ゴルゴルァの丘で学内デート
「魔王って何者?」
少女の大きめな目を見つめて、僕は聞く。
その目をぱちぱちさせて、彼女がまくし立ててくる。
「文字どおり魔族の王だ。あたしの場合、王ていうかお姫さま(プリンセス)だけど。未成年だから学生だけど。この学園って、お金さえ払えばノー試験で誰でも入学できるから。魔王だろうが異界人だろうがUMA(未確認生物)だろうがなんだって」
胸の下で腕を組む彼女が、こくり頷いて。
「ここって、魔王以外にも異界人やUMAが!? って、さっき僕も会ったわ、その両方に。あいつの 正体、異界人じゃなくて厨二だったかもしれな……」
こっちが最後まで語り終えるのも待たず、魔王が続けてくる。
「いるぞ、わんさか。常軌を逸した生徒が多すぎて、学内で問題や事件が起きないか、学校側がそこら中に監視カメラを付けて始終見張るようになったほどに」
「この学園ってそんなヤバいとこだったのか!? なんの役にも立たない監視カメラだとは思ってたけど、そんな用途だったとは」
やっと僕にも分かってきた。
この学園の実態が……。
道理で、そこらに人外がいる程度じゃ、他の生徒がちっとも気にもしないわけ。学園自体が非日常化してるんだから。
「僕なんか、引っ越した家の近所にある高校で、入学試験がなくて比較的自由な校風のとこだって聞いて、ここに来ただけなんだけど。入ってから知ったよ。すげー変な学校だって。変っていうか異常だって。特にきみとか」
とこっちが言えば、少女は両腕をぎゅっと閉めて。
上腕に挟まれた胸が抑えられ、余計にそのふくらみを増していて。
「確かに、ここは、自由っていうか、極めてフリーダムなところではあるな。自由の成れの果てが銃社会みたいな」
「なんだよ、その例え」
一つもフォローになってないぞそれ。
暖簾にダメ押し的な台詞を続ける少女が、さらに極め付けにこんなことまで言ってきて。
「まあ、ロクに下調べもせずに、こんないかがわしい高校に来たことにせいぜい感謝しつつ、ユウくんも 変わった高校生活を送るしかないな。あたしに食われるその日まで♪」
どこか彼方を見るような、一点の曇りもなき目をして。
「魔王だかなんだか知らないけど、きみは一度、その性根を叩き直された方がいいようだ」
バトル最強だし、変態だし、超肉食だし。
この美少女がどれほど恐るべき存在かは、十二分に分かった。
初対面の時は廊下で追いつめられたとは言え、よくもこんなやつ相手に鼻に指を突っ込んだもんだ、ずいぶんとまた最悪なことしてたなと、今さらながら思うけど。
だからと言って、ここでひるむわけにはいかない。
白虎みたいに跡形もなく丸呑みにされ、「コシがない~♪」とか放言されるのはご免だから。
ううう。僕の悲願=ラブでハッピーな学園生活はどこへ?
と、魔王と駄話していたところに。
「あの~」
遠慮がちな少年の声が、後ろから聞こえてきた。
声の方に顔を向けると、トイレ入り口に鞄を肩からかけたブレザー姿の生徒が。
帰宅する生徒が、トイレに寄ったようだ。
眼鏡をかけて、七三分けをした小柄な男子。この学園が放つ毒気に汚染されていなそうな、見るからに優等生風な。
「ここって男子トイレですよね?」
いささか気まずそうに聞いてきた。失礼なのこっちだから、一つも気にすることないのに。
「ほら。迷惑だからここ出るぞ」
僕が言えば、少女がこう返してくる。
「じゃあ。ゴルゴルァの丘に行こう」
「ゴルゴラの丘!? ってあれか? あの聖書に出てくる、神の子が最期を遂げた場所……って、なんでそんな歴史的な場所がこの近くに!? 日本に? この学園にそんなのがあるのか?」
こっちが疑義を呈すれば
「何を言ってるんだ、きみ。聖書に出てくるのはゴルゴダの丘で、うちの学校にあるのはゴルゴルァの丘!!」
などと誤字を訂正(?)してきて。
あるはずないよな。キリストが磔にされた場所が、この学校になんて。
「なんだそれ!? 親父ギャグかよ。んな『ァ』にアクセント付けても、たいていのやつに聞こえないぞ?」
「誰が付けたか知らないけど、元からそういう名前なんだよっ。文句があるなら、命名者に言ってくれたまえ」
何むちゃなこと言ってんだ。
「知らないやつに何言えばいいんだよ!? そこって、もしかして何か邪悪な儀式にでも使われる場所なのか? こんな変な学校だから裏文化祭とか用に!?」
「なんだ裏文化祭って? 意味が分からないことを言うんじゃないっ。黙ってあたしについてこい!! これから我が聖地に案内してやるから」
「我が聖地~~!?」
意味が分からないのはどっちだよ?
中途半端に香ばしい単語発せられても、こっちは余計に混乱するんだが。
裏文化祭とかテキトーに言った僕も悪かったけど、聖地とかなんとか、もっと怪しい感じだし。
監視カメラがじいいと鳴って、七三の少年がじとーっとこっちを見ていた。
そんな状況など歯牙にもかけぬように、先にすたすたと歩き出した少女に従って、僕もトイレを出た。
校舎二階のトイレを後にし、廊下を右に行く。
少し歩いて階段を降りる。図書館前の一階ラウンジを過ぎ、校舎を出る。
校舎脇の、植木と並木で飾られた煉瓦敷きの道をまっすぐ行く。
とそこに。歩いていく二人に、後ろから声をかけてくる者がいた。
「樹乃生様ぁ!! 今日は男子をお連れでぇ♪」
カールした銀髪ショートに、セーラー服を着て右肩に鞄を抱えた少女。彼女も帰宅中なのだろう。
校規違反じゃないってことは、やっぱ地毛?
