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クリスマスは銀色の魔法




 クリスマスに雪は降らない。

 少なくとも、自分が生きて来た地域、人生の中では、一度も降らなかった。

 でも、それが何だっていうんだ。


 

 白井大海原はクリスマス・イヴ。単身スーパーマーケットに向かった。

 店内はクリスマス一色でBGMもお馴染みの物が流れているが、何が特別に安いというわけではない。

 白井は生鮮食品コーナーから順に見て回った。

 

「今日はクリスマスだわ……」


 大量に並べられたチキンの前で、少女に見えなくもない女の人が立っていた。少女じゃないとしたら、あの衣装は異常だ。

 ヤバそうな人がいるぜ……。

 白井はその雰囲気をいち早く察知し、チキンの前は回避して買い物を続けることにした。

 

 白井は鍋の食材を探していた。鍋って言ったら、なんだっけ? 肉、魚、野菜。肉は変な女が居て近付けないから、魚でも見てみようか。

 鮮魚コーナーに行くと、女が立っていた。

 白井はあることに気付いた。


「クリスマスだわ……」

「ちょっといいですか?」

「あら失礼」


 女は鱈の切り身を持ったまま、少し左にずれた。


「いえ……。あの、魔法少女のかたですか?」


 女は驚いたが、直ぐに気を持ち直して顔を作った。

 彼女はその細い右腕を顔の横に持って行き、小さな手の平を広げてポーズを決めた。


「そうだよ! 私、ベテラン魔法少女『スターフェアリー☆小山!』 この世の悪は、何が何でも許さない! 私の目が黒い内は!」


 その声のデカさに白井はうろたえた。鱈を片手にした、彼女のプロ意識。ベテランの凄みがあった。

 店内にいる全員に自己紹介を済ますと、スターフェアリー小山は、次はお前のセリフだとばかりに真っ直ぐ白井を見た。

 白井は小山のことを知っていた。彼が思春期真っ只中に活躍していた魔法少女だった。


「あの……何度かテレビで拝見したことがあります。僕は後輩の……」

「魔法少女に先輩後輩とかはないんだよ☆」

「そうでしたか。すみません」


 小山は笑顔で頷くと、「さあ、好きなお魚を買っていいんだよ!」と言った。

 なんだか妙なスイッチを入れてしまったのかもしれないな、と白井は思ったが、業界的には大先輩に当たる魔法少女に失礼な真似は出来なかった。


「好きなお魚を選んでいいんだよ!」

「え、ええと……。では鮭で」

「鮭だね! 一生懸命川を上って来たんだよ☆」


 白井は複雑な気持ちで鮭を手にし、「それでは……」と鮮魚コーナーを後にした。

 その後は惣菜のコーナーを見て回った。弁当を手に取って、さすがにこれは……と棚に戻した。


 その時だった。

 

「クリスマスに私は独り……」


 白井が思わず振り返ると、小山がかき揚げ丼ベ弁当を持って溜め息を吐いていた。

 その小さな肩は更に縮こまり、かき揚げ弁当を持つ手には全く握力が残っていないようだった。


「あの……」 白井は見かねて、声を掛けた。「大丈夫ですか?」

「別に、良いのよ……。昔はチヤホヤされたもんだけど、いつまでも少女名乗ってるのが痛々しくなって来ちゃうのかしらね……」

「そんな、リアルに悲しいこと言わないでくださいよ。まだあれですよね。若いですよね」

「20」

「ああ……。大丈夫ですよ」

「なにが?」

「なにって……」


 白井は言葉に詰まった。

 フワフワしたワンピースドレスを着たクリスマスに独りの先輩に、掛けられる言葉なんて無かった。


「何を買うの?」 小山が言った。

「食材を……」

「彼女と鱈鍋でもするのかしらね……」

「そういうわけじゃ……。でも、鍋はしますよ」

「へえ、良いわね。なに鍋かしら」

「闇鍋です」

「闇鍋ってわざわざクリスマスにするものではないよ! それに、闇鍋で鱈は普通過ぎる!」


 小山は鱈を棚に戻させて、白井を連れ回した。

 彼女は闇鍋の極意を語った。


「生で食べられないものはダメ!」

「鍋の味を決めてしまうものはダメ!」

「溶けてしまうものはダメ!」

「箸で掴めないのもはダメ!」

「食べられないものはダメ!」

「普通のものはダメ!」


 そうして、肉まんと姿のスルメイカとロングかんぴょうと少々のアルコールを買い込み、レジに向かった。

 小山は一緒にレジまで付いて来て、金なら腐るほどあるから半分出すと言って聞かなかった。

 結局割り勘で買い物を済ませ、感謝を述べて立ち去ろうとすると、小山は白井の前に立ちはだかった。


「ちょっと待ちなさい!」


 彼女はトートバッグから棒を取り出した。棒に付いた小さなボタンを押すと、カシャンと音が鳴って棒は伸びた。

 先端で銀色の星が光った。


「マジカルスターフェアリー!」


 その声に、白井は懐かしさを感じた。思春期の呼び水。あの頃と全く変わらない声色で、スターフェアリー小山は魔法を、少女たちの憧れを体現した。


「その闇鍋パーティーの、仲間に入れーろー!」





…………





「いらっしゃい」


 ドアから近藤が顔を見せた。猪知と青木の中にいるようだ。


「その人は?」

「先輩の魔法少女の人だよ。一緒にいいかな」


 すると魔法少女は手のひらを顔の横に持って行って、御近所迷惑な自己紹介をしたのだった。





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