきから駒の扱いには慣れているようだ。

 色がくすみ、使い込まれているのがよくわかる駒を順番に並べていく。香車、桂馬、銀将、金将……

「俺が玉でいいか?」

 俺の方に視線を合わせて頷く久遠。

 盤の真ん中あたりから玉将を取り自陣の真ん中に配置する。歩を並べれば準備完了だ。

「じゃあ――俺の先手で」

 角道の歩を前に出した。

 対して久遠は飛車の前にある歩を出す。最初はお互い無難とも言える手で立ち上がった。

 続いて俺は角を前に出す。久遠も自らの角道を開ける。序盤のお約束である角の睨み合いだ。

「あなたのお兄さんとも、こうやって将棋を指したわ」

 銀将を上げた俺に対し、金将で角を補佐しながら久遠が言った。

「強かったのか?」

「なかなかね。勝率で言えば五分五分だったかしら」

 飛車の前にある歩を前進させていく久遠。

 兄が将棋をやっているなんて初めて知った。家ではテレビゲームばかりやっていたし、中学校での部活も室内系の運動部だった気がする。

 そんな兄が真面目な顔をして将棋を指していたのかと思うと、なんだか笑えてきてしまう。

 久遠が俺の角を取りにきた。成ったばかりの角を上げておいた銀将でつかまえる。

「いくつか……訊いてもいいか?」

「どうぞ」

 自陣の防衛を固めながら久遠は返事を返した。

「顧問があの先生なのは理由があるのか?」

 優しそうな物理の先生は、どう見てもいじめ対策の最前線に立てるとは言いがたいような人だった。下手すれば教師同士でのいじめに遭ってそうだ。

 そんな人物をわざわざ顧問にしているということは――やはりトンファーの達人なのか。

「どこの顧問でも無いからよ」

 両脇の歩を前進させながら、久遠が答える。

 なにその謎掛けみたいな回答は。この学校に部活顧問を兼務している先生などいないから当たり前のことだろう?

 回答に対する俺の不満を察したのか、久遠が謎掛けの答えを出した。

「他の部活から顧問を引き抜いてくるような余裕が無いからよ。いじめ対策の切り札とはいっても、指導力のある教師はみんな運動部にいるわけだし」

 所詮はただの文化部ってことか。まあ先生によっては無名の部活顧問を嫌がる人もいるだろう。

 角がなくなったので攻めに銀将を上げる。飛車はマークされるから使いにくいし、そもそも道を開けきれていない。

「さっき部活シートが見えたのだが、ここの部員はやっぱり……」

「お察しの通りよ。私とあなたしかいないわ」

 ですよね。

「普段は何をしているんだ?」

 金将を上げながら訊く。久遠が何をしているのかという質問ではなく、雑務部として何をしているのかということだ。

「名前の通り先生の手伝い、雑務よ」

 飛車を横に滑らせる久遠。

 それじゃあ初めて部室に来た時見た、シャベルや台車は使われているということか。

 高枝ばさみも使っているのかな? でもそれを使うような高い木は記憶にございません。すべて低い木だったと思います。

 少し迷ってから真ん中の歩を前へと出す。

「いじめの相談はくるのか?」

 久遠は手持ちの角を右手に取った。

「本人が来るのは稀な方ね。ほとんどは私が見つけるか……先生が報告してくるわ」

 わずかな隙を狙い、俺の懐へと角を突っ込ませてくる。自陣で待機している飛車の左下に潜り込まれた格好だ。

 いじめは久遠自らが見つけてくるのか。この前の1年生カツアゲ現場も久遠の感覚で見つけ出したってこと?

 もしそうならば凄いことだ。いじめを見つけるレーダーでもついているのかと疑ってしまうレベル。

「それじゃあ生徒による監視網が成立していないじゃないか」

 仕方なく飛車を退避させながら、システムが機能していないのではと切りこむ。

 久遠は予定通りという風に角を自陣へと戻した。成った角が裏面を見せている。

「この部活の存在があまりにも希薄だからよ。でも宣伝するわけにはいかないし、構想段階では想定できなかった欠点の一部と言えるかもしれないわね」

 教師側からすれば、多少の温度差はあっても「生徒はみんな仲良し」と思っているのだろう。班分けやグループ分けのとき余った人同士をくっつけるのは、生徒同士の関係を細かく把握していないがゆえだと言える。

 当然そんなことは無い。あからさまに近づかないとかならまだしも、普段は仲良くしていて少し離れたその瞬間「あいつウザいよね」とか陰口叩いているパターンはけっこう多いのだ。

 教師だって常時生徒たちの様子を見ているわけではいから、こういった細かい関係性がわからないのは仕方無い。生徒だって教師同士の関係を知っているわけでは無い。

 結局のところ、雑務部の生徒といじめを発見した生徒に交友関係が無いと報告はされないのだ。

「いたずらに人数を増やすこともできないだろうしな」

 逆恨みのリスクに晒される人物は極力抑えるべきである。

 遊び駒となっている歩を上げ仮の防衛線を築き上げていく。久遠も歩を上げ、左側は歩の取り合いとなっていた。

「いじめを見つけたら、どう対処しているのだ?」

 よもや前回の俺みたいに思いきり殴るわけにもいかないだろう。おっと、あれは「俺みたいな人間」のやったことだったな。

 そういえば倒された、いや倒れた一年生たちはどうなったのだろう。今更ながらやりすぎた罪悪感に苛まれる。

「できるだけ短い時間で状況を把握したあと、目立たない場所で襲いかかるわ」

「襲いかかる? ナイフを使って刺しに行くのか?」

 唐突に出てきた「襲いかかる」という言葉に反応してしまう。

 上げた銀将を桂馬で取られた。すかさず待機させておいた自分の桂馬で相手の桂馬を潰しにいく。

「相手にもよるけどナイフは使わないわね。私は私で自己流のやり方があるのよ」

 百戦錬磨の騎士みたいなセリフを言われたが、久遠は雑務部に一年間在籍し部長を務めている経験者だ。妙に説得力がある。

 自己流のやり方というのは気になるな。この軽蔑するような目から考えると……ムチ使い?

 何を言っているのという風に銀将を強く打たれる。

「でも早すぎないか? まだじゃれ合いの範囲かもしれないし、様子見の期間とか設けた方が……」

 攻め込んできた銀将を嫌々玉将で取りながら遠慮気味に言ってみる。

「見つけた頃にはすでにお手上げになっている場合が多いのよ。初犯なら誓約書、以降は通報ね」

 見つけたときにはお手上げって末期がんの話? しかも以降って……通報されたら3回目は無いだろ。

 ただ間違っていない。いじめの初期は本人もわからないほど些細なことなのだ。遊びに呼ばれなくて「今日は忙しかったんだ」とか、物がなくなり「見えないところに落としちゃったのか」とか自分のミスとして処理してしまう。

 それが周囲の目や本人にも明らかないじめとして認識されるということは、いじめのステージも深くまで進んでいるということに他ならない。

 特にいじめが明確な犯罪として認知され、見つかれば裁かれる現在ではなおさらのことである。

 訊きたいことも何となく片付き、お互い黙ったまま駒のやりとりが続いた。

 久遠は手持ちの桂馬で右側を攻め、左側では飛車の道を確保していく。対する俺は防戦一方。前線に配置した金将銀将を取られまいと、必死に歩を展開させていく。

 突撃してきた歩に銀将を使って対応したところで、久遠が成った角を玉将すぐ脇へと捻じ込んできた。

 しまった! 角の存在を忘れていた。玉将周囲に防衛用の駒は――無い。

 とっさの判断で玉将自ら角を取る。それを待っていたかのように突っ込んでくる飛車。金将と銀将の失った左側は、防衛線としての機能を完全に失っていた。

「あなたはあなたで期待しているわ」

 急に前向きなことを言われ、俺の目線が跳ね上がった。

「いじめの現場っていうのは自らにもダメージが及ぶ危険を孕んでいるのよ」

 成った飛車は、王手飛車取りという完璧な場所を確保していた。逃げるしか無い俺の玉将、飛車を取りつつも射程圏に収め続ける久遠の成り飛車。

「誰でも踏みこんでいける場所じゃない。でもあなたは躊躇うことなく現場へと踏みこんで行った」

 久遠の視線が俺を捉えた。

 俺では無い。あれは俺という人間がやったことだ。人を殴り飛ばしたことによる責任をそいつが背負うことになるならば、いじめから解放された男子生徒からの感謝をもらうのもそいつ、俺という人間なのだ。俺自身では無い。

