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巨大ロボは赤色のスイッチ



 広大な敷地に学校校舎のような建物。

 その建物の一室で生徒たちは、特殊なグレーのスーツを着させられ、同じくスーツを着た教官の前に整列した。

 戦闘服に近いが、グッと地味なスーツの肌触りに戸惑いつつも、白井大海原は、今回の授業に並々ならぬ期待を抱いていた。


 巨大ロボの操縦は、大砲の発射と並んで戦隊の花形だ。戦隊ヒーローとして活躍していたとしても、巨大ロボの使用が認められるのは一握りのメジャーな戦隊に限られる。

 全生徒にとってこの授業は、夢の一端に触れられる、貴重な機会と言えた。


「注意事項を言います。メモに取ってください」


 教官は中年女性で、絞まった体をしている。細い目と低い鼻を、大きな口が支えていた。

 彼女は部屋の中央に置かれた堂々たる機械を、生徒に見せるように立っていた。

 実習はまず、室内でのシミュレーションを行う。この大仰な機械は、巨大ロボのシュミレーターなのだ。

 教官は注意事項を読み上げた。


「なにか異変があった時、この赤いボタンと強く押すと本部と連絡が取れるようになります。教習では私の無線に繋がるので、事態を落ち着いて分かりやすく伝えるようにしてください」


 教官は赤いボタンを指差した。


「「「はい」」」


 生徒たちは返事をした。


「その他、ロボットの制御に異常があった場合は、この赤くて四角いボタンが緊急停止装置になるので、これを半回転させてゆっくりと慎重に押してください」


 教官が赤くて四角いボタンを指差し、生徒が返事をした。


「「「はい!」」」

「それでも制御が利かずに身に危険が迫った場合、緊急脱出を行ってください。緊急脱出は、この良い感じの赤いボタンを、若干スライドさせながら押し切らない程度に押してください」

「「「……はい!!」」」


 シュミレーターは見たところ新品で、最新機器の洗礼された雰囲気があった。

 正に本物をそのまま移したような形になっていて、モニターは大きく、そこに映し出される画は実写と見紛わんばかりにリアルだった。


「まずこれで練習して、それから野外での実習に移りましょう」


 生徒たち二十人強は、一人ひとり体験操縦をするため、名前順に並ばされた。

 最初の生徒は青木だった。この授業にあって、生徒の中で一番テンションの低い男だ。彼が酔い止めを飲んでいるのを、白井は見ていた。

 青木はお願いしますと言って座ると、教官の指示に従って左手のレバーを上げた。

 画面が動き、グングンと視点が上昇した。大抵の建物よりも高く上昇する。

 どうやらシチュエーションは海岸沿いの田舎町。海洋系の怪人が巨大化したときのシミュレーションらしかった。

 青木は丸ハンドルを握り締めていた。


「気持ち悪いです」

「はい、足元のペダルを踏んで」


 すると、ゆっくりと、ロボは前進を始めた。操縦はだいたい車と同じ感じだな。白井は思った。

 右に海を見ながら、ロボは浜辺を進んだ。数百メートル前方では、『巨大上半身イソギンチャク男』が暴れている。下半身こそ人間だが、その奇怪な上半身を駆使して、国道に植えられたヤシの木を一本一本抜いて行っている。

 青木のロボは、上半身イソギンチャク男に向かってスピードを上げた。

 青木は、丸ハンドルの中央にあるミサイルのスイッチに手を添えた。

 今にも巨大怪人と対峙せんという時、突然画面が真っ赤になり、『BAD』という白文字が浮き出た。


「はいブー」


 教官が言った。


「足元に無鉄砲なサーファーが居ましたね。踏んでしまったようです。実践だったら業務上過失致死罪を着せられますから、充分に気をつけましょうね」


 青木の顔からは血の気が引いていた。冷たい汗が前髪を湿らせていた。

 最初からやり直し。彼は、人影に注意しながら進んだ。ヤシの木は怪人にどんどん抜かれていた。青木はグッとハンドルを握り締め、イソギンチャク男に接近した。

 巨大ロボは実際、戦隊の五人で役割分担して操る。青木がシミュレートしているのは、ロボットの前進後退などの基本的な行動と、トドメのミサイル発射など、核といえる操作だった。

