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  六

「さあ、こちらへどうぞ。おばあちゃまの昔語りのお時間です」

 リリィが茶目っ気たっぷりな口上をのべ、愛くるしい瞳を輝かせました。さらにルシェの手招きがとどめになったのでしょう。

 アーツ一行は無言で子どもと老人に付き合うことにしたようです。

 アーツたちがテーブルにつくと、それぞれの前にフルルが湯気の揚がる取っ手のついた器を置いたのでした。

「こんなむさくるしい所まで訪ねてくれたお方がいるのだから、今日はまだ一度もしたことがない昔語りをしようかねえ」

 グラバーはそう前置きすると、一行をなめつけるように見渡して、話し始めたのでした。




 ――――むか~し、むかし、まだ月と陽が一緒に空に浮かんでいた時の、昼と夜がない世界のお話じゃ。


 月はいつも人の目を集める陽が羨ましくて、陽の横にうっすらと並ぶ自分を見る人がいないことが悲しかったそうじゃ。

 ある時月は気が付いた。月はどこまでも白く、陽は常に赤いということに。 

「どうしたって目立つ色に人の目は向くんだ。赤い陽と白い自分、二つが並んでいるから、人は陽ばかりをみる」

 そこで月は思いついた。陽と自分が空にある刻をずらせば、人は自分だけを見るようになるのではないかとのう。しての、月はどうすれば、陽と自分が見える刻をずらせるだろうか、と考えた。


 月は、調度流れてきた雲に聞いたんじゃ。

「陽と自分が空にある刻をずらすにはどうすればよいだろうか」

 雲は大声で笑って答えよった。

「そんなこと簡単じゃないか。陽が出ている間、お前は寝ていればいいんだ。陽が寝たら起き、陽が起きたら眠ればいい。人は寝ている間は姿がみえないだろう? それとおんなじだ」

 そうして雲はすぐまた遠くに流れて行きよった。


 月は雲が言ったとおり、赤く輝いている陽の隣で、目を閉ざすことに懸命になった。

 じゃが、陽がのう、「おーい、月、起きろ」と、たびたび声をかけてきた。月はその声が聞こえないふりをして、身じろぎひとつせず、目を閉じ耳をふさいでおった。

 陽は懸命になってのう、どんどん、どんどん、声を荒げ自身も力んで、赤い色をますます赤くしていった。やがて陽は、くたびれ果てて寝てしまったんじゃ。


 それを見た月は、喜びおってのう。

「よしよし、陽が眠りについた。さて目を開けるとするか」

 そうして、人々に白い自分をよく見てもらおうと、まんまるに自分を太らせた。

 