 だから俺はそんな期待できるような人間では無いのだ。

「それに――あの時のあなたは、」

 逃げ込んだ玉将の前に、手持ちの金将を華麗に打ち込んできた。

「何かが違ったわね」

 やはり悟られていたのか。

まあ見つかった瞬間にあたふたしているような人物が、いきなり立ち上がって突撃し1年生を殴り飛ばすような変わり様だ。気づかない方がどうかしているだろう。

 あの変わり様が何なのか、今の俺にもわからない。一応は頭に血が上ったのだと解釈しているが、どこか納得できない自分がいる。

 二重人格とでも言うべきなのか。身体と心のつながりが見事なまでに遮断された瞬間だったのだ。

 将棋盤には逃げ場の無くなった玉将が桂馬の隣へと申し訳なさそうに並んでいた。


 土日を挟んで月曜日になった。

 校内では部活動の募集が終わり、各部活が新入部員を集めてミーティングなんかをやっていることだろう。俺のクラスでも何人かがミーティング日程の話をしているのが聞こえてくる。

 もちろん雑務部にミーティングなど無い。

 活動日とか解散する時間とか訊きたいことはけっこう出てくる。しかし部室へと入り「……西ヶ谷ね」とお決まりのあいさつをされる度に訊けないオーラを感じ取るのだ。

 怖いわけでは無いけどさ、なんだか訊いちゃいけない気がしてね。

 チャイムが鳴り響いた。4時限目の終了、昼休み始まりの合図だ。机の上で睡眠学習をしている者たちも顔を上げ始め、うーんと大きく伸びをしている。

『気をつけ! 礼!』

『ありがとうございました』

 ちなみに昼休みの開始とは勝負の開始を意味する言葉でもある。

 購買に置いてある弁当は多い、安い、うまいの三拍子が揃った名品である。成長盛りの高校生を満たすだけの量を確保しつつ値段はワンコイン以下、味付けもほどよく濃いと聞けば会社務めのお父さんたちにとって垂涎ものだろう。

 当然売れる。しかし数は限られている。つまりあっという間に売り切れてしまうのだ。需要と供給のバランスがまったくと言っていいほど成り立っていない。

 もう一つ、食堂のメニューがある。量は弁当に劣るものの、学食の特権である低価格とやはり濃い目の味付けによって弁当との激闘を繰り広げている。

 こちらは弁当と違い売り切れないのが強みだ。しかし作り置きではないので調理に時間が掛かるし学食のスペースも限られている。

 おかげで3階食堂前には毎日のように行列が形成される。階数の違う1年生や3年生の中には、昼休みだというのにダッシュを仕掛ける者も少なくない。

 そういうわけで、大切な昼飯を確保すべく生徒同士の熱い戦いが始まるのである。

 退室する先生よりも早く廊下へと出ていく男子数人。それを横目に俺は弁当を開く。やっぱり弁当持参が一番平和だ。無益な戦いはすべきで無い。

 平和と言えば、昼休みの教室も実に平和的だ。うるさい不良みたいな連中は食堂に消えていくし残った者は静かに談笑をする。

 昨日発売の新刊買った? マジ!? 見せてくれよ! 続きが気になって夜も眠れなかったんだ。

 夜は眠れないけど授業中は眠れるのですね。そしてやっぱりうるさい。

 こんな感じでクラスメートの会話に突っ込んでいるうちに弁当を食べ終えた。

 弁当を鞄の中へと仕舞いこみ、入れ替えるように携帯ゲームを取り出す。いつもと変わらない昼休みの日課みたいなものだ。

 ちなみに俺は任○堂ではなくS○NY派。今日の仕事は列車の爆破とドリルの相手かな、なんちゃって。

 音の重要性が無いソフトなので、俺はイヤホンをつけることなくミュートのままゲームを進めていく。

「ちくしょ……ここでやられるのか」

 何気無いステージで行き詰まり、リトライの選択肢へとカーソルを合わせたときだった。

『できないって何それ? 意味わかんないんだけど』

 不満そうな女子の声。直後にバーンという派手な音が聞こえた。

 さすがに無視できず、何事かと教室の後ろへと振り返ってみる。

「あのね、そ……それはちょっと……」

「ちょっとって何ちょっとって? 他人にはやらせといて自分は高みの見物ですか?」

 3人くらいの女子が腕を組んで立ちふさがっていた。先頭の女子は厚化粧で髪を茶色に染め上げている。不良の女子バージョンみたいなやつだな。

 面倒くさそうな視線の先には、掃除ロッカーの前に一人の女子生徒が倒れこんでいた。さっきの音から推測するあたり、ロッカー目掛けて突き飛ばされたのだろう。

 後ろ髪をポニーテールに纏め上げ右手に赤色のミサンガをつけている女の子。名前はたしか――朝霧あさぎりだったか。

「あたしらがやったらやるって言ったよね?」

「い、言ったけどね、もう一回考えたら……」

「言ったよね?」

 不良女子のきつい言葉に教室中がシーンと静まりかえっている。

 俺はこういうのが嫌いだ。胃がムカムカして変な分泌液が出てきそうだし、どうにかしようにもどうにもできなくて歯がゆい感じがする。

 周囲のクラスメートも同じらしい。活発な連中は食堂に行っているから、ここに残っているのはいずれも大人しい生徒ばかりだ。止めようとする者など出てくるはずも無い。

 責められている女子生徒――朝霧は今にも泣き出しそうな顔になっている。適切な言葉が見つからず、しかし逃げ出すこともできず……

 うん? 嫌な感じがしてきた。

 意識がボヤーッと薄らいでいくような感じ。脈拍が早くなっていく。神経が過敏になり空気に対してすら痛みを感じてしまう――

 やばい、これはあのときと同じ症状だ。

 先週の記憶がよみがえってくる。自分の身体なのに制御がきかず、わけがわからぬまま一年生たちを殴り蹴ってしまったあの時の記憶。

 大事を起こす気はさらさら無いので、とりあえず教室から脱出することにした。

 携帯ゲーム機をスリープモードにし鞄へと仕舞い込む。音を立てないように、しかし素早く立ち上がると椅子が格納されるよりも早く教室を後にした。

「ふぅ……」

あぶないところだった。

 険悪ムードの教室からもうまいこと脱出できたことだし結果オーライってやつかな。残った連中の視線が痛いけど。

 昼休みはまだ10分ほど残っている。遠い場所のトイレでも行ってくれば、教室の険悪ムードも解決していることでしょう。

 俺はA組の生徒ならまず使わないであろう西側のトイレに向かった。


 放課後、俺は部室へと向かっていた。

 帰宅部の頃は帰りのSHRが終わった瞬間、足が自然と駐輪場の方へと向いていたものだ。急いで帰えらねばならない理由があるわけでも無いのに、癖みたいなものがついていたのだと思う。

 今、同じようなものを感じている。ただ向いているのは雑務部の部室だ。

 雑務部の何が俺を惹きつけるのだろう。あの独特の雰囲気なのか、それとも兄の遺言のせいなのか……

 昼休みの出来事はトイレから帰ってきた頃に収まっていた。生徒が5時限目の準備をしたり、残りの時間で談笑を楽しんでいたり。

 自分の机で浮かない顔をしている朝霧が気になったけど。

 部室にはいつも通り久遠がいた。左側のパイプ椅子に座り、今日は珍しく本を読んでいるらしい。

 と思ったらクロスワードパズルか。

「お疲れさん」

 軽くあいさつをして部室へと入る。

「それは何に対して労いなのかしら」

「いや普通に……授業お疲れさんという意味だよ」

 視線を本に向けたまま、ふうんと納得する久遠。面倒だからあいさつ一つにまで意味を求めないでくれ。

 左手にクロスワードの本を持ち、右手に鉛筆を持つ久遠。すでに答えがわかっているかのようにスラスラと鉛筆が動いていた。

 その様子を見ながら久遠の正面にあるパイプ椅子へと腰を下ろす。

 広くはない部室。しばらくは久遠の書きこむ音だけが静かに聞こえた。

 今日の昼休みのこと、どうやって切り出そうか。誰かに頼まれたわけでもないのに妙な使命感が渦巻いているな。

 やり取りを聞いている感じ、朝霧は何かを強要されているみたいだ。ただそれが何なのかまではわからない。本人たちはお互いがわかっている前提で話していたから。

 それはすれ違い程度の軽いものなのか。それともいじめに直結してくるくらいの重大なものなのか――

 ただ時が経てば忘れるような軽度のものには感じられない。それは昼休みの教室に流れた重苦しい空気が何よりの証拠だった。

「久遠……少し訊いてもいいか?」

 こういうのは久遠に訊くのが一番だろう。決心し口を開ける。

「何かしら?」

 クロスワードから視線を外すことなく答える久遠。鉛筆を動かす手が休むことも無い。

 他人が訊いているのにその態度は無いだろうと思うが、久遠にとっては平常運転だと思い気にすることなく続けた。

「俺のクラスでさ、ちょっといざこざがあったのだけど……」

「どんなものかしら?」

「女子3人で別の女子を脅しているっていうか……やるって言ったことをやっていなくて責められていたというか……」

 上手く説明ができず、つっかえつっかえ出てきた言葉を並べていく。

「やるべきことをやっていないのなら、責められて当然ね」

 どうやら俺の説明でも要点は押さえたらしい。

 久遠の言っていることは正論だった。やるべきことをやっていなければ怒られる。やるといったことをやらなかったのであれば責められる。

 当たり前のことだ。人間はそれで信頼関係というものを築き上げていくのだから。有言でも未実行ならその人を信頼することはできない。

 だけど――どうも違う。

 朝霧がやると言ったのであれば、なぜ朝霧自身がそれを拒むのだろうか。未成年とはいえ16年は生きてきている高校生。多少の人生経験を積み、できることとできないことの判断が可能な年齢のはずだ。

 判断ミスは誰にでもあると思うが、強要までされているのが気になる。突き飛ばされてまでやりたくないこととは?

