ルームメイトは黄色のスイーツ
回転寿司に行った。
白井大海原、青木勇次、近藤灰子。
年末、休みの日に青木の好きなアイドルのイベントに付いて行き、その帰りだった。
青木の好きなアイドルは『のどぼとけ隠し隊』という女装少年のグループで、当初白井と近藤は魂の奥底から青木を軽蔑したが、後半は一緒に楽しんだ。
勢いで買った関連グッズを片手に夕飯の相談をして、近藤が良い回転寿司を知っているということで、そこに向かった。
「ちょっと待って、友達誘っても良い?」
近藤が言ったので、白井と青木は「この子、友達が居たのか」と大いに驚いた。
二人が承諾したとき、彼女はもう携帯電話をいじっていた。
「ルームメイトなんだけど」
近藤は電話を掛け、話し始めた。
白井と青木の二人は何となくその様子を見たりしながら、電話が終わるのを待っていた。
直ぐに終わるだろうと思っていたら、なにやら近藤は友達と盛り上がっている様子だった。楽しそうに電話で話す女の横で、真顔の男二人は景色を見たり自分の携帯電話をチェックしたりしていた。
「うん。それじゃ、待ってるからね」
話が終りそうだ。
白井は携帯電話をポケットに仕舞った。
「はいはい。……うん。うん? そうなの? でも私が聞いた話では……」
白井は再び携帯電話を取り出して、そのまま五分待った。
近藤の電話が終わった。
先に寿司屋に行って、友達を待つようだ。
寿司屋はカップルやら家族連れやらが並んでいて、近藤が順番待ちのノートに名前を書き込むと、外のベンチで三人、近い将来について話をした。
二年生になると、自分の身の振りかたを考えなければならない。
多くの生徒は一般企業に就職し、選ばれた生徒だけが地球の平和を守る為の仕事に就ける。やりたいという熱意だけでは叶わず、素質が大きく物を言う世界だ。
「私は厳しいわ。揚げ物とか重いもの食べられないから、過酷な仕事が続けられる自信がない」
「体力的にっていうことか」
「でも、アスリートとかって、案外ヘルシーな物食べるじゃん」 青木が言った。
「そう? まあ、もし体力がダメでも、私は元々頭を使って物事を解決して行くタイプだったから、魔法少女みたいなことだったら出来るんだけど……。あれは純粋無垢な少女専用だからね」
「そうだね」
「うるせえ」
「年齢制限もあるしな」
「うるせえ」
「やっほー。こんばんは」
そのとき声がした。話は棚上げされて、三人の視線が声の主に向いた。
近藤の友達だった。
近藤の友達は背の高い明るそうな女で、挨拶がてらにモノマネを披露してくれた。
「オイッスー」
この芸に関しては完成度とネタの選択と観客のノリが悪く、あまり盛り上がらなかったが、なんとなく打ち解けて簡単に自己紹介を済ませた。
「猪知呉乃です」
彼女は言った。
ハスキーな声がその名前を際立たせていた。
「近藤様4名さまー」
呼び出しがあり、近藤一行は店内のテーブル席に案内された。
猪知は長い腕を生かして、皆の前に醤油小皿とお茶を並べた。
レーンの側に青木と猪知が座り、白井と近藤はいちいちあれ取ってなどと頼む羽目になった。
「ボタン押したらテーブルに下りてくるシステムができたらいいのに」
近藤が言って、白井はイカを頬張りながら頷いた。
白井は体育会系の強靭なアゴでイカを噛み砕き、飲み込んだ。
「色々考えたら実現は難しそうなシステムだけどな」
「真面目かよ」
寿司の食べ方には個人の特徴が出た。
青木はヒカリ物ばかり。白井は回ってくる物をランダムに選び、近藤はワサビがダメなのでタッチパネルで注文を取った。
猪知は、「私は寿司に対して本気だからプランは立てて来ている」と言って、そのプランを事細かに説明してくれた。
最初は脂の少ない赤身。次に白身。サーモン。トロ。次にエビや貝類を食べて、咀嚼で満腹中枢に働きかけるイカ。最後にシャリの多いウニ軍艦を食べてフィニッシュというのが、猪知のプランだった。
「なるほど効率が良さそうだ」白井は言った。
「全部食べたいからね。それに引き換え、プリンは少食なのに計画性が無いから、いつも店出た後にあれ食べておけば良かったーとか言って後悔するんだよね」
「プリン?」
「うん。プリン」
猪知は近藤を見ていた。
「プリン?」
白井は再度聞いた。
「あそっか。学校ではプリンって呼ばれてないんだね」
「もういいでしょ、あだ名の話は……」
「プリンなの?」
「プリンじゃないけどね……」
「近藤ちゃんは『マジカル少女・歌スター怒プリン姫』のファンだからね。プリンなんだよ」
プリンちゃんの注文した寿司が流れてきたので、猪知が華麗に皿を取って渡した。
近藤の顔色は青くなったり赤くなったりで大変そうだった。
「プリンじゃないけどね……」
二人は凄く良い関係に見えた。猪知には人間的な魅力があった。
四人打ち解けて、食べながらずっと無意味な話をした。例えば出身校のことだとか、芸能人のこととか、なんかの機器が壊れた話だとか、今度しようと思っている髪形だとか、どの店がどうとかいう話だ。
猪知はニートで、しかし悩んでいる様子は微塵も無かった。
「私は歌手か漫画家目指してるんだよね」彼女は言った。
青木はたまに猪知の胸元を見ていたが、悪気は無かった。
猪知は寿司プランの途中で腹がいっぱいになっていたが、本人は満足そうだった。
四人満腹で会計に行くと、「私が出すわ」と、緒知が金色に光るカードを出した。
近藤が、彼女の実家はたいそうな金持ちだということを教えてくれた。
ヒーローの卵三人がニートの娘に奢ってもらい、なんだか落ち着かずにいると、緒知は別れの挨拶にとモノマネを披露してくれた。
「アウッ! アウッ!」
大きく剥いた白目がキレイだな、と、白井は思った。
「何のモノマネ?」
「オットセイ」
挨拶を済ませると、近藤と猪知はタクシーでオートロックのアパートに帰り、青木と白井はボロの寮に帰るためバスに乗った。
暗くなった街を郊外に向かう。遠くの民家や街灯の光がゆっくりと移動して、それを木や山が遮った。白井はそんな景色を、じっと見ていた。
バスを降りると薄暗い山道を登った。
思えば、バスに乗ったときから今まで、二人は無言だった。
「楽しかったな」
白井は言った。
「そうだね」
それでまた、二人は無言で歩いた。
寮に戻ると、また明日と挨拶をして各々の部屋に帰った。
白井は持ち帰った荷物を広げた。
のどぼとけ隠し隊《もち肌TERUMI》のトレカとTシャツが出てきた。
今頃、近藤と猪知はフカフカの布団に包まっているのかもしれない。
白井は毛羽立った畳みに体を横たえた。
数編前からサブタイトルが苦しいです。お気付きでしたでしょうか……。