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  八

 アーツがグラバーを訪ねてから三日ほど経った日です。

 その日、ヨークスは登城の予定がなく屋敷で過ごしておりました。それを見計らい、アーツはヨークスに会いたいとルシファへ申し出たのでした。

 

「まず、旅人と偽り滞在していたことを詫びなければなりません」

 アーツの一声にヨークスは目を細め、先を促すように小さくうなづき返しました。

「ヨークス殿、私はナーラ国のアーツです。ヨークス殿からの文を受けた父に命じられ、ルシェ嬢拝顔のために来たのです。連れの者は護衛たちです」 

 ヨークスは気づいていたのか、いなかったのか。驚く素振りもなく問いかけます。

「それで、皇子殿は娘を吟味していたと?」

「私の国は荒くれた者が多く城内は殺伐としているのです。私はそれが当然と思いながらも好きではなかった。ここには安らぎがある。私はそれを手に入れたいと、生まれて初めて手に入れたいと思っています」


 アーツが指す安らぎとは無論ルシェのことに他なりません。

 しかし相手は大国の皇子です。ヨークスは面と向かってそれは無理だと言いきれなかったのか、アーツの言葉をじっと聞くだけでした。

「我が居城にここ同様の花は咲かせられませぬが、愛でる美しいものに不自由無きよう、飾り立てることは可能です。ルシェ嬢には一切王城に関わる任も務めも負わせませぬ! ただ、側にあって笑い歌い舞っていてくれさえすれば! 父であっても決してルシェ嬢に対し、非はつけさせませぬ!」

 アーツの硬い表情と、ヨークスの穏やかな面持ちは、生きた年月の差なのでしょうか。

 ヨークスは勢い立つアーツを見返したのでした。

「皇子殿、人は望まぬ場所で笑うことが出来ましょうか?」

 ヨークスはそうとだけ告げて立ち上がるとアーツに背を向けたのです。 




 サラエ王城には、強い稀な力の気をまとう子が生まれると、それを知る力を持つ者がおりました。

 その力は星見ほしみと呼ばれ、稀な力の中でも極めて内密にされている力でした。


 星見の力を持つ人は王城の最上塔に設えられた、広い円形の透明な壁の部屋に住み、微細な星の動きで稀な力の誕生と、生まれ落ちた場所を特定するのです。


 星見の知らせは、力の持ち主の生涯で数えるほどしかありません。

 その少ない瞬間のために、星見の人は日没前から空の端が白むまでの間、星見の知らせを待ちながら夜毎天上を見て過ごします。


 二十七年前のことです。

 星見の人は間もなく白んでくるはずの天上を眺めておりました。

「今夜も星は流れなかった……」

 大気は動かず、星の知らせもなく、すでに数えきれないほどくり返した孤独な夜が、また終わろうとしていた時でした。

 明けの明星がかすかにいつもと異なった方線を描いたのです。それは微細で星見の人でなければ、気づけない動きでした。

 大気が震えました。

 星見の塔にはどこにも隙間はなく、小さな風一つ入り込みません。それでも大気が震えるのを星見の人は確かに感じたのです。

 星見の人が部屋の中央に立って気を集中させると、両の瞳色が緩やかに変化しました。

 普段は漆黒のそれが、わずかに朱を帯びはじめ、やがて濃橙色へと変わっていきました。

 着ているさらさらとした肌触りの紫衣の裾がはためきました。足元から撒きあがる大気が紫衣を流れ動かしたのでした。

 星見の人が稀な力の誕生を察知した瞬間です。星見の人は大きな力の誕生を喜びました。その力は数少ない貴重な力だったからです。


 それがフルルでした。


 星見の知らせは、すぐさま王に伝えられました。王はそのためだけに暗躍する特殊な部隊を持っていたのです。その部隊が生まれ落ちた子を探し出すのでした。

 親にはそれと知らせず、子が物心がつく前に首都に移リ住むよう意図的に工作し、あるいは知恵者や側近が引き取ります。そしてヨークスの屋敷で日々を過ごさせるようにしていたのでした。

 稀な力が悪用されぬよう、持ち主である子の心根を穏やかに育むのが、サラエの庭園の役割だったのです。

 これがサラエ国の歴史で導き出された稀な力の持ち主の育て方でした。

 長い歴史の裏には多様な軋轢も葛藤も、残酷な現実もあったのかもしれません。

 多くの施行錯誤を繰り返した中で選択された現在いまだったのでしょう。



 フルルは星見で見い出され、来るべくして、ヨークスの屋敷を訪れた子どもだったのです。

 国王と側近たちは癒しの力を持つフルルを首都へいざない、力の強さを見極めようとしたのでした。

 子どもを見てその子がどんな力を持っているか、力の大きさがいかほどか、それを推し量る稀な人は見分けみわけの力を持つ人でした。それがルシファです。


 サラエの人々は誰でも不思議な力の芽を持っていたのでした。

 不思議な力の片鱗は、まだ穢れのない幼子に見え隠れしておりました。 

 子らが持つ力の芽の多くは、成長とともに失われていくのが常ですが、力の片鱗は無意識に、強い力の影響を受けるのでした。たとえばフルルの癒しの唄で癒しの力が増長されるようにです。

 当時ルシファはフルルの力が日々増大し、子どもたちどころが、力の芽を失った大人にまで共鳴していくことに、畏怖の念を抱いていたのでした。

 

 その十年後、ルシェが生まれた時もやはり星見の人は気づきました。

 ヨークスとルシファはサラエ国王から聞かされていたのです。ルシェが強い情読みの持ち主であると。

 情読みの力は稀な力の中で、忌み嫌われ慎重に扱われる力の一つでした。

 情に翻弄された心が何を引き起こすか、予想がつかないからです。 

 

 ルシェが生まれる前からフルルの癒しの力に共鳴していた子どもたちは、自覚なく、フルルとともにルシェを癒す者になっていたのです。

 フルルの力に引き寄せられるように、屋敷へ集う無垢な子どもたちの心が、ルシェに流れ込む負の感情を相殺していたのでした。

 フルルと子らの中で育つことにより、他者の感情に翻弄されかけたルシェの心は、穏やかに育つことが出来たのです。やがて歳月とともにルシェは、流れ込む感情を、多少なりとも自分の意志で制御するすべを、身につけることが出来るようになったばかりです。 


 ヨークスにとって、そんなルシェがフルルと子供たちのいるサラエ国を出て、他国へ嫁ぐなどあってはならないことだったのです。


 しかしヨークスはそれをアーツには告げませんでした。

 不思議な力は他国へのけん制に必要な情報だけを流し、民の中にあってさえヨークスのような人は稀であり、誰にでもそのような素質があると知らない者がほとんどでした。

 フルルやルシファ、ルシェが持つ稀な力は当事者と一部の人を除き、サラエ国の人々にも内密にされていたからです。 

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