ディスカッションは灰色の調べ
いつもと違う教室は日当たりの良い、ワックスの匂いが残る部屋だった。
長テーブルが長方形に組み合わされ、周りに生徒が座った。
教授である本堂ヤマブキは教室の奥、長方形の短い辺、その真ん中に座っていた。
間もへったくれも無く、話しを始めた。
「ええと……。前回の授業でヒーローの心得を勉強しましたが、今日はその議題で皆さんに討論をしていただきます」
対角にいる白井大海原には、その声は聞き取りづらかった。
彼は教室を見回し、見慣れてきたクラスの面々を確認するように眺めた。
ささやきが重なって、一枚の雑音となっている。ノートやレジュメを捲る音。椅子を引く音。咳払い。
ブラインドから零れ出た日の光が、無限に舞う埃を見事にライトアップしていた。
みんなノートを開いて、自分たちなりの正義を卓上に広げた。
「それでは始めましょうね。まず……」
教授は話し始めた。
「過去、『英倫 (英雄倫理委員会)』 で問題になった事例を紹介します」
教授はプリントを配った。
全員に行き渡った。
白井はプリントに目を通した。
プリントには、ある事件の詳細が書かれていた。
【赤レンジャー、忘年会悪ノリ事件】
『某赤レンジャーAは○○年年末、レンジャー忘年会に参加した。
そこで彼は、ビール三杯と焼酎四杯、梅酒、ハイボールを飲み干し、泥酔状態になった。
赤レンAは、他のレンジャーの赤、Bに絡み、
「俺の方が赤い」 「おまえはむしろ朱色だ」
などと言って挑発した。
また、某モモレンジャーに向かって、古い戦闘用スーツを十万で売ってくれなどと言い、しつこく付きまとった。
見かねた博士CとDが赤レンAを取り押さえ、博士Eが睡眠剤を赤レンAに打った。
赤レンAは後日、英倫に審査にかけられ、
「一年間の給料30%カット及び、半年間の赤レンジャー降板」
という罰則が下された。』
おおよそ、プリントの内容はこのようなものだった。
「この罰についてどのように感じたか、ということですね。軽いのか重いのか」
教授はずり落ちるメガネを押し上げた。
「えー。意見のある人はいますか」
「はい」
女が手を上げた。
そのピンと伸びた手を見て、皆、彼女が例の 『善人悪人チョイス無双』 をやった女だと直ぐに分かった。
「じゃあ、あなた。名前は?」
「近藤魯李珍灰子です」
その自己紹介に皆度肝を抜かれた。
「では近藤さん。この処罰をどう思いますかね」
近藤は深呼吸もせず、その神経の太さをまざまざと見せつけた。
「どう考えても軽いですね、この罰則は。全く女性蔑視もいい加減にして欲しいわ。大体、世の中の悪しき物はほとんど男によって作り出されているし、戦争をおっぱじめようってのも男じゃないですか。そりゃあ文明の発展と言う面では戦争や男の力が必要だった部分もあるかもしれませんけど、そもそもそんなに急速な文明の発展が必要だったのかどうかも疑問ですしね。実際、強引に進歩を加速させたもんで、あちこちで衝突事故が起きていますからね。女だったらもっと慎重にことを進めますよ。まあ、女の中にも人を蹴落とすことでしか自我を云々かんぬん……」
―― 10分後 ――
「……ということで、この赤レンには、 『手足を縛ったうえ、からしを全身に塗ってサウナに放置。その後島流し』 の刑が妥当だと思います」
「ありがとうございました。では、他になにかある人」
本堂教授は、今の十分間を無かったことにしようとしているようだった。
一方で、近藤は満足気にどっかりと腰を下ろした。
一人目にして
手を挙げた生徒が居た。細めの印象を受けるが、実際はガッチリしていそうな男だっだ。
「はい、きみ。名前は?」
「青木です……。僕の意見は、その、この罰が特別重いとは思いません。お酒の席なので……」
「酒が言い訳になるのかしらね!」
女からの野次が入った。