「でも」

 久遠が本を閉じた。クロスワードパズルを解き終わったらしく、鉛筆を本とともに机の上へと静かに置く。

「やってはならないことを強要されているのだとしたら、その当然も崩れるわね」

 鋭い視線が俺へと飛んできた。いや強要したのは俺じゃないし。クラスにいた不良っぽい女子だし。

 久遠が言うと妙な説得力がある。俺より場数を踏んでいるからなのか、その冷たい雰囲気のせいなのか。

 あれがやってはいけないことだとしたら? 朝霧が考えた末、頼まれたことはやってはいけないことなのだという判断を下したのだとしたら?

「というか、やってはいけないことって何?」

 あ、なんか今空気がガラガラと音を立てて崩れたような気がする。なるほど、これがやってはいけないことか。

 はぁ……。と久遠がため息をつく。額に手を当て頭が痛いという風な素振りを見せていた。すいませんね。

「犯罪とかの類でしょう。みんなでやれば怖くないっていうバカげた理論よ」

 そういうことね。

 確かに何らかの罪を犯すことを強要されたのであれば、必死に断るのも必然と言える。実際は断りたくても友人関係という命綱が足かせになりうるのだ。

 友人関係を重視する、外されたくない人は要求された犯罪にすら手を出してしまう。ちょっとなら大丈夫だろう。たくさんいるから見つからないだろう。

 赤信号、みんなで渡れば怖くない理論は意外にも現実味があるのだ。

 精一杯の良心を働かせ、犯罪から逃れた人には苦難の道が待っている。あいつだけやらなかったよね。あいつは裏切った。そこからいじめに発展するパターンも少なくない。

 もしかして朝霧は、その岐路に立たされている……?

「彼女を助けることはできないか?」

「無理ね」

 即答されてしまった。

「なんでだよ? いじめの予防と考えればいいじゃないか」

 久遠が不意に立ち上がった。半開きになっている窓の方へと歩いていき、右手を使って窓を閉める。それまで入ってきていた柔らかな風がスッと止まった。

 窓を後ろにして腕を組む。

「いじめの定義っていうのはね、被害者がいじめと判断するかどうかなの」

「明らかに嫌がっていたぞ?」

「それはあなたの主観的な意見でしょう? 訊くかぎりは身の危険が迫っている、というわけでもなさそうだし被害者の彼女以外はいじめだと断定できないわ」

 反論の材料が見つからず口が開けない。

 セクハラの基準というものは、被害者がセクハラだと感じたかどうからしい。何でもかんでもセクハラ扱いされてしまいそうだが、これと逆のことがいじめには起こるのである。

 被害者がいじめではないと主張したら、それはいじめとしてカウントされないのだ。

おそらく本人に訊いたところで「あれはいじめではありません」と答えるだろう。約束を守らなかった自分が悪い、その罰を受けるのは当然なのだと。

だいいちその約束にしても犯罪をする約束だと確定したわけでは無い。

「ただの友人関係のもつれに手を出したりすれば、私たちでも犯罪になりかねないわ」

 そう。雑務部員が行っている強硬的な手段は、本来であれば立派な犯罪と呼べる行為なのだ。いじめという特殊な相手において執行が許可されているだけであり、貴族のような特権を持っているわけでは無い。

 本人が来ればまだわからないけど……とこぼす久遠。

 俺はぶつける場所の無いもどかしさを感じていた。


 朝霧が万引き未遂を犯したという知らせは、数日と経たずに届いてしまった。

 自宅近くのスーパーに入り、一緒に来ていた数人の女子たちと小さなお菓子を盗みかけたらしい。

 教師たちは「静かにしてください」「今詳しいことを調べていますから」と情報を必死に隠そうとしていたが、生徒のコミュニティを舐めちゃいけない。万引きをしようとしたスーパーの店舗名から手口までバッチリ伝わっていた。

 5時限目が終わってすぐの休み時間。男女やグループ問わずクラスの誰もがその話題で雑談を交わしていた。

『あの朝霧さんが?』

『真面目な人だと思っていたのにね』

 そんな会話を聞き流しながら、俺だけは別の感情を抱いていた。ショックだとか意外だとか、そういう驚きの感情では無い。

 取り逃がしてしまった。

 この間の昼休みにあったやりとり。やっぱりあれは万引きをしろという女子グループからの強要だったのか。

 いや、あのときの要求が万引きだったという証拠は無い。だが月曜日の出来事そのものが今日の万引きを誘発したきっかけの可能性は十分に考えられるのだ。

 俺はそれを目の前で見逃した。その気になれば止めることのできる立場にいながら。

 結果論になってしまうが久遠を説得してでも、あるいは力づくでも朝霧へと干渉していくべきだったのだ。話だけでも聞いてあげればここまで悪化することはなかったかもしれない。

 6時限目の授業を始めるチャイムが鳴った。話していた生徒が自分の席に戻っていく。

 現代文の先生が教壇に立ち授業が始まる。

 マーカーがホワイトボードを塗りつぶしていく。

 一定のリズムで教科書が捲られる。

 そして――永遠にも感じた50分間の授業がようやく終わる。

『気をつけ! 礼!』

『ありがとうございました!』

 現代文の先生が退室するよりも早くクラス担任がやってきた。文字の並んだ分厚いプリントを抱えている。

「みんな席について! 重要なお知らせがあります」

 そう言いながらプリントの束を列ごとの枚数に振り分け手早く分けていく担任。帰りのSHRでは誰もが早く終わりたいと思っているせいか、行動も早く連携力も強い。

 1分と経たず、プリントはクラス全員へと渡った。

「えー今日の昼過ぎくらいに、今休んでいる朝霧さんが、警察の方に保護されました」

 詳細をプリントにしてくれたのは幸いだった。長くなりそうだったSHRは5分以内に終わり、掃除当番を除いて教室を後にしていく。

 そんなクラスメートをかき分けながら、俺は急いで教室を後にする。

 教室を出て右、東側の階段へ。下りてくる1年生の間をすり抜けながら4階へと上り、真っ直ぐに伸びる廊下を西側まで一気に駆け抜けていく。

 バアンと大きな音が立つもの気にせず、思いっきり引き戸を開けた。

「……西ヶ谷」

 相変わらずの位置にいる久遠だが、突然聞こえた大きな音に驚き腰を引いている。右手には青色主体のトランプ。今日は一人ババ抜きでもやるつもりでいたのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

「朝霧が――この間ここで言った彼女が、万引き未遂で警察に捕まった」

 保護と捕まるは微妙に違うが気にしなかった。弾む息を身体全体で抑えつつ、簡潔に説明する。

 久遠は動きを止めた。数秒の後、右手に持っていたトランプを自分の鞄の中へゆっくりと仕舞い込みチャックを閉じる。

「……そう」

 無関心ゆえの「そう」には聞こえなかった。こうなることを見越していながらも目を背け、結果として成り立ってしまった。そんな、甘い自分へ向けられた言葉。

 ミスと判断するには浅はかすぎる。いじめは被害者の受け取り方によってのみ判断される、それが犯罪の要求であると確証を得られない、手を出せば自分たちが犯罪者ともなりうる……

 完全とは言えないが、それに限りなく近い久遠の言葉。常識的な判断を下した上での結果だ。俺に久遠を責めることができるはずも無い。

「少々、慎重に見すぎたようね」

「いや俺の説明も悪かった」

 互いの反省をしているとき、コンコンコンと引き戸をノックする音が聞こえた。

 来客とは珍しい。久遠が俺の顔を覗きこんできたが、心当たりが無いのがわかるとゆっくりとした足取りで引き戸へ歩いていった。

「よかった。2人ともいるな」

 顧問の佐々木先生だった。とはいうものの部活動中に会ったことは一度も無いので、俺としては1年生の頃の物理担当というイメージが強い。

 丸いメガネに優しそうな顔。やっぱりここの顧問には見えないな。トンファーを隠しているようにも見えない。

 その後ろ、隠れるようにして女子生徒が立っていた。私服姿ゆえわかるのに時間が掛かったが――朝霧だ。

 恥ずかしそうにというか申し訳なさそうに下を向いている朝霧。両手は短いスカートの前で重ねられており、ほとんどの指に派手なネイルが施してあった。

「朝霧 菜々美だ。昼の件は聞いているだろう」

「ええ。この生徒は先生がご判断なさってお連れしたのですか?」

「一応、本人からも同意を得た。後を任せてもいいか?」

 頷く久遠。佐々木先生が朝霧に耳元で一言二言囁くと、小さく返事をした朝霧は部室の中へと踏み出してきた。

「それじゃあよろしく」

「はい。お疲れ様です」

 パタッと音を立て閉じられた部室には俺と久遠、私服姿の朝霧が取り残された。

 嫌な沈黙が下りる。こういうどうしていいかわからない沈黙は大嫌いだ。動くことで変なきっかけと生み出してしまいそうだし、動かなければ沈黙が永遠と続くのだ。

 それを察したのか、久遠が口を開いた。

「とにかく、座ってもらえるかしら」

 そう言って空いているパイプ椅子へと案内し朝霧を座らせる。まあそのパイプ椅子は俺の場所なのですがね。

 縄張り取られた動物よろしく、俺は仕方無く久遠側の戸棚へと寄りかかった。

 全員がそれぞれの位置に収まったのを見届けた久遠は、朝霧を刺激しないようゆっくりと柔らかな声で話し始めた。

「あなたの件については承知しているわ。嫌ならば答えなくてもいいけど、抜け出したいと本気で思っているのなら正直に答えなさい」

「はい……」

 力の無い声が返ってきた。ところで久遠さん、そんな優しい声出せたのですね。僕には掛けてくれないのでしょうか?

