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神無月稜の証言

神無月(かんなづき)(りょう)が生まれたのは、緑英47年10月31日のことである。

生後2ヶ月も経たない赤子の内に親に捨てられた彼を、師という名目の上に引き取ったのは彰だった。

冬のある日、翠莱は師の研究室に呼び出された。彰は少し前に肺炎で入院し始めていたが、この日は外出許可を得てわざわざ研究科に足を運んだのである。

「病人がこんな所で何やってるんですか。」

「黙れよ職業病。」

そんないつも通りの軽口を叩く彼の姿は、いつもの自信満々な姿とはほんの一色(ひといろ)違って、どこか少し、寂しげだった。

プレゼントをやる。イタズラっぽい笑顔で彼はそう言って、翠莱に赤子を差し出した。

「誰の子ですか。」

翠莱は本気で軽蔑した目で師を睨んだ。彰の妻・旭が妊娠中であることを彼女は知っていたのだ。

「俺の子じゃねーよ。」

彰は赤子の事情を話し、そして翠莱に任せる旨を伝えた。

「なんで僕なんですか。奥様に任せればいいじゃないですか。」

そう言った翠莱に対し、笑みを浮かべながらも割合真剣な表情で彰は言った。

「あいつじゃ、何かあった時まずいだろ。」

「何かあった時って…。」

何があると言うのか。それ以上は怖くて聞くことができない。

するとおもむろに彼は、愛用していた銃器類を幾つか卓上に並べ、そして翠莱に言った。

「燕、やるよ。コルトも。」

胸が苦しくなるような優しい笑顔で、彰は「使いやすいよ」と言った。これらを譲る意味を考えると、切なさと悲しさで押しつぶされそうで、それでも冷静を装って翠莱は聞いた。

「…死ぬ前の身辺整理ですか。」

不自然な程に感情のこもっていない声だと翠莱は思った。

「…違う、引退前の、だよ。」

穏やかに細められたその瞳に潜む欺きが、静かに心に突き刺さる。

「じゃぁ、何でこんな所に来たんですか。」

翠莱は耐えられずにそう言った。

「思い出作りですか。」

「違ぇよ。」

彰はそこで少し真剣な顔になって言った。

「正直、怖えんだよ。俺がいなくなった後、どうなっちまうのかって。」

初めて見る彰の弱々しい姿に、翠莱はいたたまれなくなる。

しかし、彰はそうした空気をすぐに掻き消してしまう。赤子が急に泣き出したことで翠莱もそれどころではなくなった。

どうすればいいか分からない翠莱は、青里の父であるリオに指南してもらうために、一旦赤子を彰に預けて研究室を飛び出して行った。

彰は腕の中にいる小さな小さな命をあやしながら、ふっと儚げに微笑んだ。

「大丈夫だよな、お前にはこの子がいれば。」

だだっ広い研究室の中に、その呟きは消えていった。



その後、第8次月民戦争が勃発し、それに主力戦闘員として駆り出された翠莱は、稜と名付けた赤子を背負って血に染まった戦場に立つこととなる。

彼が物心ついた時には、既に彼の師であった男はこの世を去っていて、代わりに翠莱が彼の教育を行ったのであった。翠莱は彼を決して甘やかすことはなく、厳然と、しかし心からの優しさと愛をもって彼を育てた。

稜はその才能を開花し、神童と呼ばれるまでに成長、組織最年少の弱冠6歳にして同い年の弟子を取ることとなったのだ。その弟子の名は、鳳月(ほうづき)(こころ)、同様に6歳の無垢な少女であった。



「弟子?」

稜は興奮気味にリオに尋ねた。リオは稜にとって上司に当たる役職にあったが、育ての親である翠莱の同期生ということで旧知の仲だったので、特に上下の礼節のようなものはなかった。

「ああ、お前は史上初の6歳の師匠になるんだよ。」

リオは心を待機させている寮部屋に稜を案内した。好奇心旺盛な稜はしきりにリオに弟子のことを尋ねる。

「ねーねーリオ、どんな子なの?可愛い?」

「あーもー会えば分かるから…」

そんな会話とともに、ガチャリと開いた扉の先にいたのはーー

「えーっと、鳳月、紹介する。こいつがそなたの師になる神無月稜だ。」

怯えるようにこちらを伺う内気な少女は、華奢で、今にも壊れてしまいそうで、そして可愛らしかった。

パッと表情を輝かせた稜はたたたっと心に駆け寄ると、いきなりハグをした。

「ひゃっ…」

「心!初めまして!俺、神無月稜。よろしくな!」

緊張する心に対し無邪気な笑顔を見せた稜に、安心するとともに、彼女は初恋を奪われたのだった。



稜と心が式を挙げたのは、蒼慶18年秋のことだった。養母として出席した翠莱は、ただ穏やかに2人を見守った。

「君達師弟の年齢が同じ頃合で良かった。」

式を挙げると決まった時、翠莱はふとそう言った。

「少しばかり、生まれる時が違っただけで、共有できる運命も時間も…感情も、失ってしまうからね。」

稜にはその意味がよく分からなかった。というより、何故養母がそんな事を口にするのか分からなかったのだ。年の近い師弟の恋愛は別段珍しいことではない。しかし、そう語った翠莱の表情が驚く程に切なげで、稜は心と巡り会えた運命に、素直に感謝したのであった。





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