逆立キックはパンチラで
どっさーっ。
白虎後頭部への少女の飛び蹴り。
その奇襲に態勢を崩した白虎が。
僕をつかんでいた両手を、弾みで離してしまったのだ。
「いってぇぇぇぇ!!」
こっちは床に尻持ちついてて。
……あれれ? 額の出血が止まっている。
チクショー。女の子に助けられるとか、超カッコ悪いぞ。けど、この場は仕方ないか? あの白虎暴虐すぎるし、太刀打できずやられっ放しだし。けど、この少女って何者? 魔物も体勢崩すほどのこんな破竹さって。
痛む体をさすりつつ、僕はバトルを見守っていたのだ。
と、少女がすとんと床に降り立って。
「う~~ん♪」
両手を頭の上で組んで伸ばし、それを腰に持ってきてお尻振り振り。
ストレッチでも始めたのか? 単に体がうずいてる? そんな運動をしながら、セーラー服の内ポケットからゴムを取り出し、ぎゅっぎゅっと髪を後ろで結わえていて。
バトル気満々ってこと?
なんか余裕そうだこいつ。
「ふん、ふんふんふんふん♪ トラくぅん、お遊びはこれからだよぉ♪」
鼻歌交じりにそんなこと言い出してるし。
そのアニ声を耳にした白虎も身を翻して、少女の方を向いてぎろりっ。
「ぐるるるう……うぅ……」
血走った眼球を痙攣させながら、威圧的に見下ろしていた。
だが、少女は、そんな睨みなど歯牙にもかけぬように。
とん、 とん、 とん、とんとん……!!
軽やかにステップを踏み出していた。
床上で、左足、右足と交互に踏み込んでは下がり、両手のガードを下げて、リズミカルに体を揺すりその豊乳をわさわささせながら。
挑発するかのような彼女の動きに、白虎が神経を逆撫でされたらしく。
「うぐるぎゃあああああああああ!」
白い体毛を総毛立たせ、全身から絞り出されるような吠え声を上げてきて。
が、少女はやはり動じず。
「にしし♪」
その端正な顔に、さも強者は自分だとでも言いたげな不敵な笑みを浮かべ、たん、たたんとステップし続けていたのだ。
びゅおぐおう!! 魔物が右腕を振りかざしてくるのを、よけるどころか、たたんっと踏み込み前傾になり、床に手を付き。
ずった~~~~ん!
宙に浮かんで一回転。
前方倒立回転飛びしやがった!!
魔物が襲ってくるところを、ぱっと飛んでかわした。
……あいつって運動神経すげっ!!
あんなことしないで、普通によけた方が絶対いいのに!? 動きと体力の効率がいいのに!? 身体能力が高いやつに限って、なんでああ、余計なことをしたがるものなのか?
と穿った見方をするバトル素人の僕の方が完全に間違っていた、と気づくのはその直後で。
一発目を空振った白虎が、左、右と交互にフックしてくるのを、たんっ、たんっ、た~~ん!
少女はさながら、子供でもあしらうように、一人舞踏にでも興じるように、飛び回って軽々よけていき。
空振りし続けた消耗感に、白虎が攻撃の手をふと休めたその時。
少女はもう一度床に手を付き。
前回転はせずに、なぜかそこで逆立ちし出して。
うわぁ。あの豊乳が下がって顔近くまで迫ってきてるぞ……?
しかし、彼女自身はそんなこと気にも留めずに。
重心を逆さにした姿勢で、両足をぐるぐるぐる。
交互に斜めに回転させ始めた。
あ。あれは……カポエイラ……!!
灼熱の国・ブラジルが生んだ(手による攻撃をほとんどしない)足技中心の格闘技。
地を這うような足払い……回転飛び回し蹴り……空中での連続足技……逆立ちしながらの蹴り……。
ほとんど奇術とも言える身のこなしで、敵を翻弄する舞踏武術。
手技よりも足技の方がリーチが長く、攻撃力があると言う格闘家は少なくない。
カポエイラは、その利を存分に活かした足技特化武術。
でも、この際、そんなうんちくは置いといて。
あの少女、何考えてんだ……!?
床にへたり込んだバトル観客の僕は、呆然としていたのだ。
セーラー服で逆立ちした彼女だったけど、そのせいでスカートがめくれてしまい、パンティが丸見えになっていたから。
しかもなんだ? あの悩殺的に濃い紫の編み編みとか?
いやいや。僕としては見る気がぜんぜんなかったけど、勝手に見えたというか、視界に入ってしまった というか。そんな困った状況で。別に言い訳しているわけでなく、ごく自然な展開で。
それになんだよ、あの真っ白な太腿……。
って、何を注視してるんだ、僕は!? 困ったも何も自分から!!
そもそもあの少女も隠す気全然ないって、どういうことだよ(って責任転嫁NG)?