「では訊くけど、今回の件は誰かに頼まれたのかしら? 頼まれたのであれば名前を教えてくれると嬉しいのだけれど」

 久遠の質問というか尋問が始まった。口調こそ柔らかであるが訊いていることは容赦無い。自らの得たい情報を回り道することなくストレートに訊いてくる。

「た……頼まれたのは牧本まきもとさんと……熊谷くまがやさん……姫野ひめのさんです……」

 絞り出すような声で名前を上げていく。そういえば、あの不良女子は牧本という名前だったな。クラス替えをしてから半月と経っていないため、元のクラスメート以外は全然名前を知らなかった。

 朝霧が言いきってからワンテンポ置き、ふたたび久遠が質問を重ねる。

「その3人に万引きをしてこいと頼まれたの?」

 言いにくいことなのか答えが返ってこない。たった今自らが犯しそうになった罪――万引きという言葉を口にしたくないのだろう。

 俺が諦めかけていた時、ようやく朝霧は口を開いた。

「最初に牧本さんがやって……、その後に熊谷さんもやったのを見て……、姫野がやっているときに次は私の番だからって……」

 なるほど。だいたい久遠の予想通りだったというわけか。良くない友達の良くない流れにつかまってしまい、気づけば自分にも犯罪を要求されていたと。

 今更ながら久遠の予測には驚いた。さすがは雑務部長、新入りの俺とは経験の差が段違いだ。

「朝霧さんは、万引きというのが良くないとわかっていたの?」

「……はい」

 短い答えのみが返ってきた。

「つまり万引きは悪いことだと、やってはいけないと思っていたけど断り切れなかったのかしら?」

「……はい」

 朝霧の視線は下を向いたままだ。

 その後も久遠は朝霧の様子に気を掛けながら質問を続けていく。

 朝霧は姫野と友達であり、また姫野は1年生の頃から牧本と熊谷に親交があった。

 クラス替えで4人全員がクラスメートとなり、朝霧は牧本や熊谷とも本格的な交流を始める。ところがこの牧本と熊谷、教職員からマークされるほどの不良生徒だったのである。

 その牧本がとあるスーパーで万引きを実行した。スリルを味わいたいがための行動に熊谷も後に続く。残された姫野と朝霧。

 結局、姫野は場所を雑貨屋に変えて万引きに挑戦。息を荒げ真っ青な顔をしている姫野を前に「次は朝霧さんだからね」と言われたという。

 そして拒んだ結果、月曜日の昼休みの事態に発展したわけだ。

つくづく友人関係って何だろうなと思ってしまう。相手のご機嫌をとることが友人関係。相手のやったことに合わせるのが友人関係。それは友人関係ではなく都合の良い関係ではないのか。

自分のやったことを押し付ける言い訳、「流れ」。真面目な人物をたった数日で犯罪にまで追い込んでしまう日本社会の流れというのは恐ろしいものである。

「久遠、どうするべきだと思う?」

 俺の問い掛けに、うーんと口に手を当てて考える久遠。

「本来であれば平和的な解決策を試みるべきだと思うわ。けど……」

 パイプ椅子から立ち上がる久遠。朝霧が初めて視線を上げ、久遠の顔を見上げる。朝霧の頬はほんわかと紅色が帯びていた。

「あまり時間が無いのでは? あなたの携帯がそう言っているように見えるわ」

 携帯?

 ハッとした表情で朝霧が携帯を取り出す。薄いピンクのカバーが掛けられたスマートホンは、鮮やかなイルミネーションでメッセージの着信を伝えていた。

 朝霧の表情が強張っていた。反応から察するに、牧本かそのあたりからの着信。

 呪いのメールでも見るかのように、ゆっくりとした手つきでスマートホンを操作する。電源ボタンを押してスリープ復帰。4つの数字を入れてロックを解除。人差し指を画面上でスライドさせコミュニケーションアプリを起動――

 コトッと朝霧はスマートホンを机の上に置いた。メッセージの送り主は牧本。内容は……、

『サツで余計なこと喋らないでね。喋ったら殺す』

 実際に殺されるようなことをするはずは無いだろう。だが朝霧の行動に対し注目をしているという裏付けでもあった。マークされているのだ。

「やっぱり脅されているわね」

 画面を上にスライドさせ、メッセージの履歴を見ていく久遠。

 朝霧と牧本はクラス替え前から多少の交友関係があったらしい。最初の方はなんてことない普通のやりとりだったのだが、新しくなるにつれ力関係が明確になっていく。

『パン買ってきて』

『1000円貸せよ』

『今日のあれ何? 私たちを差し置いてケンカ売ってんの?』

 見ているのが嫌になるくらいだ。

 スマートホンのイルミネーションが光り新たなメッセージの着信を知らせる。送り主は当然のように牧本だった。

 どうせロクなことでは無いと思いつつ、画面を下にスライドさせ新たなメッセージを読んだ。

『もうサツから帰ってきてるよね? 明日の放課後、話し合いするから』

 パッとつく既読の文字。これで気づかなかったというごまかしはきかない。つまり放課後の話し合いに出なくてはならないのだ。

 こういうときの話し合いは話し合いでは無い。強い者が弱い者に向かい一方的に罵詈雑言を浴びせるものなのだ。

「久遠、出よう。俺たちの出番だろ?」

 もうここまでくれば、朝霧が明日の放課後に何かしらの形でいじめを受けることは目に見えている。仮にそうならなかったとしても、先に障害を排除しておくのは解決手段として当然のことでは無いのか。

 先生が放課後に牧本たちをマークしても、彼女らは校外に出て朝霧を追い詰めるだろう。俺たちならそうなっても対処できる。朝霧には悪いが、これ以上は望めないほどの好条件だ。

「無理ね。少なくともこの状況では何もできないわ」

 えっ?

 予想外の意見に唖然とする。

「どうしてだよ? 本人がこうして相談に来ていじめられていると言ったのに?」

「まだ全貌が掴めていないわ。他人を助けに行って自分がやられたら元も子も無いじゃない」

「全貌って……、メンバーもわかっているし時間も確定している。それでも足りなければ本人に訊くこともできる。一体何の情報が足りないと?」

 久遠が黙った。反論できないのか、理解してもらえないと思ったのか――

 こういう局面に関しては、俺より久遠の方が正確な判断力がある。久遠が何を根拠に無理だと言ったのかはわからないが、このままいじめられるのを黙って見ているわけにはいかないだろう。

 間違いなくこの間の二の舞になると俺は確信していた。

「……わかった。俺一人でやる」

「西ヶ谷?」

 いつもとは違う視線が久遠から向けられた。口には出さなくても頑なな否定の意が伝わってくる。

 それでも俺はやる気でいた。目の前で求められている助けに対し、自分に危険が及ぶとわかっていても見過ごすことはできない。

 そうはっきりと伝えた。久遠へと鋭い視線を向けることで。


 俺一人でやる。

「とは言い切ったものの……」

 どうしていいかわからないでいた。

 案も無ければ策も無い。足りないピースを探すかのように、日中の俺は朝霧のことをじーっと観察していた。

 それでも足りないピースは埋まること無く、気づけば放課後になっている。

 掃除当番のためいつもより教室を遅く出た俺は、帰巣本能が働いて部室へと向かった。

いや本当に帰巣本能みたいなものなんだって。帰宅部の頃は帰りのSHRが終わった瞬間に足が駐輪場を目指していた。最近はこれとまったく同じような感覚になっているのだ、行き先が雑務部の部室へと変わった上で。

 下りてくる1年生の邪魔にならないよう、階段の左側を上っていく。

「んっ?」

 3階から4階、その途中にある踊り場でふと立ち止まる。

さりげなくのぞいた窓から朝霧の姿が見えた。右肩に鞄を掛け、いかにも重そうな足取りで西館裏へと向かっている。

「駐輪場は逆だし、西門から帰るにしても裏を通るはずは……」

 て、あああああ!

