オリエンは桜色の時雨
寮への転入を済ませた。
そこは、学校から徒歩十分弱の場所にある、中規模のアパートだった。
『第二寮 ほほえみ』
十代の若者。白井大海原にとっては、初めての一人暮らしだった。
初日は手続き関係を済ませた後、部屋で筋トレをし、慣れない天井を見ながらのんびりした。
翌日は学校のオリエンテーションで、初めて生徒として単独、堂々と門をくぐった。
学校自体の規模は大きくないが、敷地は広い。校舎白く近代的できれい。それなりの威厳を示せるように出来ている。
銀杏の木が点在している。しかしメインは桜だ。桜並木はピンク色に染まり、生徒たちを校舎まで誘導する。俯いて歩く者。にやつく者。友達と喋る者。
彼ら彼女らと一緒に、まんまと誘導されて、白井大海原は一人桜の向こうの景色を見た。
「ということで、必須科目に加えて選択科目も充実していますので、期間内で色々見て回って下さい」
教室に座っている生徒たちはおよそ八十人から百人。スポーツは得意だけど勉強の方は並かそれ以下な男女が真剣に教授の話を聞き、資料に目を通す。
「教科書に関しては、各々購買の方で買って下さい。では、ユニフォームとタブレットを配ります」
ユニフォームとタブレット……。
その相反するような二つが、紙袋に入れられて一人一人に配られて行く。
隣の男たちが話しているのが聞こえた。
「タブレットって重いのかな? 筋トレに使えたらいいけど」
白井は、紙袋に入った学園のロゴを見て「ダサいな」と思ったが、心に留めて置いた。
紙袋をグッと持ち上げて見たが、それほどの重量は無かった。
腹筋に想いっきり叩き付ければトレーニングになるかもしれない。五万円がパーになるが。
オリエンテーションが終わり、皆一息ついて教室を出た。
白井は帰る前に、校舎を見て回ろうと思った。キレイな校舎は、数年前に建て替えられたものらしい。壁にはヒビ一つ無かった。空調が良く、自動販売機にはオロナミンCが並び、エレベーターには『教師専用』と張り紙がされている。
一階の購買では、既に教科書を求める生徒で一杯だった。白井も並び、必修科目のセットを買うことにした。
『ベーシックヒーロー教科書セット(一万八千円)』
外では上級生がサークルの勧誘をやっていた。
しかし、四年制大学に憧れる少人数の先輩たちが見よう見まねで頑張っているだけなので、全体として盛り上がってはいない。
この場合は桜吹雪が余計に悲しく映る。通りの良い声が天を駆けて行った。
「おねがいしまーす!」
同情心も湧いた。
幾つか渡されたチラシをそのままバッグに捻じ込み、白井は寮に戻った。
寮の時間管理はしっかりしているが、上下関係はそれほど厳しくない。
そもそも、基本的には同学年しか入っておらず、上級生は選ばれた一人だけがマナーなどの指南役として入居している。
有り難いことに、その先輩も鬼のような人物ではない。顔を合わせて見た限りでは……。
掃除をして食事を済ませ、部屋で紙袋の中身を出してみた。
ユニフォームは半袖・長袖のトレーニングシャツと、短パン。それに、灰色のツルツルした全身タイツだった。着てみる気にはならなかった。
タブレットは起動してみたが良く分からず、消し方も良く分からないので放置した。
サークルのチラシを見てみた。
『昭和レンジャー研究会』『平成レンジャー研究会』『歴代ライダー研究会』『ヒーロー必殺技を考える会』『ヒロインのコスチュームデザイン部』『巨大化怪人を……
翌日登校して最初に教えられたのは、タブレットのオンオフだった。
生徒の半数が、ホッとしたような顔をしていた。