恥じらう気配ゼロどころか、ぶんぶん振り回してるし。
見てるこっちがはらはらだよ。
さっきまでは早業回転してたからスカートがめくれずに済んでたけど、あの姿勢で静止したら、めくれるに決まってるじゃん? そんなの、女子なら誰だって予測つくだろ!?
なんて、再度ぶつぶつし出したこっちがやはり早とちりだったと気づくのは、これまたすぐ後のことで。
「ぐる……ぐるるるぅ…………?」
その時。
白虎までもが、しどけなき少女の一点に目が釘付けになっていたのだ。しどけなきところ……それがどことはあえて言わないが、その部分を注視し白虎がうかつに固まっていたところに、逆立ち移動してきた彼女が。
ずどどとど!! パンティ丸見えで生足を躍動させながら、連続蹴り入れやがった。
こ。この娘……!!
パンチラ――チラ(・・)どころじゃない――で、魔物の注意を引いてたのかよ!?
魔物の集中力が途切れたところに攻撃って、色仕掛け作戦だったのか!?
廊下で緊縛だったとこといい、あんなパンティといい、こんな罠。
こいつって、言うことなすこと普通の高校生じゃなさすぎる!!
少女の右足が、白虎腹部に一撃をずしぃっ!
左足が胸部へとずししぃっ!
不覚を取った魔物が、身動きも取れずよたったところに。
逆立ち少女がパンティを見せ生足を晒したまま、左足をぐっと寄せ、右足をびいいいんと伸ばして。
ずびしぃぃっ!! 突き上げる(アッパーの)ように、白虎の顎に食らわせた。
「ぬうぅっ!!」
一方、魔物は顔面を後方にのけぞらせ、鈍い呻き声を上げ、がくんと床に右膝を付いていた。
少女は逆立ちをやめ、ふっと立ち姿に戻ると。
数歩後退して、たん、たたんっ♪ ステップ再開し始めて。
「……ぐるる……ぐるるぅ……」
顔を下に向け、白虎が呻いていた。
頭部まで響く鈍い痛みに耐えるかのように、そんなポーズを作りつつも次の行動に備えるかのように。
しばらくして顔を上げ、「ぐふおおおおおおん!」むくり立ち上がって。
両手を広げ、空を見つめるかのような思慮深き表情を作ってから、ぱちっと目をつぶると。
「……ぐるげるぅ……うがぼえうぅ……ぶぎゃ”うるぐえあぉ……」
何やらくぐもった、腹の底から捻り出されるような声を。
それが口内で倍音と化すような、異声を発してきて。
これって……?
ただの変声じゃないみたいだぞ?
この地を這うような神妙な声音……なんだろう……虎語(?)を使った声明か何か、あるいは呪文のごときもの……?
って、そう思うのはこっちの考えすぎか?
この魔物ってそんな技まで使えるのか? でも、あの神獣・白虎なら???
真相は不明だけど、とにかくそれは、ただならなさの余りこっちが痺れてしまいそうなくらいに玄妙にうねった発声で。
そして、白虎が何かを唱えてから数秒後。
ずびゅ、ずびゅびゅおおう!!
辺りの空気が擦れるような異音がして。
僕が目を丸くする前で、いとも奇すしき光景が展開し始めた。
うるぐぼしゅああん!
魔物の胸先に、どこからともなくそれ(・・)が現れて。
……な、なんだ、あれ?
刀剣だ。刀身を上にした両刃剣が、魔物の前に浮かんでいたのだ。
あんな邪悪なのって。
今まで、図鑑でも博物館でも見たことがないような代物。
鍔から柄の部分が、大きく先が尖ったネジのごとき形をしている。刀身は、めらめらと燃える炎を象ったような造形。全体黒ずんだ銀色のその両刃剣は、此界には存在するはずもなき禍々しさを湛えていて。
「ぐるるぅ!!」
おもむろに、白虎がその剣を両手で握るなり。
ふぉおおおおおおおおお!! 剣と使い手が感応したかのように、白虎の全身が、黄金のオーラに包まれ始めて。
「虎くぅん。ノー武器なあたしに炎龍(って武器の名前?)使うとか反則だよぉ♪」
ステップを繰り返しつつ、喚く少女に
「武器でも使わなきゃかなわないんじゃないか、きみが強すぎて?」
床にへたった僕がぼそっと言えば。
「何言ってんのぉ!! か弱き乙女に、超野蛮なのはあいつだからああ!!」
「か弱き乙女って……。武器持ってないきみの方が、野蛮なあいつより五倍くらい凶暴に見えたが。きみって何者だよ? 言うことやることそんな過激って」
「ふん。今は忙しいから、それは後で教えてあげるぅ♪」
ツンとそう言った彼女がぱっちりお目目を寄せて、僕に向かってべえっと舌を出してきて。
だから、その変顔、可愛いって。
と思ってしまう自分こそが、今回は許せなかったけど。
さて、白虎が魔剣を持ち出し、その後、戦況がどうなったのかと言えば……。