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ジャングルは深緑の伝説 前編



「地底人に気を付けろ!」


 男が叫ぶと、参加者たちは身を竦めた。

 その声の威圧力は野獣そのものと言っていい。

 この講習の教授は『永久名誉ヒーロー』の肩書きを持つ男だった。

 全ヒーロー達の憧れの的である伝説のライダー。その名は、山岡白四やまおか しろしといった。


「いやあ、木漏れ日が幻想的だねえ……」


 落ち着いた場所に来ると、山岡は言った。

 白井は木漏れ日を見た。

 幻想的な風景だ……。



………



『憧れのOGと一緒に行こう。サバイバリングジャングル探検修行』


 短い冬休みを棒に振るための短期講習が発表されたのは、冬休みに入る直前、時期はもう12月の終盤だった。

 少なくとも、白井には魅力的な講習に思えた。OGと修行が出来るというのは、具体的で実践的なスキルに成り得る。

 白井は参加を即決した。

 教室の雰囲気で言えば、皆が皆乗り気という訳ではなく、帰郷や旅行を計画していた者や、ただ単に冬休みをサバイバル探検修行に潰されるのが嫌だという者も多かった。

 白井はいつものメンバー、青木や近藤を誘った。友達の久遠魚太にも声を掛けたが、参加したのは近藤だけだった。

 そして、その朝。冬休み、町の人間はコートで出かける陽気。十数人の生徒たちは、学校のシャトルバスで一塊にされ、名も知らぬ樹海の入り口で下ろされた。

 四時間のバス旅は充分に生徒たちを弱らせていた、不安と緊張感で胃が縮こまっていた。

 近藤は乗り物に強いらしく、到着後も、具合の悪そうな白井に向かって何かと愚痴を聞かせた。


「参加して当然なのに」


 青木や久遠の不参加を、彼女は快く思っていなかった。


「仕方ないよ。急に決まった講習だからな」

「両親の顔見るのと自分の未来と、どっちが大事なんでしょうね」

「親も大切だよ」

「来年会えばいいじゃない」

「それまでに体壊すかもしれないよ」

「病院で会えばいいでしょうが」

「死ぬかもしれないし……」

「そんなこと言ったらオマエが死ぬかもしれないじゃない。オマエもオマエも明日死ぬかもね!」


 近藤は突然クラスの同級生を指差して言ったので、ギョッとされた。

 そのとき、けたたましいエンジン音が迫ってきた。鬱陶しい知り合いは五百メートル向こうに居ても鬱陶しいように、遠くからでもけたたましいと分かる音だった。

 それはジープのエンジン音だった。ジープには、ジープの似合う骨太な中年男が乗っていた。


「やあやあ、諸君おはよう」


 男はジープを降りると、一人一人とやたら力強い握手を交わした。

 頭、モミアゲ、腕。全ての毛量がこの男を、男の中の男であると示していた。


「今日は参加してくれてありがとう。いやいや。僕はねえ、前々からこういう機会を望んでいたんだよねえ。なんて言うか、ワクワクしないかな? 若いこの、煮え滾る血潮のねえ、沸騰するような情熱っていうのが、どうかな、グッと来るよねえ」


 生徒たちは頷いた。頷くしかなかった。伝説のヒーローが、ヒヨコ以下の自分たちに向かって微笑みかけているのだ。一人も欠けずに頷き、そして、一人も欠けずに山岡白四の言葉を理解していなかった。

 唯一、二年生の参加があった。ベロバチョフ・四郎という、どうしようも無い二年生だった。

 四郎は白井に言った。


「君が参加するって聞いて、僕も特別に参加させてもらったのさ」

「そうですか」

「君に先手を取られてはいけないのでね」

「俺はそんなこと考えていませんよ」 白井は言った。

「ハハハ。冗談さ、まあ、気にしないでくれ。僕はこの講習でヒーローの何たるかを習得し、輝く明日へ飛翔するだけさ。ただ、飛躍するのに邪魔になりそうな枝を折って置くのも大事なのさ」

「そうですか」


 四郎は白井のことを、ヒーローのサラブレッドだと思っていた。が、白井には全く心当たりが

なかった。白井の両親は豆腐屋だったからだ。全く迷惑な話だ。

 点呼と注意事項の説明があった。

 説明の最中にベロバチョフ四郎が持病の喘息を発症して辞退た以外は問題なく、さあ出発となった。

 渡されたしおりにはスタート地点と目的地が記してあり、その一番上には 『幻の地底財宝に迫る!!』 という文字が威風堂々たるフォントで横たわっていた。

 地底財宝……。まあ、テーマがあったほうが面白いかもしれない。

 出発してから数十分のあいだは、ひたすら歩いた。

 生徒たちは山岡のデカい背中を追っていればよかった。

 見失いようが無かった。

 私語を言えるような雰囲気ではなく、みんな黙々と草木生い茂る獣道を歩いた。

 道なき道にも入った。蛭や虫に注意して進むが、奴らは必ず見て居ないときに足や背中や肩口に登っていた。

 山岡はGPSを確認しながら進み、時折生徒に声を掛けた。


「大地と一体になれ。そうすれば危害は加えられない。きみらが大地なら、虫も蛭も君らを這うだけだ」


 這われるのも勘弁だと皆思ったが、名言っぽいので感銘を受けたふりをした。

 だいぶ奥まった場所に着ていた。

 寒い時期だが皆汗だくで、見えない地底財宝を手繰り寄せようとしていた。


「……ハッ! なんだあれは!」


 突然、山岡が叫んだ。

 彼が指差す先は小さな崖になっていて、その向こうに何か、小さな白い箱のような物が見えた。

 山岡は先頭で崖を折り、強烈なペンライトを当てつつ慎重に箱に近付いた。


「そこで待っていなさい!」


 指示を出して、生徒を待たせた。

 生徒たちは皆、息を呑んだ。


「何かあったら直ぐ伏せられるようにしておこう」


 白井は小声で近藤に言った。

 近藤は頷いた。

 山岡は箱にまで行き着き、しゃがみ、中を調べているようだった。

 暫くしてから、山岡が生徒たちを手招きした。

 皆慎重に崖を下り、山岡と箱の元へ向かった。緊張感が生徒の息遣いに表れていた。

 しゃがんでいる山岡を取り囲むように、皆集まった。


「これはなんだろうなあ……」


 山岡が手にして居るのは、白い箱に入っていたと思われる、クマのぬいぐるみだった。

 なんだろうなあ、などとと繰り返しながらぬいぐるみを調べる山岡の真剣な表情に、誰も「くまのぬいぐるみです」とは言えなかった。


「おやあ?」


 山岡はぬいぐるみの背中に何かを見つけ、強く押すとカチッと音がした。


「もしかしたら、地底人の罠かもしれん」

『モシカシタラ、チテイジンノワナカモシレン』 クマのぬいぐるみが喋った。

「ハッ……! 伏せろ!!」


 生徒たちは伏せた。

 山岡は跳ねるように立ち上がり、素早く振り被ってぬいぐるみを投げた。

〝ブン!〟 と音がして、クマのぬいぐるみ史上かつて無い勢いで、それは空に消えた。


 ぬいぐるみの飛距離は、いまだ衰えぬ伝説のヒーローの偉大さを示していた




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