合コンは漆黒の忍び
「白井大海原です。よろしくお願いします」
白井は対面の女たちを前に、つたない自己紹介を終えた。
自己紹介……。あまり得意な作業ではないが、無難にこなすくらいなら他愛ない。
白井の自己紹介が終わると、続いて、ソファーの右端に座る女が口を開いた。
「蜘蛛隠みち子です。趣味は、街でターゲットを定めて半日尾行することです」
……
白井にとって、これが人生初の合コンだった。
ここ数日、寮で一緒に食事する機会の多かった男から合コンの誘いがあった。
彼は、名前を相撲久遠座魚太といった。
寮の食事で隣になった時、彼は白井に言った。
「俺のことは基本、久遠魚太だと思ってくれ。面倒だからな。ところで今度、くのいち連中と合コンするんだけど来ないか?」
「行くぜ」 白井は二つ返事で乗っかった。
三対三の合コンなのでもう一人要る、ということで、たまたま近くに居た青木を誘った。
彼は人見知りを理由に参加を渋っていたが、「まあまあ、いいじゃん」という久遠の曖昧な説得に押され、参加することになった。
……
「夢影虹奴です。最近好きな芸人さんは、甲賀亭まきびしです」
「わかるでござる~」
隣のくのいちが、棒手裏剣でカクテルをかき混ぜながら言った。彼女は名前を『内田裕也子』といった。
カラオケボックス内は淡い照明で、よもすれば、一瞬の内にくのいち達を見失ってしまいそうだ。
彼女らはドラマで見るような黒い忍装束を着ていて、明らかに普通とは違った。忍びの森学園の徹底した教育が見て取れる。
部屋に設置されているモニターでは、流行の芸能人が歌手にインタビューをする映像が延々と流れていた。
白井は念願の合コンデビューに緊張していた。
「じゃあ、とりあえずみんなお酒持って」 久遠が言った。
皆、自分の前にある飲み物を持った。
夢影虹奴だけは酒が飲めず、オレンジジュースだった。
「今日はね、まあ別に男女のそういうんじゃなくて、みんなで楽しく盛り上がれたら良いと思います。じゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「ニンニン!」
乾杯が済んで、久遠は率先してみんなの会話をまとめた。
青木は酒を飲みながら食べ物に目をやり、会話には興味を示さなかった。
白井は、くのいちの食い付く話題という物を探していた。
久遠は話題を、好きな芸能人、好きな歌、好きな映画、好きなタイプの男という風に回した。
みんなああだこうだ言って盛り上がっていた。好きなものの話をさせるのが、久遠という男の手法らしい。
「みち子ちゃんは好きな芸能人っているの?」 久遠が言った。
「クリクラのCMやってた中国人双子姉妹かな☆」
「夢ちゃんは映画好き? どんな映画が好きなの?」
「私が好きなのは、『くノ一忍法帳 極楽観音開き』ですね」
「裕也子ちゃんの好きな男のタイプってどんなの?」
「まきびしを撒きすぎない忍者でござる」
久遠は相手の答えに対し、マメにへえへえと頷いた。うっすらと汗すらかいていた。
白井と青木は静観していた。
「手裏剣の上手い人は私達の世界ではモテますよ」 みち子が言った。「手裏剣上手は床上手っていう言葉もあるくらいですし」
「吹き矢もグッとくるよね」 と、夢影虹奴。
「ああ~、そうだねえ」
「葵稲津魔先輩は吹き矢の飛距離が五十メートルに達すると耳にしたことがあるでござる」
「マジで? 相当遠距離から敵方の殿様を狙えるじゃん!」
「あ、そういえば私、この前の戦場で鎖帷子を忘れて行っちゃって、途方に暮れてたの。そしたら偶然居合わせたフランスの忍者に鎖帷子を肩からかけてもらってー。もう痺れちゃって毒草飲まされたのかと思ったわ」
「あはは! でもやっぱり異国の忍者はジェントルね!」
「うん。関係ないけどセグウェイって最初ジンジャーって名前だったよね」
「左様でござるな」
「そのあとドクター・中松がニンジャーっていう乗り物風の靴をうんたらかんたら・・・」
ついに久遠も手が付けられなくなり、男共は会話に入れずに食べ物をつまんでばかりいた。
白井は、『異国の忍者って何だよ』と思ったが、黙っていた。
久遠の顔には焦りの色が濃くなった。白井と青木を誘った手前、幾ばかりかの責任を感じているのだろう。
「ああ、そうだ! 折角カラオケなんだし、歌おうか!」
唐突と思えるタイミングで、久遠は言った。
「いいね。歌いましょう」
「白井から時計回りでいいか」
唐突で参ったが、ともかく白井は歌を予約した。彼は、特撮物の主題歌を歌った。
続いて、青木は古いフォークソングを歌った。どちらも反応はイマイチだった。
夢影は桜組 (中国人双子姉妹) の歌をうたった。
みち子も同じ桜組の歌をうたって、裕也子も桜組の歌をうたった。
久遠は流行の歌をうたった。総すかんだった。
白井は昔のアニメ主題歌を歌って、青木は有名な洋楽を歌った。
そして夢影が桜組 (中国人双子姉妹) の歌をうたったところで、久遠が「もう歌はいいよね」と言い、カラオケを中止した。
「ゲームしようよ、ゲーム。お互いの内面が知られるかもしれないしさ。はは」
ボックス内で唯一、久遠の笑い声が響いた。
しかし皆、その提案に乗った。
なんだかんだで、もうすっかり夜。皆アルコールは数杯空けている。
確かに盛り上がっちゃいないが、ゲームで楽しむには最悪のタイミングというわけでもないだろう。
「あ、何も用意してなかったな……。王様ゲームでもいいかな?」
久遠は弱気になっているようだった。
彼は、この会が大失敗になることだけは避けたいようで、その必死の様子を目の当たりにした白井も、心で声援を送った。
「南蛮由来のゲームはちょっと……」 くのいちが渋った。
「じゃあ……殿様ゲームは……?」
「殿様ゲーム? いえーい!」
先っちょに色を塗った割り箸が用意された。
「殿様だーれだ!」
「それがしでござる」
「あ、裕也子ちゃんかー! じゃあ、番号と命令言って」
「そうでありますなあ……。では、二番と三番が○○区の悪代官の屋敷に忍び込み、先日盗み出された巻物を取り返してきて欲しいでござる」
「あ、私二番だ」
「私三番~☆」
「では頼み申したぞ!」
「御意!」
「御意!」
サッ!
サササッ!
部屋から二人の姿が消えた。
内田裕也子と男メンバーが向かい合った。誰も、何の言葉も無かった。
「じゃあ、どうしようか……」 久遠が言った。
裕也子は男三人を見回し、ポケットに手を突っ込んだ。
「ふふふ……。残念ながら、終電でござるよ。これにて……ドロン!」
彼女が素早く手を振り下ろすと、大量の煙が部屋に渦巻いた。
扉から誰かが出て行く気配がした。
程無くして、ジリリリとけたたましく音が鳴り、天井のスプリンクラーから水が降り注いだ。
ベルの金属音と放水の雑音に塗れて、
「なんかごめんね」
と弱々しい声が聞こえた。
白井にはそれが、久遠の声であると認識できた。