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  二

 その朝、お屋敷の花々は雨あがりの露で、一際輝いておりました。

 心地よいまどろみから目覚めたルシェは、七色の光に目を細めました。

 朝の光を映して輝く七色は、窓際に置かれた花壺はなつぼでした。それには花びらが幾重にも花芯を囲む陽菜ひなの花が、開いた扇のように活けられています。

 天蓋の隙間から見えた花壺に、ルシェはうっとり魅入ったのち、ドア越しに声をかけました。

「フルル、フルル、そこにいるの?」

「お目覚めですか? お嬢様」

 寝室の隣にある控えの間からフルルが即座に答えました。


 現在のフルルはルシェの護衛もねています。

 ルシェが幼い頃は添い寝や寝物語をしておりましたが、お年頃になられたこの頃は節度を重んじ、決して許可なく寝室へ入ることはありません。

「ねえ、この花壺はどうしたの?」

 フルルはやはりドア越しに答えます。

「はい。そちらはナーラ国から届いたお品でございます。今朝ほど、奥様がお持ちになられたのです」

「素敵。朝日があたってキラキラしてる。きっと今の時間が一番綺麗なのよ。フルルもみてごらんなさい」

 入室の許可があっても一応フルルは確認します。「夜衣はお召しになっていらっしゃいますか?」と。


 ルシェは眠る時薄布一枚すら体にまとわりつくのを厭い、呼ばれるままにドアを開けたフルルが、呆れることも珍しくなかったからです。

 しかしこの頃はフルルのお小言がどうにか功を奏していたのでしょう。ルシェは真っ白な敷き布を体に巻きつけて、勢いよく自分からドアを開けたのでした。

 その勢いにフルルは一歩後ずさりました。陽菜の花そのもののような闊達かったつなルシェに、少し気おされたかのようです。

 フルルは片手を口元へ持っていき、コホンと小さく喉を鳴らしました。それから用意してあった深紅のドレスを差し出したのでした。

「さあ、まずはお召しかえです。その後はお父様とお母様へ朝のご挨拶へおいでください」

 そんな言葉は右から左――ルシェはフルルの腕をとり出窓へと引っぱりました。それは愛らしいお顔で。無邪気な笑みで。

「綺麗な花壺ね。でもそれは陽菜の花が似合うからよ。これはフルルが活けてくれたのでしょう?」

 ルシェの瞳には七色の花壺よりも、陽菜の花が生き生きと美しく輝いて映っていたのでしょう。 

 そして――フルルの腕をとった時、ルシェには笑顔のフルルの心が、さわさわと、わずかに揺れているのがわかりました。フルルの感情が流れこんできたからです。


 そう、ルシェは人の感情を読みとる力を持っていたのでした。 


「ねえ、何かあったの?」

 ちょっぴり口を尖らせたルシェがそう尋ねます。 

「まずはお召かえを。ヨークス様とルシファ様がお待ちです」

 フルルはその問いに答えず、目元を細めまぶしそうにルシェを見下ろしながら、そう促したのでした。


 


 ヨークスとルシファは、庭園を一望できる透明な壁に囲まれた部屋で、食前のお茶を召し上がっておりました。

 いつもお二人はこうして朝の光を浴び、元気なルシェが飛びこんでくるのを待つのが常でした。

 ですが、今朝はお二人の顔色が心なし冴えないご様子です。

 お二人はナーラ国から届いた手紙を前にして、それぞれに物思いにふけっているようなのです。


 やがてルシファがヨークスに声をかけました。

「旅の者のうわさによれば、ナーラのアーツ皇子は、国王と違って優しい方らしいのだとか」

 ルシファの言葉にヨークスは顔を横に振りました。


 この頃ヨークスは毎夜同じ夢を見ていたのです。

 雲ひとつない清爽な空が、灰煙に包まれていく夢です。そこには渦巻く真っ黒な雲も人々の阿鼻叫喚もなく、やがて金色の光が灰煙を押し戻し紺碧の空が甦る、そんな夢でした。

 ヨークスはその夢のことを初めてルシファに告げました。


 ルシファは心配顔でヨークスに訊ねます。

「それは先見の夢のようですね。国王様にはお知らせしたのですか?」

 ヨークスは再び顔を横に振りました。

「いや、まだ伝えてはいないのだよ。この夢は悪しき大事とは思えなかったのでね。夢の結末が金色の光、紺碧の空なのだから」

 聡明なルシファは何か察したように、両の手を合わせヨークスに問うたのでした。

「では、夢が示しているのはこの手紙――ルシェの婚儀という可能性もおありだとお考えなのですね?」

「う~む、そこがわからないのだ。なにせ、あの娘がこの国以外で暮らせるとは思えないのだから」

 輝く花々と対照的にヨークスの表情は曇っていきました。


 ヨークスの夢はあくまでも夢なのです。夢ははっきりと解釈できる暗示の時もありますが、抽象的でどのようにも受け取れる場合もあるのです。夢の意味をどう、ひも解くかで事態が変わってしまうこともあるのでした。

 十年前、サラエ国が危機にさらされた時、ヨークスは大軍がサラエに向かって進行してくる様を、鮮明に夢で見ることが出来ました。ですが、その大軍がどの国のものなのか、なぜなのか。それを見極めることまでは出来ません。他国の情勢を知るために密かに忍ばせた密偵の知らせから、ヨークスの夢の意味を正確にひも解く知恵者たち。小国サラエはそうして平和を保っていたのでした。



 ナーラ国王からの書状は【皇子アーツの花嫁候補にルシェを加えたい。先だってルシェをナーラ国に招待したい】という一文で締められていたのです。


 朝食の席でそれを聞いたルシェの反応は、両親の苦悩を吹き飛ばし、斜め後ろに立ったフルルをまたもや呆れさせるものでした。

「わたしが皇女候補!? ナーラ国王っておばかさんなのかしら」 



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