4 くいいる少年としたづみマスター
嘘をついた罰のように苦いコーヒーを飲みながら、少年は全てを語った。
――生まれ育ったアイルランドの田舎が嫌で、家出同然に出てきたこと。
――料理人になると啖呵を切ったせいで、帰るに帰れなくなったこと。
――ロンドンに着いたはいいものの、どこにも雇ってもらえなかったこと。
――レストランの皿洗いで、どうにか食いつないでいたこと。
――アイルランド訛りを、どこに行ってもバカにされ続けたこと。
どれもこれも、言葉にしてみれば笑ってしまうほどに典型的で、平凡で、つまらないアイルランド人の出稼ぎ労働者の姿だった。惨めで無様で、泣きたくなりながらも少年が話し続けたのは、マスターが笑うでもなく時折うなずきながら聞いていてくれたからだった。
「それで、このままじゃやっぱりダメだと思って……戻ってきたんだ」
少年が話し終えると、マスターは軽くあごを引いて、それからグラスを差し出す。いつの間にか淹れられていた冷たいアイスミルクティーは、長々と喋った口を優しい甘みで満たしてくれた。
「ずいぶんといい顔になった。話したことで、すっきりしたのではないかね?」
「あ……はい」
マスター自身もアイスミルクティーを楽しみながら、渋い笑みを送ってよこす。
「実のところ、僕もアイルランドの生まれでね。訛りをバカにされるのが悔しくて、若いころは必死になってキングズ・イングリッシュを練習したもんだ」
少しだけ訛った口調で、マスターが言う。
「料理人志望だなんて言っても相手をしてもらえなくてね。皿洗いやウェイターをしながら客の残したものをこっそりつまんだり、数少ない休日にはなけなしの給金をはたいて食べ歩いたりしたものだ。今となっては全てが懐かしい」
そんなマスターの言葉に、少年はようやく理解する。
結局のところ、自分は本気で料理人を志してはいなかったのだと。
「あの……厚かましいお願いなのはわかってるんだけど」
「なにかね?」
そして、ようやく願うことができた。
見返すためではなく、ただなりたいがために、料理人を目指すことを。
「俺を、貴方の弟子にして下さい!」
少年とマスターの、それが出会いだった。