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体育祭は紅白の煌めき 前編



 はなぶさヒーロー専門学校の目玉と言って良いイベントが、体育祭だ。

 体育祭は全生徒参加で、ヒーローにとって大切な運動能力を様々な競技で競う。

 お祭りというよりも能力発表会と言った方が近く、教授連中も真剣に競技の様子を見守る。

 チームは赤と白とで組み分けられており、白井大海原は白チームだった。

 

 県外の採石場跡に全校生徒が集まった。

 バス数台で早朝に乗り付け、生徒と専門家とで舞台を作り上げて行く。それが終わると、やっとそこからが体育祭の本番だ。

 はなぶさの体育祭は、生徒の運動レベルが高い上に高額な予算を投じており、見せ物としても非常に評価が高い。

 要望もあり、当日はカメラが回され、ソフト化がされる。その売り上げは翌年の体育祭の経費に回されるのだった。

 去年は非常に売り上げが良かったようだ。

 学校側も気合が入っていた。


「ということで、体育祭は関係各所や国民の目に触れる機会であります。どこからか声が掛かるチャンスでもあるので、気合を入れて臨みましょう。ちなみに、MVPには勲章が授与され、後々のヒーローとしての活動が保証されます。テレビ化の際には、イケメン俳優、または美人女優が割り当てられることでしょう」


 聞いている一年生たちは俄かにザワついた。

 二年生たちは緊張感を増した。

 教授は場が静まるのを待ってから続けた。


「そして、一番不出来だった生徒には地獄の罰ゲームが課されます」


 地獄の罰……。

 

 この言葉で、みんなMVPよりも罰のほうに意識を持っていかれた。

 そうだ。なにか良い話があると、必ず 『しかし』 が付いてくる。そして、この 『しかし』こそが本当に重要なのだ。

 教授はその後も生徒のやる気を促すような演説を続け、十分そこそこで話を締めた。


 初秋。快晴の校庭。風はあるが、砂が舞い上がるほどではない。

 山は常にザワついている

 今日は何もかもがザワつく日だ。悪いことが起きなければいいが……。そう、白井は思った。


 準備体操の演目に移った。

 白井は他の生徒と同様、台に立った二年生代表を注視していた。その動きに倣って体操をしながら、初めての力試しと言えるこの体育祭という場を、密かに楽しみに思っていた。

 そんな時だった。

 不意に、横から声がした。


「きみが白井君だね」


 白井は声の主を見た。


「そうだけど」

「僕はベロバチョフ。ベロバチョフ・四郎だ。お見知りおきを」

「ああ。よろしく、四郎」

「ヨロシク」


 四郎は端正な顔立ちの、金髪青年だった。

 シャープなアゴに控えめな口が乗っかっていて、小ぶりな鼻にはソバカスが散らばっている。

 彼は喋りながらも、ダンサーのような身のこなしで、ラジオ体操の喜怒哀楽を華麗に表現していた。

 一方の白井は、キッチリと教科書どおりの体操をこなしていた。


「きみの噂は聞いているよ」


 四郎がまた話し掛けてきた。

 白井は返事をしなかった。


「きみは例の、伝説の夢幻英雄伝説と噂されるあの伝説の男と言われる男の息子と言われているのだろう?」


 四郎は、その灰色の瞳を白井に向けたまま体操を続けていた。

 白井は真面目に体操を続けた。

 四郎には一々大袈裟にアピールするような鬱陶しさがあった。

 

「僕はベロバチョフ一族の末裔さ。名家でありながら実力主義のヒーロー一族だ」

「そうか」

「ああ、その内無視できない存在になるぜ」


 四郎はウインクをしてきた。

 白井は気に留めなかった。

 壇上を見ていた。二年生が深呼吸をしている真っ最中だった。

 体操が終わって、放送が流れた。生徒たちが組ごとに分かれ、散った。



…………


 

 一番初めの種目、『ヒーローパン食い競争』 が始まった。競技の中でも地味な部類の競技だ。

 白井は同じチームの青木と話しながら、ゴツゴツした地面に敷かれた巨大なシートの一角に座っていた。


――「よーい」 〝パーン!〟


 4人の生徒たちが一斉に走り始めた。

 全員男だ。背の高い男。低い男。それに普通の男が二人。

 それぞれ、赤か白のスカーフをしている。


「ガンバレー!」


 声が上がる。


『ドカーン! ドカーン!』


 レーンの左右で爆発があり、火柱が上がる。

 走者は怯まずに走り続ける。

 後ろで控えている者たちは一様に青白い顔をしている。

 最初の生徒がパンまで辿り着いた。必死に食らい付こうとしている。

 その時、何かが彼の背中に当たって跳ね返った。

 バレーボールだった。

 見ると、少し離れた場所から、先生達が送球マシンでバレーボールをバンバン飛ばしていた。

 腹、顔、股間。物凄いスピードで容赦なく急所に跳んでくるバレーボールを、生徒は避け、または受けつつ我慢しながらアンパンに向かってぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 白井や青木、それに他の一年生たちも、その光景に絶句した。

 知ってるパン食い競争と全然違う!

 こんな光景は人生で初めてだった。目の前で、後ろ手に結ばれた屈強な男たちが、バレーボールを当てられながらアンパンに食らいつこうと必死に跳びはねている場面に出会うのは……。

 白井の心には、悲しさに似た感情が湧いた。

 それでも流石、運動能力の高い面子だけあり、一人二人とパンをくわえ、ゴールを目指した。

 背の小さい生徒がパンをくわえてゴールテープを切った。彼は三位。残るは一人となった。

 白井は祈るような思いで、一人残されてパンに飛びつく男を見守っていた。

 距離が有ったので気付かなかったが、ある瞬間にふと、残りの一人が四郎じゃないかと思った。

 いや、勘違いかもしれない。白井はその顔を良く見るために立ち上がり、数歩進んで目を凝らした。


 四郎だった。


 四郎の顔にバレーボールがヒットした。


「ガッデム!」


 微かに聞こえた悪態。

 しかし尚も、四郎はアンパンに喰らい付こうとしていた。





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