 左右の腕が攻撃を繰り出す。青木はハンドルを握り締め、体のバランスを一定に保つよう尽力している。作業は地味だが、見ているほうも手に汗握った。

 充分に怪人が弱ると、早いことミサイルで仕留めなければならない。

 青木は透明なプラスチックの箱を押し開けた。小さな赤いスイッチが剥き出しになった。青木はそれを押した。するとロボットは動きを止め、画面中央に+の印が現れた。

 ハンドル操作で+を怪人にあわせ、ミサイルは発射された。


”ドカーン!”


「ギギギ、ギンチャクゥ~……」


 怪人は倒れた。最後にそいつを力いっぱい海へと放り投げ、シミュレーションは終了した。

 青木は汗だくで機械を降りた。ともかく、やってのけたのだ。

 同じようなシミュレーションを生徒全員が行った。みんな少しずつ異なる設定で行った。白井の時は雪原で、おばあちゃんが埋めた漬物を掘り出して食べてしまう迷惑怪人と戦った。

 全員のシミュレーションが終わり、教官は外を指差した。


「では皆さん外に出て、教習用ロボを使っての実習に移りましょう」


 皆ぞろぞろと校舎から玄関に向かった。それぞれが何らかの期待に胸を膨らませていた。

 外に出ると、ライダーバイクや防衛軍の車などが停めてあり、あるいは点検されていた。

 三、四メートルくらいある、そこそこ大きなロボットのモニュメントもあった。そのモニュメントを指差し、教官は言った。


「あれが教習ロボです」


 思ったのと随分違うな。白井は思った。

 他の生徒も同じようなことを思っていた。


「本物よりはだいぶ小さいけれど、コックピットの基本構造は本物とほぼ同じです。まあ小さいと言っても、見ようによっては大きいです。踏みつぶされれば死んでしまうので、事故には気を付けてください」


 教官は言った。

 確かに、見ようによっては大きいような気もする。巨大ロボ基準で考えるから、小さく見えてしまうのだ。

 実習はコースを一周。途中に障害物が置かれている、五百メートル程のコースだった。

 出席順で青木がロボに乗り込んだ。彼は自分の名字を恨んでいた。

 教官から説明を受け、重々しい戸をゆっくり閉めた。

 ロボは歩き出した。

 コンクリートを踏みしめる金属の足音がけたたましい。

 坂道を上り下り、一本橋を渡り、スロープをこなした。

 巨大怪人のマネキンが立っていた。セクシーYシャツ男のマネキンだ。

 セクシーYシャツ男は、シャツを水で濡らして乳首を透かせれば恥ずかしさの余り死んでしまうらしい。

 青木ロボは放水砲を構えた。

 ロボの動きは冴えなかった。

 教官は無線で細かく青木に指示を出していた。

 受信機からは、荒い呼吸と弱々しい返事が聞こえてきた。あいつは酔っているのだ。

 ロボは暴走気味に手足を動かした。


「今! ボタンを押すのよ!」


 教官は指示を出した。


「はい」


 覇気のない声を出し、青木はボタンを押した。


 生徒が固唾を飲んで見守る中、ロボは銃を捨て、仁王立ちになると頭頂部がパカッと開いた。かと思うと、そこから物凄い勢いで、イスに括り付けられた青木が飛び出した。

 彼は間違えて、緊急脱出ボタンを押したのだ。

 空高く舞い上がった青木は、白いパラシュートで空に小さな花を咲かせた。

 青木が着地するまでの数分間、皆首を上に向けていた。


 白井は、端々まで隙の無い青空を見上げながら、遠くない夏を予感した。




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