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工藤哲士の証言

哲士が創設者からの勅命を受けたのは、25歳の冬ーー緑英45年暮れのこと。この頃、隣国・白蓮(びゃくれん)との関係は悪化の一途を辿っていた。召集された時から、任務の内容には察しがついていた。しかし彼と同じく勅命を受けて宮に呼び出されたのは3人だったのだが、そのメンツに哲士は舌を巻いた。

「風苒彰、工藤哲士、緋雨(ひさめ)(びゅう)、桔城翠莱、以上4名、今から臨時チーム・虎視眈眈として、勅命を言い渡す。」

創設者・氷室(ひむろ)(いわお)はその名の通り厳然と言い渡した。創設者はこの国の王あるいは皇帝に相当する役職であり、その言葉は絶対であった。しかしこれは、異例の勅命であった。この時、哲士は国の警察・内乱鎮圧・処刑などを司る解軍(かいぐん)長、彰は国の科学全般の研究と実用を担う研究科長、謬は国の医療全般の責任を負う医師のトップである医療科長であった。この3人は同期であり、それぞれが国家機関の中で幹部となっていたのだ。その幹部を惜しげもなく任務に行かせるとは余程である。しかし、何より哲士を驚かせたのは、そこにあったもう1人の名である。桔城翠莱は、この頃齢10を数えたばかりであり、当時の最年少で暗殺科に配属されて半年程の若手ホープであった。1人だけ体格も年齢も経験も一回り以上違う彼女が、国家の幹部である3人と同等の価値を認められているということである。彼にとっても親友の弟子として教授したことのある教え子であるから、無論それは嬉しいことであるが、同時におぞましくもあった。確かに彼女の実力がその同期の中でも、氷室(ひむろ)(たすく)鷺宮(さぎのみや)(しい)、草本桜里らに準じてずば抜けたものであることは彼もよく知っている。ただし、翠莱はこの創設者の覚えめでたきお気に入りであることもまた彼は知っていた。彼女は常に、感情のないロボットのように淡々と任務を遂行する。それ故創設者は何度も彼女を特別任務部隊ーつまり忍として育成しようと働きかけていた。ゆくゆくは創設者専属の忍として利用しようという魂胆であろう。だがそれを断固として食い止めていたのが、彼女の師である彰だった。よって、彰は創設者との仲があまりよろしくない。

「チームリーダーは風苒に任ずる。工藤は参謀、緋雨は医療を担当せよ。」

「はっ」

3人が揃って敬礼する。

「桔城はまだ年若く、此度のような任務は初めてだ。よって、風苒は師としてサポートを行うように。」

「へいへい、了解です。」

「任務について説明する。まだ30会議でしか公表しておらぬから桔城は初耳であろうが、先日白蓮国と思われる敵スパイに第1級極秘文書を略奪された。」

翠莱は隣に並ぶ3人の表情が途端に厳しいものに変わったことに気付いた。

「これは国家の非常事態である。もう分かっているだろうが、今回の任務は、その文書の奪還および、敵チームの抹殺である。」

そこで一瞬創設者は視線を落とし、そしてもう一度顔を上げると、翠莱の方を見て言った。

「…文書を略奪される際、殺されたのは、名波(ななみ)右京(うきょう)ーー工藤の師だ。これは弔合戦…何としてでも殺れ。」

翠莱はそれを聞いて息を呑んだ。彼女は会ったことのない人間である。しかし、哲士にとっては、心優しい大切な師であった。享年41の彼の師は、翌年の春、引退する筈であった。

「技師の右京がやられる程だ。心してかかれ。…頼んだぞ。」

普段から荘厳な雰囲気を持つ創設者であるが、その言葉は一層重みを持っていた。創設者にとって、右京は腹心の部下であり、そして愛する弟子の1人であったのだ。



敵チームは、白蓮との国境からそれ程遠くない南のある地点を拠点として、未だ小宵での諜報活動を続けているという情報が入っていた。

4人は南に向かい、その地点から数キロ北で結界を張り、野宿をしながら作戦を立てた。パチパチと焚き火の音が鳴り、冬の冷たい空気を温めている。

「千秋は元気か?たしか伊予んとこの影と同い年だったよな。」

「あー、そだよ。まぁ、順調かな。お前んとこはまだ大変だろ、謬。」

「まぁ、まだ生まれたばっかだからさ。まぁ女の子だし継承者じゃねーし、のんびり育てるよ。」

哲士も謬も、既に人の親となっていた。

「彰も早く子ども作れよ。」

「ん、あぁ。」

彰は哲士の言葉に応じた。

「ま、もし継承者だったら、翠莱の弟子にでもするかなぁ。」

楽しそうに微笑んで彼はそんなことを言う。

「師匠みたいなろくでもない子だったらお断りです。」

「んだコラ俺に似たらめちゃめちゃ美男子じゃねーか。」

「彰は何も喋らなければイケメンなんじゃねーの。」

謬がしれっと言いのける。

4人は作戦についての打ち合わせを行うと、そのままその場所で休息を取ることになった。大体の予測交戦地点や戦闘中のコードネームなどが決められた。休息とは言っても、警戒しながらであるからいつでもすぐ戦闘に入れる格好のままでいなければならない。

