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桔城翠莱の覚悟

緑英48年12月半ばのことであった。伊予は軍の郵便係から1通の封書を受け取っていた。早かったな、と彼は思った。と同時に、切れ者の彼にはそれが意味する所も分かっていた。

風苒彰がどのように生きてきたか、彼だけは分かっているつもりだった。恐らく人生で最も長く時を共有し、仲間として好敵手として、誰よりも近しい距離にあった。お互いにとっての最たる理解者であると、互いに何も言わずともそれだけは自負してきた。だから分かる。彰が何の為に生きてきたのか、そして何の為に死のうとしているのかーー。

伊予は軍の駐屯地に与えられた自室で、1人静かに封を開けた。デスクの上には、この手紙の差出人と共に写った写真が置かれている。中には便箋と、もう1枚の封筒。

『伊予

悪ぃな。もう時間がない。

身内のこと頼んだ。お前にしか頼めないことだよな。迷惑かけてごめんな。封筒は翠莱に渡してくれ。それから、夜中にちっとあいつが抜け出すのは見逃してくれよ、総督サマ。

言っとくけど、俺は後悔してねーから。お前も後悔しないでくれ。

ゆっくり別れ言う時間はなかったな。その方がいいか。

じゃぁな、上手に生きろよ。お前はちょっと真面目すぎるんだよ。

でも俺は、そんなお前を信じてる。

風苒彰』

伊予は読み終わった便箋を折りたたみ、封筒に戻してふうっとため息をついた。

勝手な男だと思う。昔からその自由奔放な様に振り回されてきた。だがーー

「それを望んだのも俺か。」

伊予は目をつむって愛しげに微笑んだ。



「翠莱、伊予だ。今よいか?」

ガチャリと扉が開いて翠莱は少し驚いた顔をしていた。軍の中では伊予は現場の最高司令官にあたるのだから仕方がない。

「どうされました?」

「これを、渡しに来た。」

そう言って差し出した封筒を見て、翠莱は小さく息を呑んだ。

「…ありがとうございます。」

翠莱が出征してから、彰からの手紙が届くのはそれが初めてであった。

翠莱もまた、その意味をつぶさに悟ったのである。

「…夜中、どうしても“体調が悪い”時は緊急招集に参じられずとも仕方がないな。」

伊予は去り際にポツリとそんなことを彼女に言った。

「覚えておきます。」

翠莱は一言そう返した。

伊予が帰った後、翠莱は静かに封を切った。

彰の匂い、彰の手蹟()、それでも彼女はもう動じなかった。

『翠莱

稜は元気か?お前は昔から無茶する奴だったが、まぁ今は、強くなったから、それでもいい。

聖夜には、俺でもやっぱり空を見たくもなるもんよ。そういう日は、窓を開けておく。

お前にはどんな選択肢もあるし、どんな選択をしてもいい。それでも、自分のための選択をしろ。

強く生きて見せろよ。この俺の弟子らしくな。

風苒彰』

…死ぬつもりなのだと、前から分かっていた。その理由も、何となく察しはついている。それでも、彼が全てを懸けて死のうとしていることが愛しくて切なくて、泣くことすらもう出来ないのだと、彼女は知っていた。

師に会うのが怖いと思った。こんなにも誰かを失う事を怖いと思ったことはなかった。

それでも翠莱は彼に会いに行くことにしたのである。

真実を知る為に。それは昭徒のことでもあり、そして今まで決して知ることのないように目を背けてきた、彰の心を、隠してきた自分の心を、知る為に。



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