一時限目は黄金色の輝き
【一時間目 ~ヒーローの心得~】
白井大海原が教室の長椅子に腰掛けた時、まだ生徒は三人きりだった。
彼よりも早く来ていたのは、一番前の席で予習をしている短髪の男と、三列目の右端の席でサンドウィッチを食べている中柄な女だ。
もしかしたら、入学早々ほとんどの生徒が辞めてしまったのかもしれないと心配になったが、その後の十五分間でぞろぞろと数十人の生徒が教室にやってきて、席に着いた。
キッチリと間隔を置いて座る生徒たちは、ある意味での強調性を見せている。友達同士で入学した人間が少ないのは、ここが普通の学校とは違うからだろうか。
スーツ姿の教授が入ってきた。初老というには勇ましすぎる立ち姿は、昭和の軍人を思わせた。加齢で細身にはなっているが、手元、首元には武骨な面影が残っている。
教授は自己紹介した。本堂ヤマブキ。印象通り。しっくりきた。
出席が取られ、教材が各々の机の上で開かれた。
「今日は、ヒーローとしての心得をお話したいと思います」
数十の沈黙が揃う中、その低く震える声はコンクリの教室に反響して皆の意識を突いた。
「えー。皆さんはついこの間まで普通の学生だったと思います。学校とは教養を得るための施設であると共に、社会性を身につける場でもあります。たまに、態々高校に入学し、在籍しておきながら、先生の指示に従わなかったり、授業に出ないなどの方法で悪を表現する奴らもいます」
教授は角ばった鼻の上で度々ずり下がるメガネを押し戻した。何度も何度も、押し戻した。
「社会でも、態々目に付くところまで出てきて悪を働く者がいますね。怪人もその一種と言えます。つまり、学校とは良くも悪くも社会の縮図であり、その経験を踏まえた上で授業に身を置いていただきたいと思います」
ね……眠い。
淡々と授業が進む中、大半の生徒が眼を虚ろにさせていた。
みんなの頭を小鳥がピヨピヨ。ピヨピヨピヨピヨ。みんなの小鳥は飛ぶのにも疲れ、肩の上にとまっておやすみなさい……。
とその時。
「ライダー・フラーッシュ!!」
教授が叫んだ。
「「「ヒィー!!」」」
突然、強烈な閃光が教室を包み込んだ。
光の発生源は、仁王立ちしている教授のメガネだった。
その光を食らった生徒たちは目を覆い、机に突っ伏し、その恐怖が一刻も早く去ることをただただ祈った。
白井は、胸ポケットから黒レンズのサングラスを素早く取り出し、掛けた。サングラス越しでも充分に目がチカチカして痛かったが、格好付けて装着した手前、我慢した。
「集中しないとこうだからね!」
教授は苦悶する生徒を一喝して、再び退屈な話を始めた。
目の眩んでいる者、気分の悪くなった者、失神している者の中で、白井は賢明に教授の言葉に耳を傾けた。
「そこの君」
そんな白井を見て、教授が指した。
「はい」
「サングラスを外しなさい」
「はい」
白井はサングラスを外した。
教授は教科書に目を落とした。
「では、教科書の十三ページを開いて下さい」
生徒たちが十三ページを開く。
「ここでは、正義の味方がやって良い事といけない事の線引きが書いてあります。ああ。ちなみに、この教科書はその昔、私が書いたものです。他にも何冊か出しているので、良かったら」
確かに教科書の著者名は 『本堂ヤマブキ』 とある。
教授の他の本を買うべきだろうか? 勉強には成るのだろうが、非常にお金が勿体ない。白井はその葛藤で、なかなか授業が頭に入らなかった。
生徒の骨ばった尻が痛んできた頃、教授は時計を見た。
「ああ、今日はもう時間なのでやめておきましょうね。今度の授業で、今日やったことを議題としてディスカッションしてもらいますので、各々復習して置いてください」
すると計ったようにチャイムが鳴って、教授は何一つ未練はないと言った感じで教室を後にした。
一人ひとり席を立ち、雑然としてゆく教室内で、白井は なんと無しに教科書を眺めていた。
ほとんど聞いていなかった十三ページに目を通すと、
『ヒーローがギリギリして良いこと・悪いこと』
という題名で例が示されていた。
【ヒーローとしてギリギリして良い事の例】
・飲酒。
・雑誌の立ち読み。
・エロ過ぎないフィギュアの収集。
・滑舌が悪いことを指摘する。
・食べ放題で元を取ろうと必死になる。
・ほとんどアマゾンでしか買い物しない。
・イカの踊り食い。
【ヒーローとしてギリギリしてはいけない事の例】
・人前で痰を吐く。
・企業のクレーマーリストに載る。
・妊婦だろうが席を譲らない。
・一度取った回転寿司の皿を戻す。
・コンビニのゴミ箱に家庭ゴミを捨てる。
・一個しかないトイレに三十分以上こもる。
・「フォー!」などと、わけも無く奇声を上げる。
白井は教科書を閉じた。
荷物をまとめ、バッグを持って、教室を出た。