 すっかり忘れていた! 朝霧が牧本たちに呼び出されていたことを。呼び出し場所は西館の裏だったというわけか。

 慌てて身を翻し、邪魔になるのも構わず3階のロッカールームへと走り込む。自分のロッカーから靴を取り出すと、素早く履き替え適当にスリッパを突っ込んだ。

 無策だろうが無援であろうが、引き受けた以上は何かしなければならない。

 西館の裏側は今回みたいな呼出しに絶好の場所だ。災害用の区間のため、平時は生徒も先生も来ない。また緊急物資の貯蔵倉庫が並んでいるおかげで、位置によっては外部から見つかることも無いのだ。

 状況の悪さに焦りつつ、東館を出て西館裏へと向かった。

 手近な物陰に隠れ、倉庫と倉庫の間から様子をうかがう。

『早く吐けよ! 言いましたってよ!』

『ううっ!』

 明らかに不機嫌そうな牧本が、倒れ込んでいる朝霧の背中に蹴りを入れているのが見えた。腹側からは熊谷も参加している。

 疑いの余地は無い。もう誰が見てもいじめだった。

 抵抗できず、うめき声を上げるしか無い朝霧。牧本は罵倒しつつ背中を蹴り続けていた。あまりにも憐れないじめの現場だ。

「やめろ!」

 我慢できなくなり、倉庫の陰から姿を晒し出す。

 来るはずの無い者が来たことに驚いた様子の牧本だったが、俺とわかると気味の悪い笑顔を浮かべる。

「あれぇ? ひょっとして菜々美の彼氏ぃ?」

 バカにしたような仕草を見せる牧本。

 俺は真っ直ぐ牧本の方へと歩いていき、笑っている目を睨みつける。それに反応した牧本が真顔になった瞬間、

 パンッ!

左の頬へと強烈な平手打ちを喰らわせていた。

 このときの俺は自分が何をするのかを理解していたし、実行後の感情制御もできていた。平手打ちの痛みもしっかりと感じたから、あれは脳と身体が合意した上での行動だったと思う。

 牧本は不意打ちを喰らい、驚きの顔をしたまま倒れ込む。

 俺はそのまま熊谷に視線を合わせ、平手打ちを喰らわせようと右手を上げた。

 しかし右手が動かない。

 腕を掴まれているのだとわかるのに数秒を要した。その間に俺は右腕を強く引かれ、働く力のまま後ろへと引き倒されていく。

 背中に痛みを感じると同時に目に入ってきたのは――丸刈り頭の男子。

 確かこいつはクラスメートじゃなかったか? 野球部のくる……

「ぐふうっ!」

 出掛っていた名前が、突然襲ってきた横っ腹への痛みによって身体奥深くへと転落していく。入れ替わるように蹴られた痛みが波となって襲ってきた。

 普段経験することの無い痛みを喰らい海老反りになる。無防備に晒した背中へと別の足が蹴りを入れてきた。

「なにコイツぅ? 一丁前に正義の味方気取りぃ?」

 女子独特の言い方で俺を罵倒しつつ、俺の腹を思い切り蹴りつけてくる。

 硬い靴が腹へとクリーンヒットし、重苦しい痛みが全身へと伝播していく。思わず腹を押さえるが、今度は背中へと攻撃が集中しやられる一方となってしまった。

「あんたオカマぁ? 少しは根性見せないさいよぉ」

「調子乗んじゃねえよ、このクソガキ!」

 罵倒と蹴りをもらいながら、ふとこれでいいのではないかと思ってしまった。

 牧本たちが朝霧を呼びだしたのは、自分たちの万引きを朝霧が警察に話したかを知りたいわけでは無いだろう。

 おそらく朝霧にいちゃもんをつけ、それをネタにいじめをする。つまりガス抜きの目標として朝霧を呼び出したのだ。

 一方、俺の目的は朝霧が牧本たちからいじめに遭うのを阻止すること。

 極端に言えば、朝霧すら無事であればいいのである。今回に限って言えば、他の誰かが犠牲になってもいいというわけなのだ。

 その犠牲、俺が引き受ければいいのではないだろうか。

 今こうして俺がリンチを受けている状況では、朝霧は目標になっていない。何もできないまま呆然としていることだろう。

 牧本たちにしてみれば、俺というガス抜きの目標が存在するわけだ。朝霧よりも手間は掛かったが、こうして一方的に殴れる目標が。

 これは両者の目的が当時達成されていると言っていいだろう。理想とはいかないが、条件は満たされた状態だ。

 あとはこれがいつまで続くかだが――

「うぐっ!?」

 強い痛みを臀部に感じた。蹴りの痛みじゃない、もっと鋭くて……

「これでいいか?」

「ご苦労さん、練習を始めるとするかな」

 チラッと見えたそれは――野球用の金属バット。

 ダラダラと冷や汗が出てきた。だから痛みの種類が違ったのか。金属バットはさすがにまずい。

 中学生の頃、野球部の友達が素振りをしていたところに突っ込んでしまったことがあった。軽くスイングしていただけだったので大事には至らなかったが、受けた手の甲は真っ赤に腫れて半日経っても痛みが引かなかったほどだ。

 ましてや今回は高校生、おまけに手加減なしだ。尻でも痛みを感じるくらいだから、背中になんてもらおうものなら……

 カランという乾いた金属音。

 俺は激痛を覚悟した。場所はどこだ? 背中か? 腹か? 手元が狂えば頭にも……

 ……パシッ!

「痛てっ!」

 ……パシッパシッ!

 これは何の音だ?

 妙な音が増えていく。小さいが鋭い音だ。音とともに短い悲鳴が聞こえ、牧本や熊谷にも伝染していく。

「痛い! 何なのこれ!?」

「痛い痛い!」

 金属バットに何かが当たり甲高い音を発する。どうやら何かが飛んできているようだ。

 しかしそれ以外のことはわからない。誰が、どこから、何を、何の目的で。いずれも見当すらつかないでいた。

 牧本たちからの攻撃が止んだため、状況を確認すべくゆっくりと目を開ける。

 視線の向いている東側へ、我先にと逃げていく牧本たちの姿が見えた。男子2人と女子3人、途中から聞きなれない声が聞こえたのはこのためだったのか。野球部員らしき丸刈り頭が一つ増えている。

 攻撃してくる者がいなくなったので、痛む背中をさすりながら上半身を起こした。周りは嵐が去った後のように静かである。

「だ、大丈夫!?」

「え? まあなんとか」

 背中と臀部は内出血を起こしているだろうが、歩けないほど重傷では無い。腹の痛みも消え去っており意識もはっきりとしていた。

「あの……助けてくれてありがとう……」

 瞳に涙を溜め込みながら、朝霧は礼を言ってきた。不意打ちのような礼にどうしていいかわからず、モゴモゴと声にならないような返答をする。

 俺では無い。朝霧が礼を言うのは俺じゃない、この状況から朝霧を救ったのは俺じゃないんだ。

 どんな手段を使ったのかわからないが、あの音を発した人物が朝霧を助けてくれた。そもそも助ける意図があったのかすら定かではないが、礼ならその人物に言うべきだ。

「服、汚れているよ」

「まあ倒れたからな。仕方無い」

 立ち上がると、朝霧がパンパンと軽く叩き落としてくれた。気遣いができるやさしい娘。こういう人間に限っていじめに遭うのだ。

「相変わらずの無茶な行動ね」

 聞き慣れた声に後ろを振り返る。

 久遠がいた。両手で抱えるように持っているのは――ガスガン?

 なるほど。さっきの音の正体は久遠が撃ったガスガンの弾だったのか。見上げると4階踊り場の窓が若干開いている。あそこから撃ち下ろしたというわけね。

 表情一つ変えない久遠。助け出した礼を求めるような素振りも見せない。

「いろいろあるでしょうけど、今日は帰りなさい。」

 久遠にしては珍しく、わずかではあるが温かみを含んだ言葉だった。いじめを受けた者に対しては、さすがに温情を抱くらしい。

 朝霧もいることだし異論も無い。倉庫の脇に放置していた鞄を取ると、足取りを確かめるように駐輪場へと向かった。

「今日はすいません」

 駐輪場で深々とお辞儀をする朝霧。

「いや、実際に助けてくれたのは久遠だし」

「でも、私がいじめられているところに駆けつけてくれたのは心強かったです。本当に、ありがとうございました」

 さっきよりもさらに深くお辞儀をすると、駐輪場出口から去っていく朝霧。

 俺に言われても複雑なのだよな。無策だったし、呼び出しのことも忘れ掛かっていたし、実際何もしてはいないし……

 というか、あいつ何で駐輪場まで来たんだろう?