背はやや高く胸が大きく、透き通るほど色白。
その上、奇妙なことにその目が両目とも緋色。
……なんか日本人離れしてるぞこいつ。てか人間っぽくないぞ?
一目瞭然の人外だけど、全体に端正な顔立ちの美少女でよく通るハスキーボイスで。
「マカリー、あたしが男の子を連れていてはおかしいかしら? 召使い(メイド)のきみがお姫様に何か異論でも?」
魔王の召使い(メイド)!? そんなやつまでこの学園にいるの!?
「いえいえ。別におかしくもなんともありませんけど。お姫様、あたしは先に帰って、お部屋で調教してますのでまた後で」
「さすが異界オタ・マカリー。完全にトレーニングすれば、自由自在に異界を横断できるようになれるという、あの白犬のことを言ってるのだろ?」
「はい。お姫様」
お部屋で白犬調教? 異界オタクの異界横断?
魔王が言ってることもよく分からないが、この召使い(メイド)自身が変わり者のようだ。
この少女って、どんな性格してるんだ? 魔王みたいな変態肉食系と違って、草食マジメ系だったらい いけど、調教とか言ってるしそこは期待するべくもない?
まあ、知らない娘だし、その時は深く気に留めなかったけど。
煉瓦敷きの道が、ほどなく緩やかな下り坂になる。
それを進むと上り坂になり、数十メートル進んだところで、十字路に出る。今まで来た道と北に下っていく道(グランド方面)と南に下っていく道(校門方面)、直進して丘を登っていく道が交差していて。
僕らはまっすぐ行く。
煉瓦敷きもすぐに途絶えて、樹々や植物が茂る小さな森、薄暗き丘の中へと小道を辿っていく。
「ここって……」
日があまり差し込まなそうな、鬱蒼とした森だった。
僕は目を細め、声を潜めていた。その小道沿いの森に生息するものが、見たこともない植物ばかりだった。
大岩から生える七色のキノコ。
枝がくるくる曲がりくねって、イボがいっぱいの黒光りする果実を付ける樹木。
四角や菱形の原色系の花を咲かせる雑草たち。
どのキノコもフルーツも花も、奇天烈に色鮮やか。こんな派手派手植物ってどれも毒入りじゃないか? って思ったけど実際そうに違いない。根拠もなく断言したくなる。
怪しい。怪しすぎる。赤道直下のジャングルでさえ、こんな気味の悪い植物群は自生していまい。
「どしたの、ユウくん?」
「こんなおどろおどろしい森が、学校の敷地内って」
「そうだぞ。癒し系の可憐な植物ばっかだろ?」
先を歩いていた少女が僕に振り返りそう言って、やんわり微笑んだ。
癒し系? 可憐?
少女の笑顔は例によってキュートすぎだが、何を言ってるんだこいつは? 常人と感覚が違いすぎる。当惑せずにいられない。
曲がりくねった道を二人で五分ほど行くと、上り切ったところでぱっと道が開けて。
「着いた~~♪」「もう頂上!?」
緩やかな傾斜を登り切ると、空き地があった。
真ん中に、コンクリで囲まれた台座があった。
スカートを翻し、台座周囲を迂回し石段をとんとんと登っていく少女に、僕も続いた。石段を上り切り台座上まで来て、彼女が口を開く。
「ここって絶景だろ?」「だな」
僕らの他に誰もいなかった。
彼女が言うとおりだ。素晴らしく見晴らしが良かった。
学園一の高台――校舎やグラウンド、体育館、テニスコート、プール、部室棟、理科棟。校内の全てを一望できるところで。
「あれって何?」
台座の欄干から学園風景を見渡し、僕は後ろを振り返った。
台座中央が周囲より一段高くなっている。そこに大岩が置かれている。二人を足したよりも、五倍ほどのサイズの巨岩が。
大きいだけじゃない。普通の岩じゃなかった。
全体に宝石質な光沢があり、黄色や赤、緑、白の光を放つ煌びやかな貴石なのだ。おまけに、その岩面上に何か模様が刻まれていた。
二足歩行する翼がある象……太い棘付きの甲羅をした亀……目玉がいくつもあり、羽根に鉤爪前足が付いた鳥……車輪と管とタンクがあり、チューブや煙突から蒸気を吐く謎の機械……三叉の槍を持って踊るガイコツ……蝶みたいな羽根があって、裸の少女は……天使?
デザインが抽象的かつ単純で古代芸術みたいだ。
実際のところ、何を表しているのかよく分からない。
だから、それっぽく見えたってだけの話で。
「さてと、自然の空気にたっぷり癒されたところで」
って、こっちはぜんぜん癒されてないよ。
あんな不気味な森って、軽くショックだったわ。
「ちゃんとお話するわ。魔王であるあたしが何者なのか? その仔細とそして……、この学園の秘密について」
金髪の少女が射抜くような目でこっちを見つめて、口角を緩めてそう言った。
うう、可愛い。
けど、ちょっと怖いぞ。そんな思い詰めた顔って。