課外授業は鋼色の憧れ
「今日は突然だが、課外授業に行くことになった」
生徒たちは突然のことに動揺した。
教授は六十代の男。名前をムテキンダーといった。
ムテキンダー教授はサイボーグ型の教授で、見た目は限り無くロボットに近い。最近ではモラル上の関係で、人間をサイボーグ化させる許可が下りない。教授は、ほとんど最後のサイボーグ型ヒーローと言って良かった。
スーツを着てはいるが、顔面を含めた肌の部分は全てメタリックに出来ている。
「それと言うのも、今日、この近くで怪人とレンジャーの戦闘が行われることになりそうなんだ。滅多にないチャンスだ。見学に行かせてもらおう」
白井大海原は勿論、このような機会を心待ちにしていた。本物のレンジャーの先頭を目の当たりにできるなんてチャンスは滅多にない。子供の頃見たレンジャーと怪人の決闘は、規制線が張られて遠くからしか見ることが出来なかったし、決着も早かったように記憶している。
「先生!」前の席の生徒が言った。「どうして、近くで決闘が有るって分かるんですか?」
「良い質問だな。実は都内には、戦闘が許されている場所とそうでない場所がある。我々は、怪人が町で暴れていた場合、その戦っていい場所、『ヒーロー及び怪人による戦闘許可区域』に誘導しなければならない」
「どうやって誘導するんですか?」
「博士が区役所に届け出て、許可されたら怪人も移動しなければならないことになっている。悪の組織にとっても、そこを破って国に睨まれたら都合が悪い。それで時間を決め、現地で落ち合ってから戦闘の流れになる」
思った感じと違うな。白井は思った。他も皆、そんな風な顔をしていた。
「みんな、思ったのと違うという顔をしているな。でも、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘を思い浮かべて欲しい。武士道に適っているのだと考えると腑に落ちるのではないだろうか」
ないだろうか、というフワッとした締めでもって、教授の鋼の肉体は凛々しく静止した。
その立ち姿を見ていると異論反論は出しづらく、生徒たちは納得するしかなかった。
「ではノートなどの最低限の物を持って、外に出ましょう。付いて来てください」
ウィウィ、ウィーン。
その背中に、生徒たちは付いて出た。
…………
ウィウィーン。ウィーン……。
お……遅い……。
ムテキンダー教授のロボット的なノロノロ歩きのせいで、後続の生徒たちはペンギンのようになった。
わざわざ改造されてるのにあのスピードかよ、と口に出してしまえば今のご時世、差別だと糾弾されて退学に追い込まれるかもしれない。それに恐らく、あの鋼の肉体が原因でゆったりとしか歩けないのだろう。
白井が諦めてよちよち歩きに徹していると、後ろから久遠の声がした。
「先生。もう少し早く歩けませんか?」
図太い人間が一人いると、たまには、周りは助かることが有る。
久遠の声に教授はウィーンと振り返り、「すまんすまん」と言ったかと思うと、物凄いスピードで走り出した。
あっという間にその背中は見えなくなり、生徒たちが追いついたのは一キロも先だった。
「すまんすまん。歩くか走るか、どっちかしか無理なんだ」
なんだそれ……。
しかし、本人がそう言うのだから仕方ない。
鋼の顔面からは表情が読み取れないが、悲し気にしているに違いなかった。
駅前に出ると、その姿は注目の的だった。
ケータイでバシバシ撮られながら、一行は駅に入って行った。
皆ICカードを用意し、切符を買っている者もいたが、ロボ教授はそのまま改札に突っ込もうとした。
生徒たちは息を呑んだ。
ヒーローの教授がキセルというのは、大きな問題に成りかねない。
しかし教授が改札を通ると、「ピピッ」と音がしてゲートが開いた。
ICカードが内臓されているのだ。
凄いぜ、ムテキンダー!
その背中は得意気に見えた。
ロボ教授は階段を登っても息一つ切らさず、電車内では吊り革を持たず直立していた。
まるで、人間である生徒たちに、サイボーグの優秀さを誇示しているようだった。
「おっ。いま擦れ違った電車の中に、モデルの道端エナジーがいたぞ」
と、確認しようのない動体視力自慢をした。
生徒たちが戸惑っていると、教授は、口の辺りから今目撃したエナジーの写真を、ポラロイドカメラのように吐き出した。
凄いぜ、ムテキンダー!
教授は徐々に、生徒たちの尊敬を集め始めていた。
白井も例外ではなかった。
誰かと通信している様子の教授。肩からストローが出て来て直接水を飲む教授。手をかざしてハトを操る教授。踵でエスカレーターのステップを破損させる教授。少し浮く教授。車内放送の完璧な声真似を披露する教授。
どれも、人間の業ではなかった。
歩くのが遅いからなんだってんだ。教授はそれ以上の物を、柔軟な皮膚と引き換えに得ているのだ。
改札を出て、教授は、脳内で現地までのマップを確認していた。
その時何かに気付き、彼は生徒たちを集めた。
教授は言った。
「みんなすまない。私は体内電池が残り少ないので、このまま引き返すことにする。ここからは君たちだけで現場に向かい、来週までにレポートを書いて来てくれ」
無駄に特技を披露するから電池が減るんだ……。
白井は思ったが、やはり口には出せなかった。
呆気にとられている生徒たちを残し、ムテキンダーは「ウィーン」と回れ右をして、帰って行った。
彼はICをかざすことも、切符を投入することもせず、堂々と歩いて改札を抜けた。
やっぱり凄いぜ、ムテキンダー!