 変なやつだと思いつつ、右足で自転車のスタンドを上げた。


 あくる日、俺は背中や尻に鈍い痛みを感じながら部室へと入った。

やはり一晩で治すのは身体の治癒能力を総動員しても不可能らしい。場所が場所なだけに自分では確認できないのだが、まだ内出血の痕が残っているだろうな。

明るくない部室内。向かって左にあるパイプ椅子には、いつも通り久遠が座っている。

しかし机の上に広げられているのはトランプや将棋盤などではない。細い金属製のパイプ、数個のギヤ、プラスチックのカバーらしき物体……

それらを取っては布で磨き、あるいはグリスのようなものを塗っていく。どうやら何かのパーツを整備しているらしい。

「何を……しているんだ?」

 興味本位で訊いてみる。

「電動ガンの整備よ。昨日使ったから」

 ああ、昨日持っていたガスガンか。おっと、ガスガンじゃなく電動ガンね。

 久遠の手元にあるパーツを見つめた。弾を飛ばすためのスプリングみたいだが、やけに太くて頑丈そうだ。最近の電動ガンはこんなにも重厚に作られているのか……

「女子が電動ガンを整備するのは初めて見たな」

「私もするとは思わなかったわ。それもこんな改造銃をね」

 スプリングを手に取ると、久遠はそれを布で丁寧に磨き始めた。

「スプリングは3・0ジュール仕様、ギヤ類はチタン合金製で、バレルは社外のロングバレル……」

「おいおい、そんなの説明されてもわかんないから」

 てかチタン合金製って何だよ。この学校はアメリカ軍から部品供与してもらっているのか?

 目の前に広げられる電動ガンのパーツを見渡し、ふとあるものに目が留まった。

「久遠、これも電動ガンの部品なのか?」

 針。裁縫用の細い針だ。他のパーツが肉厚で重苦しい雰囲気を出している中、スマートなそれだけは異様なほど目立っている。

「それは違うわ」

「整備用か何か?」

「いいえ。私のちょっとした武器、よ」

「武器?」

 久遠はそれ以上言わなかった。答えを隠すかのように、無言を貫いて目の前の作業に集中している。

 小さな部品が飛ばないようにと配慮しているからか、部室の窓は珍しく閉め切られていた。いつも入ってくる野球部やサッカー部の声、吹奏楽部の演奏がほとんど聞こえない。沈黙が部室を支配している。

 動くことにも抵抗感を感じられるような雰囲気に困っていると、久遠が顔を上げた。

「座ったらどう?」

「え? ああ……」

 自分が立っていることすら忘れていた。空いているパイプ椅子を机の下から出し、鞄を脚に掛けゆっくりと座る。

「それで、なんであんな無茶をしたの?」

 俺が座ったのを確認したかのようなタイミングで久遠が口を開いた。尋問をするような鋭い声だ。

 唐突の質問に、俺は答えを導き出すことができない。

 正義感から。正直な答えとしてはそうなるだろう。でもこういうときに求められているのは自分の感情では無い。とった行動が正しかったという裏付けの理論だ。

 ところが俺の行動は、理論的に正しくない。裏付けの理論など存在しないのだ。

「あなたがボロボロになってどうするの」

 意外だった。もっと残酷というか、俺の身など顧みないような言葉を並べられるかと思ったからだ。

 しかし出てきたのは俺を心配する台詞。自分の指示に背いた格好となった俺を、だ。

 眼の奥から湧き出てくるものあった。久遠が俺の心配を……

「私の仕事が増えて面倒なことになるでしょ。下手な干渉をして悪化でもされたら困りものだし」

 前言撤回。湧き出てきたのはただの汗だったらしい。

 ただ下手に干渉すれば悪化するかもしれない、というのは正論だ。牧本たちからすれば朝霧が俺に助けを求めたという受け取り方になり、余計な人間を絡ませやがってという憎悪が出てきてもおかしく無い。

 おまけに俺は無策無案。久遠が助けに来なければ、それこそどうなっていたかわからないのだ。

「だけどさ……」

 声を絞り出す。

「傍観しているわけにもいかないだろ? 今回だって、すでに身の危険が迫っていたことだし」

 朝霧は実害を受けたのだ。

 暴力の絡んだいじめが現実に発生したとなれば、そこから目を背けるのは解決の手段を持つ者としてどうだろうか?

 上手く干渉ができたとするならば、朝霧が何も被ることなく状況をクリアーできた可能性も存在するのである。

「こういうのには、ちゃんとした手段があるのよ」

 見計らっていたかのように発せられた言葉。わずかだが口調が強くなっていた。

「いじめの全貌っていうのは、その原因や置かれた状況だけじゃないわ」

「例えば……何があるのだよ」

「参加している者たちの弱み、そして主軸となっているメンバー……」

 久遠は布を置いた。どうやら部品磨きは終了らしい。

今度は机上のパーツへと手を伸ばし、慣れた手つきでそれらを組み合わせていく。モーター、ギヤ、配線……

「主軸メンバーを潰せば、朝霧さんへのいじめは止まると思うわ」

 ギヤを組み付け終わった久遠。パイプ椅子に掛けてあった自身の鞄からファイルを取り出す。

久留米くるめ 耕太郎こうたろうと牧本 昌子しょうこ。今回の目標よ」

 渡された無地のファイル。中には学校管理の生徒情報カードが入れられていた。

 丸刈り頭の男子。俺を引き倒した久留米だ。なるほど、金属バットが出てきたのは久留米が野球部員だからか。

「最初のターゲットは牧本にするわ。作戦決行は今日の午後11時、集合場所は正門前ね」

 台詞からして俺も強制参加らしい。補導対象時間とか心配なことは山ほどあるが、久遠のことだから手は打ってあるのだろう。……だと思いたい。

 とりあえず頷いておき、大人しく了承しておいた。

 ただ、久留米と牧本だけを抑えただけで本当に収まるのか疑問が残る。

 牧本を抑えたとしても、熊谷あたりが主軸となりいじめが再開されるのでは無いだろうか。朝霧をいじめている理由がガス抜きなのであれば、その欲求を満たしたいと思う人間がいなくならない限りいじめは続行されるのである。