青山は続けた。「ええと……。つまり、一度目なら、この程度の罰で良いと思います。ええと、まあ、二度目からは本人の自覚がなってないと言うことで、もっと厳罰を食らっても仕方ないと……」
教授が合図を出して、青山は座った。
近藤の、眼力でかすり傷一つでも付けてやろうという憎しみの眼差しが、青山の精神を削ぎ落とした。
二人の演説が終わると皆、この論議に気持ちが入り、本格的なディスカッションとなった。
例題が悪かったせいで女対男の色が強かったが、それに終始したと言うわけでもなかった。
「他のレンジャーを蔑視するのは、戦隊系のヒーローとして最悪な行為ではないのか」
「赤ならば、多少の負けん気やプライドが無ければいけない」
「セクハラなんてヒーロー以前の問題、社会人としてのモラルがまずなってないじゃない」
「泥酔するまで飲ませていた周りには問題は無いのだろうか?」
「半年後に赤に戻って、前のようにリーダーシップが取れるのか?」
「男尊女卑を推し進めるつもりならタイマン張るわよ!」
みなそれぞれに熱くヒーローのあるべき姿を語った。
そしてその話題が煮詰まってくると、中盤から、『ヒーローがやって良い事の境界』という話に移った。
教授が議論の口火を作った。
「では合コンはどうだろう? ヒーローとして出席して良いものか」
「合コンは良いんじゃないですかね」 アゴの出た男が言った。
「いやあ、どうだろう……」 妙なヘアカラーの男が言った。
「楽しむっていう目的なら良いんじゃないかな。ストレスはどこかで発散しなきゃ、さっきの赤レンみたいに爆発してしまう可能性がある」 首の太い男が言った。
「なるほどね。参加するだけなら良いかもね」 茶髪で肉付きの良い女が言った。
白井はどうも、こういった話し合いに割って入るのが苦手だった。
彼は腕を組み、ただ議論の流れを注視していた。
「じゃあ、何をしたらダメなんでしょうか。カラオケは?」
「カラオケは良いと思います。水木一郎さんとかも、カラオケ好きそうですし」
「あの人別にヒーローでは無いけどね。やっぱりゲームなんかはちょっと……」
「第一印象ゲームはどうかな?」
「なにそれ?」
「王様ゲームは?」
「ダメね」
「山手線ゲームは?」
「お題によるよ」
「せんだみつおゲームは?」
「あれの面白味が分からないよ」
「食べ物とか頼むタイプ?」
「俺はポテトを頼むね。から揚げとか」
「居酒屋じゃないんだから」
「私はピザ頼むわ」
「僕は飲み物だけだね」
「ハニートーストは欠かせないぜ」
「採点はする派よ」
「ミスチルは外せないぜ」
「エコーは少なめで頼むぜ」
「トイレ行くタイミングは考えてほしいぜ」
「洋楽歌われてるときどんな顔をしたらいいんだぜ」
「やんややんや」
「やんややんややんや」
「やんや」
「やんや?」
「やん、ややんや!」
「や、やんや」
「やんややんや?」
「やんや……」
…
……
………
白熱授業は大詰めを向かえた。
自然と議論のまとめ役となっていた長身の男が、机に手を付いた。
「ということで、『アイコンタクトは揺さぶり、ボディータッチは本腰』という結論に落ち着きました」
拍手が起こった。
皆、晴れやかな顔をしていた。
教室を照らす陽はオレンジ掛かり、もう数分でチャイムが鳴る。
しかし白井は違和感を覚えた。自分たちは何か、間違った結論を導き出してしまったのではないだろうか?
彼は、まとまって一つになった教室の空気を破り、ゆっくりと手を上げた。
「はい、きみ。白井君」
教授が白井を指した。
クラスが半ば唖然としたように白井を見た。
ここに来て何を言おうってんだ? そんな顔が白井のほうに向いた。
彼は立ち上がり、言った。
「アイコンタクト云々の話はいい。俺はまず合コンがしたいぜ!」
本堂教授が立ち上がった。
「ライダー・フラーッシュ!」
ピカーッ!
「「「ひゃ~~~」」」