入学おめでとう。
入学式は小さなホールで行われた。
桜舞い、くしゃみの絶えない四月。
日本の中心地、ここ『闘強都』には、全国から夢や不安を抱えた若者が集まる。
そのホールにも、ついこの間高校を卒業したばかりの、シミ一つ無い若者が集まっていた。
パイプ椅子が彼ら彼女ら、全員のケツを受け止めて苦しげに鳴いている。
これは、この先幾多有る中での、一番最初の試練。新たな門出には、何かしらの犠牲が伴うものなのだ。
白井大海原はスイーツ好きの十九歳。健全な男。彼女はなし。身長は百八十センチそこそこ。ひじきのような黒髪をガチガチに固めて真っ直ぐ前を向く彼の姿は、実直と表現する他ない。
彼も他の生徒たちと同様の意気込み、心持ちで式の開始を待っていた。
学園長が挨拶に立った。
「こんにちは」
か細い声。頬がこけて、見るからに痩せている。
イメージと違うぜ。
「えー。本日は皆さん……当専門学校への御入学、まことにおめでとう&ありがとうございます。若いですね。良いですね。老いぼれるのは実に詰まらない物です。ええ……。ところでまあ、皆さまは晴れて各々の高校を卒業し、桜の開花と共にこの専門学校へ進学となったわけですが……」
学園長の挨拶は多分に漏れず退屈なものだった。
白井は小さな伸びを抑えきれずに体勢を崩した。ついでに周りを窺い見た。
知らない顔が幾つも並んでいる。男女の割合は8:2で男が多い。それでも、近年は女性比が増して来たらしい。学園長がフリップを使って説明していた。
分かり易いぜ。
男も女も、皆、眠気と戦いながら学園長を睨みつけていた。
「当学校に入学したからには、日常生活からのマナーや善行には気をつけて頂きたいですね。まあ、あんまり急に良い人には成れないだろうけど……。でもそうだね。犯罪は絶対にダメだよってことを言いたい。凄く言いたい。そうだ、折角だから言っときましょうね。犯罪、絶対ダメだよ!」
生徒達は一斉に頷いた。「はい」 と返事した者もいた。
白井大海原は、返事をした少数派の中の一人だった。周りが無言だったのでドキリとしたが、持ち前の顔筋肉を硬直させて平静を装った。
学園長のお話は続いた。
「まあ、この学校に関しましては、修了しても一般就職には全く有利に働きませんので、その辺は各自で将来のことも考えながら……楽しい二年間を過ごして欲しいと願っております」
あ、やっぱり就職には関係ないんだな。と、白井は思った。
彼は高校の進路相談を思い出した。
担任の先生は苦い顔をしたものだ。「おまえに合ってるとは思うが……」
白井の隣で、母親も苦い顔をしていた。「あんたに合ってるとは思うけどね……」
あの苦々しい教室の空気が、学園長の言葉から思い出された。
「しかしながら、皆さんの中の一握りが、将来の日本を怪人などから守るヒーローとなるわけです。あの、子供たちの憧れ、ヒーローですね。そんなわけですから、常に自身に厳しさを持って、未来を切り開いていけば、もしかしたら大手の企業に就職できないことも無いのだと云々……」
無益な演説止まぬホールで、白井は学長の顔を真剣に見つめていた。
学長の顔。見ると、額に大きなイボのような物がくっついている。
あれが自分に出来たら嫌だな。白井は、そう思った。
あのイボは生まれつきなのだろうか。それとも、小さなイボが徐々に肥大して行った物なのだろうか。自分に将来、あんな出来物ができるなんて、考えたことも無かった。
イボの持ち主、学園長の話は終盤に差し掛かっていた。
「――ですので皆さん、心して、この学園生活に臨んで下さい。辛いことも有りましょうが、まあ、なんとかなります。ヒーローに苦境はつきものです。でも何とかなるものです。飽きたのでこの辺で挨拶を終わります」
学長が軽く礼をする。
生徒が座ったまま礼をする。
白井は、入り口で教師らしき男から配られた書類を見る。
『はなぶさヒーロー専門学校・案内』
アナウンスを受け、生徒達が退室を始めた。
白井は顔を上げ、ぞろぞろと流れる人の線に沿ってホールを出た。