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体育は桃色の懺悔


 ロッカールームで着替えて、体育館に向かう。 

 体育館はアリーナとも呼ばれていて、二階には観客席も設置されている。

 運動時の格好は各々の自由だ。運動に適した格好ならば規制は無い。

 白井大海原は、Tシャツに紺色のジャージ姿で体育館に向かった。




………




 体育館では、それ専用の靴を履く。

 白井はフットサルシューズを履いている。スニーカーもいるし、バスケットボールシューズの者もいる。

 各々で勝手にストレッチを始め、それが終わるとサッカーボールを倉庫から持ってきた。

 そうしてしばらく遊んでいると、先生がやっと姿を見せた。


「みんな集まって~」

 

 大声で集合をかける。


「集合~」


 生徒たちが集まる。

 体育の先生は三十代の女で、容姿が悪いわけではないが、浮いた話も聞かない。

 名前は夢見夜その子。ロングの茶髪を後ろで束ねていた。

 

「みんな。今日もがんばろな!」


 女教師は赤のジャージ姿。白い歯を見せて生徒を見回した。


「残念ながら昨日の雨でグランドが使われへんねんけど、ここアリーナでも、みんなならセクシーにサッカー出来ると思うねん。うち、みんなのこと信じてる。大阪で生まれた女やさかい、みんなのこと全部理解するのは無理なんかもしれん。でも、信じることやめたら負けやん?」


 湿った表情をしていた夢見夜は、うんと頷いて小さなガッツポーズを取った。


「だからみんな、元気だして行こう!」


「「「はい!」」」


 名前順で組み分け。白井のチームには、黄色のゼッケンが配られた。

 フットサルコートで、各々身体を伸ばす。試合開始。夢見夜が笛を吹いた。

 体育館にはボールをける音。それに、キュッキュと靴の摩擦音が響く。

 総勢十六人の若者が自在に飛び跳ね、走った。


 夢見夜その子は、その光景に気分を高揚させた。

 彼女にとって、この教員という仕事。しかも地元を遠く離れての仕事はプレッシャーで、しかし、エキサイティングだった。

 現役を終えた後もヒーロー関係の仕事に就けたことを、彼女は誇りに思っていた。

 そんな彼女が見守る先、白井他屈強な男子生徒たちは、白黒のサッカーボールを太い足で蹴り、奪い合い、もしくはパズルのようなパス回しを完成させようとしていた。


 ゼッケンチーム。小柄な生徒の足が相手に引っ掛かり、引っ掛けられたほうはヨタヨタとして転んだ。が、直ぐに起き上がった。

 小柄なほうは、ごめんなという風に相手の腕を叩いた。


『ピピーッ!』


 笛が鳴った。夢見夜の笛だ。


「みんな集合~」


 生徒が集合した。みんな薄っすらと汗をかいている。

 夢見夜は言った。


「みんなゴメン、試合止めて。でもな、うち、ファールとか汚い行為は見逃されへんねんな。確かに、わざとじゃなかったかもしれへん。和田くんに悪意は無かった。それは分かる。でもな、うちはこの笛を吹くことで、みんなにその行為がファールだったってことを、本当の意味で分かって欲しいねん。本当のファールって何か、みんなに考えてほしいねん」


 生徒は言葉無しに頷いていた。

 白井は、ボールを抱えたまま呼吸を整えていた。

 女教師は難しい顔をしていたが、生徒を見回すと一転、優しい表情に変わった。


「ゴメンな。うち、大阪で生まれた女やさかい、みんなにはちょっとキツく聞こえたかも分かれへんね。でも、それまでのプレー、みんなめっちゃ光ってた。ほんまにセクシーやったわ。和田くんが日比谷くんの肩を叩いた気遣い、うち、そういうのうちめっちゃ好き。だから、みんな頑張ってフットサルの続きしようや。元気だして行こう!」