 さらに久留米は運動神経が抜群に良い野球部員だ。

 俺が加わったところで、文化部員の男女に屈するとは考えにくい。かといって傷害事件クラスのやりすぎも良くないし……

 個人的な疑問を残したまま、久遠によるいじめ制裁が始まろうとしていた。


 4月とはいえ夜の空気は冷たかった。空を見上げれば星が瞬いて……と言いたいところであるが、この静岡市は中途半端に明るい。1等星を見つけるのがやっとだ。

「……そろそろなんだけど」

 携帯で時間を確認した久遠がこぼす。午後11時20分、許可証がなければ完璧な補導対象だ。

 俺と久遠は道沿いにある植え込みへと姿を隠していた。

 この道路は狭い割に通行量が多い。すぐ前にある信号は赤の時間が長いため、こうして見ているだけでも数台の列ができあがっていた。

 信号が青になる。並んでいた車たちが交差点へと出切った頃、奥から見覚えのある人影が歩いてくるのが見えた。

「来たわね」

「でも何をするつもりなんだ? 道路の中央で血判押させる気かよ?」

 久遠が何を考えているのか、まったく教えてもらえなかった。「見ていればわかるわ」と言われたのだが、見る前に知りたいから訊いているんだっての。

 人影――私服姿の牧本はこちらに気づくことなく一定の速さで近づいてくる。

 と、後ろの曲がり角からタクシーがやってきた。つぎはぎ舗装の路面なのでヘッドライトが上下に揺れている。

「ちょうどいいタイミングね」

「へ?」

 牧本が目の前を通り過ぎた瞬間、久遠が小さく言った。

 直後、久遠は針を取り出した。俺が電動ガンの部品と間違えたあの針、先端の鋭く尖った裁縫用の針だ。

 いつの間に持っていたのか。

 どうするのかという俺の疑問へ答えるように、久遠はその針を牧本向かって投げつけた。ちょうどダーツの矢を投げるような感じだ。

 ヒュッという高く短い音を発して飛んでいく針。

 短い弾道を保ったそれは、牧本の首筋中央へと命中した。弾き返されることなく柔らかそうな皮膚の下へと食い込んでいく。

「うっ?」

 支える力を失ったように牧本が左へとふらつく。

 直後、スッと左手を引く久遠。

街灯の反射で一瞬だけ見えた糸がピンと張られ、その先につながれた針がサッと久遠の手元へと戻ってくる。

一方、そのまま倒れていく牧本。止める者もいない夜の道路、そして倒れる先には……

 キィーッという鋭いブレーキ音。

それに続くうるさいほどのクラクション。

 道路側に倒れ込む牧本に向かい、車道を走っていたタクシーが突っ込んだ。

 ドンという重苦しい音。身に着けていたバッグとともに牧本の身体が道路上へと転がり出る。目を瞑った牧本の顔がタクシーのヘッドライトに照らされていた。

『おい! 大丈夫か!』

 タクシーから運転手が飛び出し、倒れこむ牧本に向かって必死に呼びかける。だが牧本が答える様子は見えなかった。

「終わったわね。さ、帰りましょう」

 針を手のひらサイズのケースへと仕舞い、植え込みから自転車へと戻る久遠。

 何をしたのか理解が追い付かず、俺は久遠についていくしか無かった。


 翌朝のSHRは15分オーバーで終わった。

 理由は牧本の交通事故が報告されたからだ。幸いにも軽傷であり、3日もあれば退院できるという。一定期間の通院は必要みたいであるが。

 違う。俺が気にしているのはそこじゃない。

「久遠!」

 放課後、部室の引き戸を開けるなり思わず叫んでしまった。

「何? そんなに大きな声を出さなくても聞こえているわ」

 いつもの場所で久遠が答える。視線は目の前のメモ帳のままだけど。

 別に怒っているとかそういうわけではなく、訊きたいことがたくさんあるのだ。昨日の件とか、昨日の件とか、昨日の件とか。

「一体何をしたんだ? 牧本は大丈夫なのか? 巻き込まれたタクシーの運ちゃんとかは……」

「あーわかったわよ。ちゃんと説明するから、静かにして」

 書いていたメモ帳を閉じる久遠。俺はパイプ椅子を机の下から引き出し、ヒートアップしている自分を落ち着かせるようにして座った。

 はぁ、とため息をつく久遠。ため息をつきたいのはこっちだ。

「首筋へと針を刺し、皮下にある神経を圧迫したのよ。それで牧本は身体のコントロールを一時的に失い、倒れこんだってわけ」

 何ですかその離れ業みたいなの。

 久遠は昨日のケースを鞄から取り出す。ピンク色のケースを開けると、電動ガンの部品とともに置いてあった針が3本並んでおり、1本には細い糸がつけられていた。

「牧本については、軽度の脳震盪で済んだらしいわ。意識も戻っているみたいだし、大きな心配はなさそうね」

「脳震盪って、全然大丈夫じゃないような気がするのだけど」

「1ヶ月もすれば完全に回復するわ。タクシーの運転手さんに関しては……何も言えないわね」

 タクシーの運ちゃん、うちの部長がごめんなさいっ!

 しかしまあ、今更ながら予想外のことをしたものだ。

 歩き遠ざかっていく牧本の首筋に向けて、正確無比なコントロールで神経のある個所へと刺し込む。おそらく適切な深さもあるだろうし、まさに針の穴を通すような正確さである。ロシアのスナイパーもびっくりだよ。

 そして糸を使った針の回収。

これら一連の動作を素早く、そしてミスなく行っていたあたり久遠は何度もやっているのだろう。

 針を使って目標の動きを仕留めるという、誰にも真似できない離れ業を。

 結果的なことはさておき、その技術に関しては賞賛に値するものだと思う。

「しかし、これで収まるのか? 牧本からすれば交通事故に遭っただけだろう」

 かといって俺らがやりました、なんて言えないし。

「その点は先生に任せてあるわ。禁止されているアルバイトや、夜間徘徊とかで罪状は溜まっているはずだから」

 なるほどね。これが弱みを握るってやつか。

 牧本について一応の結果が出たところだが、まだ終わったわけでは無い。久遠のプランに沿うのであれば、次のターゲットは久留米ということになる。

「久留米はどうするんだ? まさかまた同じ手を……」

「そうしようと思ったのだけど毎回上手くいくわけじゃないし、先生にも嫌な顔されたのよ」

 正常な反応だ。いじめ対応のために交通事故が起きていたら学校側としても困り者だろう。

 電動ガンを使って脅かすのかな。でも所詮は玩具だから、屈してくれるのかと言えば怪しいし……

「久留米の方は正面から行くことにしたわ」

 久遠がメモ帳を見せてきた。

 鉛筆で書かれていたのは地図。大通りの走っている近く、これには見覚えがある。

「362号線から奥に入ったところにある廃校、知ってる?」

「元小学校でグラウンドが解放されているところか」

「あなたにはそこで久留米と決闘をしてもらうわ。朝霧さんの彼氏として」

 えっとすいません、おっしゃっていることがよくわからないのですが……

 なんで決闘? なんで朝霧の彼氏として?

「日時は明日の放課後。体育館があるらしいから、そこを使いましょうか」

「ちょっと待ってくれよ。何だよ決闘って」

 昔のヤンキーが縄張り争いするわけじゃ無いのだからさ。まあ昔のヤンキーを知らないのですけどね。

「力の差を見せつけるのが、反撃を抑えこむ一番の方法よ。察しくらいつくでしょう?」

 整理すると、俺が朝霧の彼氏として久留米にリターンマッチを挑む。俺が久留米をボコボコにする。朝霧に手を出すなと誓わせる。これにて一件落着、と。

 俺がボコられて一件落着、になる気がする。相手は現役バリバリの運動部員、こちらは文化部員としても怪しい普通の高校生。結果はお察しレベルだ。

「まあ準備はしてあるわ。……はいこれ」

 手渡されたのは竹刀。あれ、中学生のときに使っていた竹刀よりも遥かに重いぞ? 高校用は重さが違うのか。

「業者に頼んで竹刀を改造してもらったわ。金属バット程度なら折れないと思う」

「やっぱり普通の竹刀じゃないよな。……って、金属バット?」

 竹刀用のケースを受け取りながら訊き返してしまう。

金属バット程度ならって、相手はバットを武器に使ってくるって意味ですか?

「決闘ですもの、相手だって全力よ。あ、これも持っていくといいわ」

 出てきたのは救急箱。上から見ても下から見ても、横から見ても救急箱である。

「もしかしてこれにも何か改造が?」

「何言っているのよ。それがあれば、ケガした時に応急手当ができるでしょ」

 無表情で淡々と説明する久遠。

 右手に感じる竹刀の重さ。こんな重いもの、俺が振り回せるのかな? 剣道部だったのも中学生だし、さらに言えば友達とチャンバラごっこして遊んでいたくらいの思い出しか無い。何段持ちだとか、どこの大会での優勝経験など持っていないのだ。

 とはいうものの、久留米に対してこれといった対抗策があるわけでも無い。

 今は久遠の指示に従うしか無いか。

「ところで久遠は?」

「行けたら行くわ」

 前途多難だ。


 自転車を木の陰に止めると、肩に掛けていた竹刀のケースを下ろし一息ついた。

 小学校だったここは生徒不足により数年前に廃校となっている。建物はおろか土地の買い手も見つからず、取り壊すような必要も予算も無いので放置状態になっているというわけだ。

 今は遊び場として使われているこの場所。俺は北西にある体育館へと歩いていく。

 今日は視線が痛い日だった。

 理由は当然、久留米との決闘だ。なぜか久留米の他にも男子数人や熊谷から視線が飛んできたような気がするのだが、ここは気にしないでおこう。クラスの人気者は辛いなあ。なんならサインあげようか?

 鍵が壊れ入り放題となっている体育館へと足を踏み入れた。使っていないなら土足でも問題無いだろう。

 赤や緑、青のテープで引かれたライン。埃を被ったステージ。放送用スピーカーの上にある大きな時計は、電源が止められているのか全然違う時刻を指している。窓際には細かく割れたガラス片。

