体育祭は紅白の煌めき 後編
二つ目の競技は『巨大岩石、落下阻止』という種目だった。
これは、特設された巨大滑り台からハリボテの岩石が転がってくるのを受け止める競技だ。
ハリボテと言えども、自分の倍くらいありそうな大きさの岩石は重く、衝撃はかなりのものだった。
岩は重さでS・M・Lの三段階に分けてあり、重い物ほど得点が高い。
ヒーローにとって、この巨大岩を阻止するという行為は、身を呈して世界平和を守るという信念を体現するようなものであり、見た目以上に重要度の高い競技と言えた。
ちなみに、もしもその衝撃に負けて体を投げ出されると、直ぐ背後のプールに落ちて泥まみれになってしまう。
日頃から鍛錬しているからこそ耐えられる、非常に過酷な競技だった。
白井大海原はこの競技に参加していた。
白組は地獄のパン食い競争で遅れを取っているため、早いところ巻き返さなければならない。勝敗は体育祭のMVP獲得にも関わってくる。
皆、岩石を受け止める舞台に上がる為の、階段の付近でスタンバイをしている。
談笑、ストレッチ、緊張で固まっている者もいる。
アナウンスで名前が呼ばれ、最初の生徒が階段を上がっていった。
最初は背の低いポニーテールの女で、首には赤いスカーフをしていた。活発で、優等生タイプな印象のある女性だった。
「“S”でお願いします!」
女子生徒はSサイズがほぼ決まりとなっている。板張りの坂の上に大きな岩が運ばれる。
彼女は大きく深呼吸をし、右足を後ろに引いて構えた。
ピーッ!
ゴロゴロゴロゴロ・・・・
バーン!
ビターン!
『転落で失敗~』
アナウンスが流れた。
泥だらけの女が、泥から生まれたかのように這い出てきた。彼女は係の人間に手を引かれて退場した。
「あんな目に遭って、笑い一つ起きないなんて……」
白井は、背中に冷たい物を感じた。
次の挑戦者は短髪の女で、顔面を強打しながらも見事に岩を受け止めた。
男は基本的にSを選択せず、MやLに挑戦して、踏ん張ったり落っこちたりしていた。Lサイズ岩石での成功者は未だ居なかった。
白井の出番が来た。
呼ばれて壇上にあがった。
「Lでお願いします!」
堂々と言い放ちながらも、彼の体は強い感情に支配されそうだった。脚の震えを鎮めるように努めた。本人にも、それが心の高揚なのか不安なのか、どうにも計りかねていた。
アドレナリンで白みがかった視界の先に大きな岩が腰を据え、体勢もままならぬ内に甲高い音が聞こえた。
〝ピーッ!〟
岩が転がってきた。白井は、思い出したように足を踏ん張り、両手を前に突き出した。
〝ズン!〟
手から肘、肩、腰に衝撃が来て、弾かれるように彼の体は一瞬岩から離れた。
泥に落ちる際っ際のところで腕を振り回して持ちこたえると、目の前にゆらりとにじり寄る岩石が見えた。
白井は急いで、そいつを押さえた。
『瀬戸際だったけど、成功~』
「よし!」
白井はガッツポーズを決めてから、自分がつき指をしていることに気付いた。
なんだか恥ずかしい。隠して退場した。
階段を下りると、パン競争のせいで右目を腫らした四郎が話し掛けてきた。
「ヘイ! 見事なダンスだったぜ。アハハハ! おっと、名前が呼ばれた。無駄話している暇は無いな」
四郎は階段を上がった。
途中で、白井を振り返った。
「きみはラッキーだぜ。実はここで、僕の新技を試そうと思っているんだ。それを特等席で見られるんだからな!」
威風堂々。舞台に上がった。
新技……。
一年生の分際で、そんなものを考える奴は少ない。正直、白井も興味を惹かれていた。
四郎が位置について、Lサイズをコールした。
白井は壇上がよく見える場所に回って、その様子を見ていた。
四郎は、岩が転がってくると、タイミングを見て高くジャンプした。
「プレミアムスクリューキーック!!」
それは、ドリルのように体をクルクル横回転させる、アクロバティックなドロップキックだった。
新技によってハリボテの岩に穴が空いた。四郎は岩に突き刺さり、宛らタコヤキに刺した爪楊枝のようだった。
岩は尚もゴロリと転がったが、四郎の飛び出た上半身をつっかえにして止まった。
白井は、四郎の首が折れたのではと心配した。
しかし顔面を舞台に押し付けられながら、四郎は叫んだ。
「よっしゃあ!!」
すると、アナウンスが流れた。
『反則なので、失格~』
「チックショーー!!」 チックショー! チックショー! ショー! ……
絶叫の後、四郎は気を失った。
…………
体育祭は白熱していた。
アナウンスが流れた。
『ヌルヌル綱引き~』
競技が始まった。
「オーエス! オーエス!」
『砲丸玉入れ~』
「そーりゃ!」
『地雷ムカデ競争~』
「ドカーン!」
『ピッチングマシーン、熱々小籠包口キャッチ~』
「ぺターン! アチチチー!」
『鼻フックでラーメン出前競争~』
「イタタタター!」
過酷な戦いが続いた。
怪我人は絶えなかった。
白井は怪我人の分も働き、白組に貢献した。
青木は要領よく立ちまわっていたが、近藤は熱々の小籠包が直撃し、打撃と火傷で額を真っ赤にしていた。
四郎は意識を取り戻し、何も無かったようなふりをして大会を見守っていた。
最後の競技は騎馬戦だった。残っている者は全員参加となっていた。
はなぶさの騎馬戦が普通と変わっている点は、頭の上に駅弁を乗せ、駅弁に付いている紐を引っ張られて弁当が温まったら負けだというところだ。
白井は青木近藤と、近くに居た御箸田という男と四人で騎馬を組み、近藤を上に乗せた。
「私、昔から騎馬戦得意だったのよね」
しかし序盤で不意を突かれて紐を引っ張られ、弁当から蒸気が上がった。
「アチチチチ!」
ビニールシートに戻った。
四人で騎馬戦を観戦しながら、温かい弁当を分けて食べた。
………
「それでは結果を発表します」
台の上に教授が上がり、充実感の満ち満ちる生徒諸君を眺め見た。
「はい、赤組の勝ち~」
ワーイ。
ワーッショイ。ワーッショイ。
白井は悔しかった。俺はもっとやれたのに。俺がもっと頑張っていたなら、勝てたかもしれないのに……。
しかし、実力の全てを出し切れなかったのも含め、自分の実力だ。今は充分に悔やむことが、明日の自分の為になるだろう。
MVPは赤組で二年生の彗星流太郎だった。
続けて、教授は言った。
「罰ゲームは二年連続で、ベロバチョフ・四郎君です。一週間、知らないおじさんと同じ布団で寝てもらいます」
白井は初めて、『あ、四郎って先輩だったんだ』 と気付いた。
四郎を見ると、そんな罰ゲーム平気だというような顔で立っていた。