「翠莱、お前は俺らに比べてまだ体力的にキツイだろうからもう寝とけ。」

彰の言葉に、翠莱は黙って横になる。

しばらくして穏やかに眠りについた彼女に、彰はバサッと自分の外套をかけた。

「神様ってのがホントにいるなら」

眠る翠莱の傍らに座りながら彰が唐突に口を開いた。

「俺のことはもういいから、こいつをもっと愛してやってくれって、思うよ。」

暗殺科で身を隠し、名を隠し、感情を捨てろと教えられ、アイデンティティすら失われかける中で、彰に対してだけは鮮やかに咲き乱れる花のように、ロボットでも人形でもなく、一人の人間なのだと必死に訴えるかのように、彼女は人間らしく生きる。たった10歳の少女が、なぜこれだけ苛烈な環境にあるのか、なぜこれだけの精神的凌辱を受けなければならないのか。

できるならこの手の内にずっと閉じ込めていたい。こんなにも守ってやりたいと思うなんて、俺はどうかしているのかーー?

「翠莱ってさ、」

謬は彰の言葉を茶化すことなく真摯に受け止めて言った。

「ファザーコンプレックスが強いじゃん。昭徒さんは血が繋がってないし、父親として愛してはいても、実の子じゃねーっていう引け目で、反抗したり甘えたりとかできねーんだろ。」

謬は彰を見つめながら更に続ける。

「だから俺は、お前がこの子の唯一の救いなんだと思ってるけど?」

「…は?」

「お前は厳しくて、でも優しいから、翠莱は安心できるんだろーよ。お前といると。」

ポカンとする彰に対し、謬は冷静に言った。

そこで哲士はふと思いついた事を口にする。

「なんか、お前らのお互いに対する態度ってたしかに父娘みたいだよな。」

「それ分かるわ」などと哲士と謬が2人揃って笑いあうので、彰は2人を睨んで言う。

「こんなのが娘とかたまったもんじゃねーよ。」

そう言った彰の顔はほんのりと、隠せない赤色に染まっていた。



彼らが敵チームに遭遇したのは僅かその3日後のことであった。

彰が前方遥か遠くに敵チームの姿を視認した。

「戦闘用意。」

木立の中を駆け抜ける4人の中で、腰の短剣を抜いた翠莱が少し前に出た。

「先発スズラン、行けます。」

スズランというコードネームの似合わなさを彰は散々バカにしていたが、流石に臨戦態勢でそれを持ち出すことはなかった。

「任せる。リンドウ援護に入れ。」

「了解。」

哲士は援護に入るため翠莱より半歩下がった斜め後ろにつく。2人はスピードを速め、彰たちから距離をとって敵チームに近付いた。

敵の先発隊と直接やり合う。翠莱と哲士が敵先発隊を倒したその直後、彰は異変に気付いた。

「戻れ!」

その声と同時に爆発音が聞こえる。とっさに哲士は翠莱を庇って地面に伏せた。

まさか敵領地内でこんな派手な戦い方をしてくるとは思っていなかった。どうやら敵もなりふり構っていられないらしい。

硝煙がたちこめる中、哲士はゆっくりと体を起こした。軽く火傷を負った左肩と背中がズキズキと痛む。

「スズラン…無事か?」

「大…丈夫です。」

翠莱はこめかみと左腕を負傷していた。

すると背後に突然殺気を感じた。敵チームの主要戦闘員である。

翠莱は咄嗟に攻撃を交わしたが、こめかみから流れ出た血のせいで左眼の視界が悪い。分が悪いときこそ先手必勝、戦闘員の1人とマッチアップする。しかし、彼女は左側の死角から近付いたもう1人の戦闘員に気を配る余裕がなかった。