「「「はい!」」」


 生徒はコートに戻った。笛が鳴って、試合を再開した。

 試合は一進一退だった。しかし、なかなか得点までには至らない。

 白井は前線で得点を狙っていた。チャンスが巡って来たが、シュートはゴール横をかすめた。

 試合再開から十分ほど経った辺り。トラップして振り返ると、目の前ではキーパーが突っ立っているだけだった。相手チームが前掛りになっていて、一人抜け出した形だった。

 白井が隅を狙ってシュートを打つと、ボールはキーパーが投げ出した足をギリギリ避けてネットを揺らした。


「ナイスシュート!」


 仲間とハイタッチすると、喜びで疲れが吹っ飛んだようだった。

 そのとき、


『ピピーッ!』


 笛が鳴った。


「みんな集合~」


 先生が集合をかけた。

 生徒が夢見夜の前に集合した。

 

「あんな。今のゴール、めっちゃ良かったと思う。感動した。でもな、こんなこと言うの嫌なんやけど、うちらヒーローやんか。ゴール決めたときは……決めたときこそ、それらしいことも取り入れていかなアカンと思うねん。だから、ゴール決めたらポーズ取ろう」

「ポーズですか」

「うん。ちょっとやってみて」

「はい」


 白井はポーズを取った。仁王立ちで左手を腰に当てて、右手で天井を指差した。


「うん。なかなかやと思う。かっこいいよ。でも、もっと躍動感が欲しない? 例えばこんな風に……」


 夢見夜は、両腕を羽のようにして上に掲げ、片足を上げた。


「ケーン!」


 白鳥のポーズだな。白井は理解した。


「ちょっとやってみて」


 夢見夜に言われ、白井は同じようにポーズを取った。


「ケーン!」

「めっちゃセクシーやーん! よっしゃ! 元気出して行こう!」

「「「はい!」」」


 試合に戻った。

 その後は、ゴールを決める度、得点者がポーズを決める決まりとなった。

 ポーズも、夢見夜によって評価の対象となった。


『ピピーッ!』


「ケーン!」

「80セクシーやーん!」


『ピピーッ!』


「ガオー!」

「85セクシーやーん!」


『ピピーッ!』


「ホロッホー!」

「42セクシーやーん!」


「パオーン!」

「78セクシーやーん!」


「ケロケロ―!」

「17セクシーやーん!」




………



……






試合終了~!


「みんな。今日はめっちゃセクシーやったわ。うち、大阪で生まれた女やさかい、阪神タイガースが世界一のチームや思ってたけど、今日のみんなは、タイガースと比べても遜色無いくらいセクシーやった。うち、みんなのこと誇りに思う。いつか、このアリーナをお客さんで一杯にしよな!」


「「「はい!」」」


「じゃあ今日はありがとな。また来週。休んだらアカンで!」


 アハハと笑って、夢見夜は生徒に手を振った。

 授業をバイバイで終わる先生は彼女だけだった。

 みんなが帰り支度をしていると、白井が彼女に呼ばれた。


「白井くん」


 夢見夜は言った。


「白井くん、今日のきみ、めっちゃセクシーやったで。うち、これでも昔は戦隊のピンクやったから、一流の人間を見る目はあると自負してる。白井くんには、一流のオーラがあんねん」

「ありがとうございます」

「お世辞ちゃうで。ほんまやねん。うちの戦隊のリーダー、『紅生姜レッド』 にも劣らないセクシーさが、白井くんの内に秘められているような気がするわ」

「紅生姜……。変わった戦隊ですね。なんていう戦隊に所属してたんですか?」

「うちらの戦隊? うちらの戦隊はめっちゃセクシーで最強やったで! 『博多戦隊 うまかファイブ』 って戦隊でな。うちは明太ピンクとして……」

「大阪の戦隊じゃなかったんですね」

「……ハッ!」


 夢見夜は笛をくわえた。


『ピピーッ!』


「みんな集合~!」


 ロッカーに戻ろうという生徒たちは踵を返し、集合した。

 夢見夜は言った。


「みんなゴメン。ちょっと言っとかなアカンことがあんねん。うち実は福岡出身やねんな。ほんで、大阪には二年間くらいしかおらんかってん……。でもちゃうねん。大阪、大好きやねん。めっちゃ、好きやねん……。でも、うちとみんなの仲で、嘘はアカンよな。このままじゃ、たこ焼きに顔向けできへんわ……。みんな、嘘ついて、ほんまゴメンヤッサ……」


 夢見夜は深々と頭を下げた。


 白井は、その姿が少しセクシーだと感じた。




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