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桔城白流の証言

白流(はくる)と翠莱の父・昭徒が死んだのは、白流が13の時だった。緑英47年、秋のことである。

いや、死んだという表現は相応しくないのかもしれない。昭徒は突然失踪したのだ。というのも、焼き尽くされた寮部屋から彼の遺体は見つからなかったのである。

信じられなくて、受け止められなくて、途方に暮れた。

母・碧莱(ひゃくら)が冷淡な人であったのに対し、昭徒は子どもを非常に愛する人だった。彼がくれた愛情を、白流は魂で覚えている。それだけは嘘偽りのない純粋な愛であったと、断言できる。いつも締まりのないニコニコとした笑顔で、誰に対しても驚く程に優しい人だった。裏を返せば優しすぎたのであるが。しかし、その実揺るぎない正義を心に持った人であった。白流も翠莱も、昭徒のことが大好きだった。

翠莱は昭徒の実子ではない。彼女は母の不倫によって生まれた所謂“望まれざる子ども”だったのだ。しかし、昭徒はその子どもを望んだ。妻の罪も全て理解した上で、それでも彼は翠莱を自分の娘として育てたいと言ったのだ。碧莱は堕胎しようとしていたが、昭徒の強い想いに触れて、翠莱を産んだ。昭徒は実際、翠莱のことを自分の娘として心から愛した。分け隔てない愛情を注いだ。だから、翠莱もまた血の繋がりがないことを知りながらも、昭徒を父親として慕った。

血の繋がらない父親である昭徒は、翠莱にとってはあまりに大切な存在で、その父を傷付けることを恐れるあまり、無意識のうちに彼女が遠慮していたのは仕方がないことであろう。

その父が、消えた。周囲の人は「死んだ」のだと言う。兄妹の中で、何かが壊れた瞬間だった。



亡骸もない形ばかりの葬式の後、2人は程近い河原に自然と足を向けた。小川のすぐそばに並んで座り込む。

幼い頃、よく訪れた河原だった。秋の少し肌寒い風が涙に濡れた頬を撫でる。

白流は涙が止まらなかった。あの父が、自分勝手な理由で失踪するなどあり得ないことだからだ。消えたのではなく、消されたのか、あるいは姿を消さねばならない何らかの正義があったのか。知らないまま終わるなんて耐えられない。

「白流、もう泣くなよ。」

翠莱は一滴の涙さえ零していなかった。

「だって、翠ちゃん…」

「僕ら2人だけで、必ず、真実を突き止めよう。」この日の約束が、その後の2人の生き様を悲しい程に縛り付ける楔になるのである。

カサっと草を踏み分ける音がして、兄妹は振り向いた。

「師匠…」

喪服姿の彰と謬がそこに立っていた。

「こんな所にいたのかよ。」

そう言った彰の顔にはじんわりと汗が浮かんでいる。だいぶ探させたようだ。

「おら。」

謬はぶっきらぼうに白流にハンカチを差し出した。

彰はふわりと2人のそばにしゃがみ、そして両腕で2人を胸に抱きしめた。

「大丈夫だ。俺らがついてるだろ。」

ずっと欲しかった言葉が、氷を溶かす熱のようにじんわりと兄妹の孤独に染み渡る。

翠莱は師の胸の中で、ようやく泣いた。静かに涙を溢れさせる彼女をあやす様に、彰は大きな掌でその背中をポンポンと叩いた。

暫くして泣き止んだ2人から身体を離して彰は立ち上がる。そして、師匠2人は一言、揃って兄妹に言ったのだ。

「帰るぞ。」

その言葉は、切なくなるくらいに、温かかった。



彰の広い胸の中で年相応の少女のように涙を流した翠莱の姿は、白流の心に強い印象と共に刻み付けられた。

翌年の12月25日、白流はその記憶を鮮やかに思い出すこととなった。

昔から、男らしい妹に対して、白流は見た目も性格も女の子らしかった。よく周りからは、どちらが兄でどちらが妹だか分からないなどと言われたものだ。いつも、妹に守られてきた。

だから、今度は自分が翠莱を守りたい。何があっても、翠莱のことを守っていきたい。風苒先生の代わりに。

彰の訃報を手にした白流は、そう決心した。

それから23年の後、彼は父と同じように、世界のためにその身を投じ、翠莱の前から姿を消すのであった。

愛おしくて恨めしい、この美しい世界と、彼の愛する人達のために。





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