鋭い長剣の突きは、彼女の身体が射抜かれる直前で、ギャィンという鈍い金属音と共に弾かれた。

「師匠!」

「お前囲まれてんじゃねーよ。」

彰は苦笑いを浮かべて言った。

更に背後に1人、右後方からもう1人、いつの間にか彼女は4人の戦闘員に囲まれていたのだ。それも、1人1人の相手が強い。

「わざわざ囲まれてる中に入って来るってバカなんですか?」

翠莱も余裕のない笑みを浮かべて言い返す。

「1人が囲まれてたら、その外から攻撃するのが定石でしょうが。」

「それはそいつが捨て駒って時だけだ。」

もともと入っていた情報より敵の数が多い。

どの戦闘員が文書を持っているのかを探りつつ殺すのは正直なかなか厳しい。

翠莱を庇いながら戦う彰にも余裕はなかった。翠莱がマッチアップした敵戦闘員は彰より一回り体格が良く、翠莱の筋力では赤子の手を捻るように攻撃が返されてしまう。敵戦闘員の中でもかなり強い相手のようだ。しかし、翠莱は弾き返される一瞬の中で、その男が隠し持っている文書に気付いた。彰にその事を伝えるために翠莱が男との距離をとろうと飛び退いた次の瞬間、男は一気に彼女との距離を詰めた。

「っ…!」

長い手がびゅんっと翠莱の首元に伸ばされる。空中ではかわせないと彼女が悟ったその時、彼女は右側から体当たりを受けた。

視界の端で捉えると、男の長剣が、彰を袈裟がけに斬っていた。

「師匠!」

どさっと倒れ込みながら翠莱が叫んだ。

しかし、ただでやられる彰ではない。

「ふぐっ…」

斬り裂かれたその瞬間の相手の隙を見逃す訳もなく、男の襟元から左手で文書を掴んだ彼はふっと笑みをもらし、彼の愛器である燕と呼ばれる銃で、その心臓を貫いた。

気付けば辺りは血だまりのみになっていて、満身創痍であるが、彼らは無事任務を遂行し終えた。

哲士も謬も負傷はしていたが、いずれも軽傷であった。唯一重傷を負ったのは彰で、その傷の深さもさる事ながら、刃に付いていた毒を受けた事がなかなかに危険な状態を作っていた。謬が応急処置をしたが、道具がない中での毒抜きは難しく、彰は早急に医療機関に運び込まれたのだった。



担架に乗せられた彰は早足で処置室の方へ運ばれた。

「師匠っ…師匠!」

「ちょっと、離れて。…あなたも怪我してるじゃない、手当を…」

担架から離れない翠莱に看護師が言ったが、翠莱には聞こえていない。

「師匠っ…!」

彰はぼんやりとした視界の中で翠莱の必死な表情を見た。こんなにも必死な彼女を、こんなにも取り乱す彼女を、彼は初めて見た。今にも泣きそうに必死で、それでも決して涙をこぼす事のない彼女が、彼を呼び続けている。それがこんなにも苦しくて愛おしい。

あぁ、俺は強ぇけど、たまには大怪我してみるのもいいかもな。

彰は激しい痛みと止まらない汗に反して、ふっと口元を緩めながら思った。

…いっぺん、死んでみることができたとして、負傷した俺のためにこんなにも必死で泣きそうになってるコイツが、俺が死んだらどんな顔をするのか、どんな声で俺を呼ぶのか、どれだけ俺のために泣くのか、見てみたくなるんだよ。



その後、謬の懸命な治療のおかげで、1ヶ月で退院できた彰であるが、哲士は忙しい仕事の合間に1度だけ見舞いに行くことができた。

「何?翠莱は見舞いに来ないのか?」

「それ!弟子のくせに見舞い1つ来ねぇって薄情な奴め。」

ちなみにもう1人の彼の弟子である市井等梨はもう3度も見舞いに来てくれたらしい。

「まぁ、丁度いい休息期間じゃねーか。今まで色々突っ走りすぎてたし、ゆっくり休めよ。」

「まぁなぁ。」

だがどうやらこの男はベッドの上でじっとしているのがどうにも焦れったいらしい。

「ほらよ。」

哲士が花を差し出すと彰は少し驚いた顔をした。

「おー!さすが気がきくなぁ。ありがとよ。」

「いや、師匠の墓参りで買ったついでだよ。」

哲士は特に哀愁に浸るでもなく卒なく言った。

「そうか。俺も退院したら花持って行くかな。」

彰は亡き者を悼むように、愛おしげに細めた目で花を眺めて言った。

哲士はそこでふと、サイドテーブルにさり気なく置いてある花瓶に気付いた。

「キレーな花だなぁ。」

「だろー?それ俺の一番好きな花なんだよ。もとは烙師匠が好きだったんだけど、オンシジウムっつって、踊る淑女の花なんだとよ。」

彰はニヤニヤと笑いながら言った。花瓶には鮮やかな黄色とオレンジの花がいけられていた。まだオンシジウムの季節には少し早いから、わざわざ手配したものだろう。

「誰が持ってきてくれたんだ?」

「さぁ?匿名で届いたから。見当もつかねーな。」

楽しそうにそう言った彰は、花の送り主のことなど勿論分かっているのだろう。

なるほど、淑女の名はなかなか似合うとは言い難いかもしれない。哲士はそんな事を思いながら、失笑した。





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