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卒業試験には紅の華 前編



「今日集まっていただいたのは、他でもありません」


 教授の東郷は、生徒たちの顔を見回した。皆、二年間をともに過ごした、馴染みの顔ばかりだ。しかし、いつもと同じ顔は一つも無かった。

 緊張感が教室内を、皆の顔の筋肉を、張り詰めたものにしていた。

 本堂は、いつもよりも少々しゃがれた声で言った。


「皆さんには今から、卒業試験を受けてもらいます!」



………



 教授の高らかな宣言で始まった卒業試験。その内容の過酷さは、毎年の脱落率が物語っている。

 はなぶさヒーロー学園。その卒業試験方法は単純明快だった。


「皆さんには今から、ヒーロー山の頂上に住む仙人、『ヒーロー斎さま』に会い、ヒーローの証を貰って帰ってきてもらいます。制限時間は午後三時まで。四時から卒業式をするので、ダメそうなら直ぐに引き返さないと、卒業式を欠席扱いとなります」


 卒業式の欠席は避けたい……。誰もがそう思い、そう思うことが、卒業試験をクリアする上で心の負担となった。

 試験は、三人一組での審査になる。昔は五人一組だったが、これも少子化の影響といったところだ。

 白井はいつもの面子とチームを作った。青木に近藤。他の生徒たちも、気心知れたメンバーで集まっていた。


「それじゃあ、はい、スタートー!!」

「わーーーーー!」


 教授の合図で、皆一斉に教室を飛び出した。白井等もその勢いに乗って走り出したが、校門を出ると皆冷静になり、歩いた。

 歩きながら、考え事をした。このミッションを終えたら、クラスメイトとも離れ離れになるかもしれない。実際、既に近藤は就職の内定を貰っているらしい。

 白井は少々感傷的になっているようだった。

 彼は言った。


「俺は、何が何でも審査を通るつもりだ。もしも付いてこられないと思ったら、俺のことは構わず、引き返してくれていいよ」


 青木と近藤は、いつもと違う親友を、真剣さと戸惑い半分に見た。


「わかった」

「わかったわ」


 なんて物分りが良いんだ……。

 しかし白井はどこかで、一抹の寂しさを覚えた。

 寂しさ片手に、歩き続けた。

 そのうち開けた丘に出ると、ヒーロー山が見渡せた。こう見ると、感覚的に近いような気がするが、一度丘を下りて山を登らなければならないため、実際には楽な道程ではない。しかしまあ、二年間鍛え上げた身体をもってすれば、充分に乗り越えられるハードルだった。

 丘を下りた。山のふもとだ。


「ええと……。立て看板を見つけないとダメだ」


 卒業試験のしおりを手に、青木が言った。

 三人で立て看板を探した。程無く見つけた。立て看板の前には、数組の生徒たちが集まっていた。

 立て看板にはこう書いてあった。


『オーラに導かれし真実……』


「なんのことだ?」


 白井は首を捻った。


「暗号じゃないかな」


 青木は言って、うーんと考え始めた。

 白井も近藤も考えたが、何一つ浮かばなかった。


「ちょっとその辺を歩いてみよう」


 長閑な風景が続く。

 五百メートルも行くと、青木がそれを見つけた。


「あ、あれ。なんだろう?」


 山のふもとから広がる田畑。いくつか点在するカカシの中に一体、一際目を引く身形のカカシがこちらを見ていた。


「行ってみよう」


 ヒラヒラした紫色のドレスを着せられたそれは、午前の陽を浴びて乾いたワラのにおいがした。

 顔には濃いめのメイクがされ、金髪ロングのカツラが額から後ろに撫で付けられていた。いかにもオーラに精通していそうだ。


「これだよな……」


 青木はカカシを見て、山を見た。


「多分、こいつの向いている方向に真っ直ぐ行けば良いんだと思うよ」

「なるほどね」

「合ってるかは分からないけど……」

「でも、今は進むしかないでしょう?」


 近藤はコンパスで方角を確認した。

 三人は歩き出した。


 カカシの視線の先を辿ると山にぶつかる。外からでは分かりにくいのだが、そこには細い道が通っていた。三人は、その道に入って行った。

 山道は序盤こそ緩やかだったが、徐々に険しさを増していった。

 杭と板を打ち込んだ簡易の階段があったので、まだ獣道というわけではないのだろう。

 どんな関門が待ち受けているか分からない。緊張感を持ったまま、黙々と歩いた。

 山道を外れた斜面に、何か四角い箱が見えた。驚いた。コーヒーメーカーだった。あんな場所にコーヒーメーカー……。しかしその上を見ると、生徒が三人、網に捕らえられ、木に宙吊りにされていた。


「コーヒーメーカーに見せかけた罠か……」

「助けていく?」

「いや、あれ自体も罠かもしれないしな。自力で脱出できるはずだ。先を急ごう」


 試験中に一服しようと思ったのが、あいつらの運のつきだ。

 途中、誰かが落とし穴に落ちた痕があった。火薬のにおいがする個所があった。三人、慎重に先を進んだ。

 じきに、道なき道を進んでいるような感覚になってきた。


『ブウン!』


 砂袋が目の前を横切った。肝が冷えた。

 走って通った。

 前から、びっしょびしょの三人組が引き返してきた。ガタガタ震えながら、白井たちに、この先の難関を警告して去った。

 そこから百メートルも行くとそこそこ深そうな川があって、丸太を渡らねばならなかった。

 丸太はヌッルヌルだった。恐らくさっきの三人はこれを渡ろうとして、川に落ちたのだろう。


「どうしたらいいのかな?」


 近藤は不安気に川を覗き込んだ。

 川は、人間には無関心だった。流れ続けるだけだ。


「僕に任せてくれ」


 チーム一の頭脳派、青木が言った。

 彼は座禅を組んで、瞑想を始めた。

 白井と近藤は、その様子を静かに見守っていた。



 ポクポクポクポク……チーン!



「……よし、分かった!」


 青木は顔を上げた。


「先ず、裸足になろう」

「なるほど。分かった」


 アドバイスに従い、皆、裸足になった。

 そして次の指示を待った。


「それで、ゆっくり、慎重に渡ろう」


 それでゆっくり、皆、慎重に丸太を渡った。





 渡れた!





 頂上はもうすぐ!




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