あそこに倒れたら痛そうだ、気をつけておこう。

 そんなことを考えているうちに、扉の方から音がした。

「なんだいるのか。怖気ついてバックれたかと思ったぜ」

 制服を着崩し、右手に黄色の金属バットを持った久留米が入ってきた。扉の重そうなスポーツバッグを投げ下ろす。

 中央付近で互いに向き合う格好となった。距離は1メートルと離れていない。

「お前ってMなの? やけにしつこいけど」

「ちげーよ」

「俺はしつこい人間は大嫌いなんだ。後は調子乗ってるやつとかな」

 誰もあんたの好みなんて聞いてねえよ。そういうのは合コンでたっぷり披露してくれ。

「そういえば朝霧もしつこいやつだったよなあ。何回も昌子に土下座してさ。許してくださいだとよ」

 不機嫌そうに腕を組む牧本に、朝霧が必死の土下座を繰り返す光景が目に浮かんだ。

 朝霧は牧本や熊谷、姫野に嫌われまいと必死だったことだろう。しかし犯罪は自身の良心が咎めた。友情と良心を天秤にかけ、どちらを選ぶべきか迷ったのだ。

 朝霧、それは違う。罪を犯してまでも得られるのは友情なんかじゃない。自分は輪から外されずに済むという安堵感だけだ。

「ああいうのは見ていてウザいんだよ。昌子が許せば頭からブン殴ってやろうかと思ったわ」

 聞いているうちに、身体の奥から何かが溢れ出てくるような気がした。

 心臓の心拍数がドンドン上がっていく。血圧も上がっていく。身体中の神経が鋭敏になり、わずかな空気の乱れさえも感じ取れるようだ。

 そう、あの時と同じだ。自分が自分でなくなっていた、あの瞬間。

「来いよ、俺に敵うと思ってんのか? ああ?」

 久留米の発したその言葉を皮切りに、ついに俺は俺ではなくなった。

気づけば右手の竹刀を高く上げ、久留米の頭向かって全力で振り下ろしていた。

「ふんっ」

 さすがは野球部、読み切ったかのように竹刀をかわす。

 そのままバットを両手に持ち替え、右足を踏ん張りながら振り切ってくる久留米。ブンというバットの風切り音が俺の耳にまで聞こえた。

 考える間もなく身を屈め寸前でかわす。頭上5センチも無い高さを通過していくバット。

 曲げた足を伸ばす勢いで、竹刀を振り上げふたたび振り下ろす。久留米は素早くバットを引き戻し、細くなっている持ち手のところで俺の竹刀を受け止めた。

 そこからは時代劇さながらのチャンバラ状態であった。

 振りかざしては防がれ、振りかざされては防ぐ。竹刀とバット、お互いの武器を振り下ろすごとに攻守が入れ替わる。

 バットと竹刀が当たり、音が振動となって手へと伝わってきた。

しかし痛みは感じない。身体を操っているのが自分自身では無いからだろうか。音や感覚は感じるものの、どこか鈍くて乏しい。

そんな異常とも言える俺を感じ取ったのか、最初こそどこか嘲笑っていた久留米の顔もいつしか本気モードとなっていた。口をギュッと硬く結び、一撃一撃に対し全力をもって対抗してきている。

俺も久留米も無言でやりあっていた。足音、バットと竹刀の音、それだけが体育館に響き渡っている。

しかしさすがは野球部だ。いつやられるかわからないような鋭いスイングを幾度となく繰り出してくる。まったくと言っていいほど隙が無い。

そして自分自身も驚くほど善戦していた。

剣道部だった頃の感覚を身体が覚えているのか、それとも防衛本能からくる「火事場の馬鹿力」というやつなのか……

いや、あの状態だからだろうな。俺が俺でなくなる状態。「俺という人間」が身体を操っている状態。

「ぐうっ!」

 久留米にバットで押しこまれ、竹刀を使い思い切り返す。

 俺と久留米の間に、始まって以来の間合いができた。両方ともハァハァと肩で息をしている。

 その時だった。

『久留米! いるか!?』

 鋭い声とともに、入り口から丸刈り頭の男子が入ってきた。人数は2人、いずれも手には野球用らしき手袋をして金属バットを持っている。

 増援か……。しまったな。

「遅いぞ! 手伝え!」

 久留米の鋭い声が響く。

 3対1はさすがにまずい。しかもこっちは体力が切れかかっている。鈍くも伝わってくる感覚から、限界が近いことは明らかだった。

 頭が危険信号を発している。打開策は無いか? ステージに逃げるか? ガラスを使うか?

 目を離した一瞬の隙を狙い、久留米が突っ込んできた。足で床を蹴り上げて間合いを一気に詰めてくる。

 つい増援の動きを考えてしまい、受け身をとってしまう。押しこまれた格好となってしまった。

 足音が分かれて近づいてくる。

 もうダメか。反射的に目を瞑う。

「がはっ!」

 その時、丸刈り頭のうめき声が聞こえた。

直後にゴンという人が倒れる音が続く。何が起こったのかわからないが、丸刈り頭が倒れたらしい。

 様子を探ろうと、ふたたび目を開けた。

「後ろは私がやるわ。あなたはそっちに集中して」

 久留米の向こう、久遠だ。長い髪をたなびかせながら、久遠が俺を見つめていた。

 久遠はすぐに目を切ると、襲い掛かってきたもう一人の丸刈り頭を飛び膝蹴りで仕留める。鈍い音を立て倒れこむ丸刈り頭。すかさず針を取り出し、首筋へと刺し込んだ。

 動けなくなる丸刈り頭。

 来てくれたのか。来ないと思っていたが、このタイミングで出てくるとは絶対狙っているだろ。いいぞもっとやれ。

 目の前では久留米が苦虫を噛み潰したような顔をしている。助けに来たはずの増援が女子一人にしてやられ、使えないやつらだとでも思っているのだろう。

 俺は久遠にそう思われたくない。ここは俺がケリをつける。

 俺という人間も同じ意見だったらしい。

 受けの体勢から竹刀に力をこめ、久留米をバットごと押し返す。

 突然の反攻に驚いた久留米だが、一瞬の間の後すぐに力を掛け押し戻してきた。ちょうど中間で両者の力が拮抗する。

 今だ!

 俺は竹刀を握る力を抜き、そして手を竹刀から離した。

 信じられないとばかりに引きこまれる久留米。

 腰を落として身を沈め、目の前に落ちてくる右肩を強く握りしめた。久留米の身体を背中で持ち上げると、体重の抜けた足を払ってバランスを奪う。

「うおおおっ!」

自由を失った久留米を、身体全体を使って思い切り投げ飛ばした。

ドンという重苦しい音が体育館を走り抜ける。

 決まった。体育の授業でもやったことのなかった、一本背負いが見事なくらい決まった。

「ううっ……」

 自身のバットが下敷きとなり、背中を強く打った久留米は苦しそうな表情を浮かべている。

 それに情をかけることなく、すかさず久遠が右肩へと針を刺した。

 目を見開き自らの肩へと視線を移す久留米。動こうとしない右肩に焦りの感情すら見えていた。

「動かないほうがいいわよー。大切な右腕が使えなくなるかもしれないから」

 棒読みにも聞こえる声で久遠が言う。

 これで久留米の動きを奪った。さっそく久遠がポケットから誓約書を取り出す。

「あなた、朝霧さんのいじめに関わっているでしょ?」

「……」

 久留米は無言のままだ。胸を上下に動かし、息を弾ませたまま天井を見つめ続けている。

「もう関わらないと約束してくれるかしら?」

「……しないと言ったら?」

 久遠が刺している針へと力をこめた。見てもわからない程度の押し込み量であったが、本人は痛みを感じるらしく顔を苦しそうに歪ませている。

「この右肩が使い物にならなくなるけど、いいかしら?」

 こ、こんなことで……。と久留米が呟いた。

 ああ、あんたにとってはこんなことだろうな。だが朝霧からすればこんなことでは済まされない。

 友達を失いたくないがために、犯罪にすら手を染めてきたのだ。それを嘲笑うようなやつに、こんなことと片付ける資格は無い。

「くそおっ!」

 久留米の声が体育館中にこだました。


「ありがとうございました!」

 笑顔で部室を去っていく朝霧。数日前までの暗さは消え去り、荷が軽くなったかのようにスキップしていく。

 朝霧が見えなくなると、久遠はファイリングした誓約書へと目を落とした。署名の横には鮮やかな色の血判がしっかりと押されている。

「一件落着、か」

 クラスでも笑顔を取り戻した朝霧。牧本や熊谷から脅されている様子も無いし、クラス内でも上手くやっているように見えた。

 俺はといえば、急に身体を酷使したためか全身が筋肉痛だ。おまけに牧本や久留米からの視線が痛い。どうやら俺はクラスの人気者となったらしいな。やったね。

「そうね。でも……」

 立ち上がり、戸棚へとファイルを戻す久遠。

「私たちのやっているのは、あくまで対症療法よ。いじめを根治させるものではないわ」

 それはわかっている。

 おそらく朝霧に対する目は正直なところ変わっていないだろう。もしかしたら以前よりも悪化しているかもしれない。

 だが今回はそれでいいと思う。

 例え一瞬でも、わずかな合間でも平和な日常を取り戻せるのならば無駄なことでは無い。いじめに怯え、視線を気にして過ごす生活はして欲しく無いからだ。

 それでもいじめが再発するのなら、また俺たちが出れば良い。

綺麗な手段じゃないのはわかっている。だがいじめに対抗できる方法が限られている以上、行使できる立場にいるならば出し惜しみする必要は無いと思うのだ。

「あなたは根性だけはあるのね」

 意外な一言に思わず振り向いた。

 久遠は表情を変えること無くこちらを見つめている。

「久留米と決闘をするという提案をしたとき、もしかしたら受け入れてもらえないかと思ったわ」

「断っても突き付けてくるだろ」

「でも最終的に受け入れたのはあなた。そして見事に勝った」

 まあ勝ったのは俺じゃないな。正しくは「俺という人間」だ。

 あれが何なのか、今でもわからない。特定の条件下で出現する、もう一人の自分といったところか。

 頼りになる反面、いつか暴走を起こしそうで怖い。もしそうなったら、俺は止めることができるのだろうか。

「今回は認めてあげる。でも、次から無理は厳禁よ」

「わかったよ」

 中身の無い返事で返した。

 窓を開けると風が入ってくる。柔らかで心地の良い春の風だ。

 グラウンドから聞こえる運動部の声、東館から聞こえてくる吹奏楽部の演奏……

 慌ただしかった俺にも、日常が戻ってきていた――

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