 赤い陽の方はといえば、眠ったとたんに体がかしぎおった。

 傾いだ体は高い高い山の向こうに落ちてしもうた。そしての、赤い陽が山にかくれたら下界は真っ暗になったんじゃ。

 したらの、人々はなにもしなくなってしまった。暗い中、手元も何も見えんようになったからじゃ。そして人たちは家の中に閉じこもってしまった。

 結局、暗闇に浮かんだ白い月をみる人は一人もおらんかった。


 それからというもの、人は一向に家から出て来んようになってしまいおった。

 やがて誰一人外にいない暗闇の下界から、色と音が消えてしまった。生み出す人が一人も姿を見せんようになったからのう。

 そうなってみて、月は自分のしたことの大ごとさに、ようやく気づいたんじゃ。このままでは下界が無になってしまう。ということにな。


 月はどうしたものかと考えた。考えたがいい知恵が浮かばんかった。

 考えて考えて、考え続けているうちに、まんまるだった体が少しずつすり減ってしまいおった。

 月は、今度は周囲の星たちに聞いてみた。星は数えきれんほどおったで、良い知恵が出るんじゃないかと思ったんじゃ。

「自分の白い明かりだけでは、人を目覚めさせきれない。このままでは人の世が消えてしまう。人を目覚めさせるにはどうすればいいだろう」


 星たちは月と一緒になって、うんうんと考えよった。

 しての、自分らも月と一緒に下界を照らすことにしたんじゃ。ひとつひとつ離れているより、寄り集まって照らせば良かろうと一所ひとところにまとまってみた。

 じゃが、星の色も白じゃった。どうあっても赤い陽のように、下界のすみずみまでは照らしきらなんだ。


 たくさんの星の中には偏屈者へんくつものがいくつかおっての。

 偏屈者は赤と青の星じゃった。色のついた星は白より明るかった。

 そこで白い星たちは赤と青の星に集まってくれるよう頼んだんじゃ。じゃが、色のついた星は他の星と一緒になろうとはせなんだった。

 月と白い星たちは偏屈者だからとあきらめた。

 それで月は遠くの白い星にも集まってくれと声をかけての、白は白なりに光ることに専念したんじゃ。


 やがて、暗い下界に一所だけ、ぼう、と鈍いながらも照らされる場所がようやく出来た。

 そこで月はそこをもっと明るくしようと、体をわずかずつ太らせていった。

 月がまんまるになり、数えきれない星が集まった光の真下にある家から、ようやく外に出てきた人がおった。

「おや、あそこに丸い月がある。たくさんの星もある。真っ暗な空にある月と星は綺麗だなあ」

 それは一人の子どもじゃった。

 子どもは寝そべって長いこと空を見ておった。して、そのまま眠ってしまったんじゃ。


 それを見ていた月は悲しくなってしまった。人が外に出て自分を見て、綺麗だと言ってくれても、寝てしまっては、世界は動き出さんということに変わりはないからのう。

 そうして月はようやく悟ったんじゃ。陽がおらんことには、下界を動かす人を起こすことは出来んのじゃと。

「一度だけ、一人だけだが、自分を見て綺麗だと言ってくれた子がいた。願いは叶ったじゃないか」

 月はそれで満足しようと思ったんじゃ。


 それから月は陽を探し起こそうと考えた。じゃが、陽が落ちた高い山を探すことが出来なんだ。なにせ、下界は真っ暗闇で、月はたくさんの星を集めるため動き回ってしまいおったでのう。

 月は途方にくれて星たちに再び頼んでみた。散らばって陽が落ちた山を探してほしいとな。

 星たちは月の気持ちが痛いほどわかった。わかったが精一杯光るために疲れきっておった。


 そんな時じゃった。あの偏屈者たちが動き出したんじゃ。

 色のついた星たちは最初から知っておったんじゃよ。いくら明るいとはいっても月や星の光が、陽に敵うはずがないということをのう。

 青と赤の星たちは世界の山々を照らし歩いた。そして高い高い山裾で眠っている陽を見つけ出したんじゃ。

 知らせを聞いた月はさっそく陽を起こしにいった。して、全てを話し、下界を照らしてくれと頼んだんじゃ。


 月を見た陽はおどろきよった。まるい月がやせ細っておったからじゃ。

「おれはおまえと並んで話すのが一番楽しかったのに、おまえはなんてことを考えていたんだ!」

 陽はそうやって月に怒ったが、月の気持ちも理解したんじゃろう。

「刻をずらしたいなら、最初からおれに言えばいいものを」

 そうして陽は月と取り決めをしたんじゃ。

「おれは地の端から空に上がって反対の地の端に降りる。おまえはおれが降り始めたら空に上がり、同じように空をまわって降りろ。それを交互にくり返すんだ」


 そうしてのう、下界に昼と夜という刻が出来たんじゃ。


 下界は昼と夜が出来てから見違えるように活気づきおった。人が陽の下で動き、夜になったら眠り、休んだ体は陽の下で前にもまして、動くようになったからじゃ。


 そんな中で夜になるとの、あの子どもが、月を見上げてから眠るようになった。

 月は子を喜ばせようと日々形を変えてみせるようになったそうじゃ。


 星たちは空のそこら中に散らばり、夜になるとほのかなきらめきでもって、空を渡る月を、終始見守っておるんだそうじゃ――――



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