卒業試験には紅の華 中編
景色は変わらず、山道は延々と続くようだった。
三人の口数は減って行った。三つの息遣いだけが耳につき、ハッハッと重なっては散らばった。
山という巨大な出っ張りからは、強力な意思を感じた。それは、捻じ曲がった者の卑屈さや意地悪さに似ていた。ただで帰してなるものか、という声が聞こえて来そうだった。
なぜ最終試験の舞台が山なのか、三人には、その意味が分かるような気がしてきていた。
行く手を遮る罠も、段々とその過酷さを増していた。
様々あった。例えば、大量のダミー蛇の中に一匹だけ本物いる地獄。大量ムクドリ糞害地獄。ベンチに座ったら壊れる雷様地獄。足湯って書いてあるのにお湯が張ってないガッカリ地獄。ブロンド美女から突然のビンタ地獄。わんこソバの止め方が分からない地獄。等々……。
執拗な地獄責めが三人を襲い、体力を奪っていった。
時計を見ると、十三時に迫っている。
そのとき、休憩地点が見えた。山を登り始めて、二時間近く。二ヶ所目の休憩地点だった。
山頂まで五百メートルという立て看板があった。
「ちょっとゴメン。私、ここで休んで行くわ……」
近藤は疲労困憊といった風に、屋根の付いたベンチに腰を下ろした。
無理も無いだろう。元々、彼女が体力面で劣ることは承知の上だ。ここまで、かなり無理をしていたのだろう。
「分かったよ。ここで帰りを待っててもいいよ」
「うん」
白井と青木は、ムクドリの糞に塗れた近藤を残して、先を急いだ。
『崖のずっと下のほうで、ひこにゃんが土に埋められようとしている地獄』を無視して先を進むと、先方には謎のプールが現れた。白く濁り、いかにも怪しい。
「また罠だろうな」 白井は言った。
「そうだな」
「避けて、横を通ったほうが良さそうだ」
「いや、あれを見ろ」
青木が指差した方を見ると、プールの途中にカプセルが浮いていた。どうやら、あれを取らなければならないようだ。
白井はその水を触ってみた。ドロっとした液体だった。
とその時、ガササッと頭上で気配がして、二人は上を見て身構えた。
一瞬、影が見えた。白井にはそれが、忍者のように思えた。
「なんだ……」
「刺客かもしれない」
首を上げ、木々をぐるり見回すと、影がサササと飛び交う。
思わず、尻餅を付いてしまいそうになった。
「おい。只者じゃないな……」
白井は疲労もあり、弱気になりかけていた。「どうしたらいい……」
青木は上方を見ようとはせず、注意深く辺りを見回していた。
「分からない……。先を急ぐしかないさ」
「そうだな」
「僕が先に行くぞ!」
青木は水に飛び込んだ。
ドロついた水……。彼は泳ごうとして手足をばたつかせたが、ペチペチ音がするだけで一向に前に進まず、そのままズブズブと沈んでいった。
「あ……青木!」
明らかに、青木は溺れていた。水中でもがいていたが、思うように身動きが取れないようだった。
彼は最後の力を振り絞って叫んだ。
「白井、分かったぞ。これは、『でんじろう先生の水溶き片栗粉地獄』だ! 素早く腿上げするよう水面を踏みしめれば渡りきれるはずだ!」
そして、青木は水溶き片栗粉に沈んでいった。
「青木ーーー!」
しかし悲しんでいる暇は無い。
三人の内、一人は休憩、一人は水溶き片栗粉の罠で脱落した。
さあ、後は俺が頑張るしかない。俺が何とかして、ヒーローの証を持ち帰るしかないんだ!
白井は『でんじろう地獄』を、素早い腿上げでホッホホッホと乗りこなし、中間地点に置いてあるカプセルを取った。そして、渡り切った。
渡り切った後で、頭上を飛び交っていたのは猿だと気づいた。
まあ、何となく分かっていたけどな。
一人になってしまった。
白井はカプセルを開いてみた。きっと、この山を攻略する重要なヒントがはずだ。
中には紙切れが入っていた。そいつを開いて見た。
『ゴールはもう直ぐだよ! ガンバレ!』
白井は紙切れを捨て。また歩き始めた。
遂に、『頂上』という看板が姿を見せた。




