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魔王城の終焉

今回でラストのつもりでしたが、長くなってしまいました。次で最終回です。

「全員血祭りに上げてやるわよ。竹下くんはもちろん、柏葉さんも神取さんも木村さんも一緒に!!」

 柏葉さんとか神取さんとか一瞬誰!? って思ったけど、ジュノ(樹乃生(じゅのう))とレナ(麗那)のことだよな。

 マカリーって苗字が木村さんなのか。それも分からなかったけど。

 魔王・喩子(ゆず)さんが、三叉の槍を両手で持ち、ぶううんと振り回してきた。

 僕ら全員が、その武器の射程範囲外へばっと後退。事なきを得たが、次に彼女が身を翻し、突進しながら逆方向から振り回してきて。

 全員で蟻の子を散らすが、やられっぱでこっちが打つ手はない。

「ユウくん、剣を取るのよ!!」

「え!? 魔王になったとは言え、喩子(ゆず)さんと戦うのか!? そんなこと、僕はできないっ」

「何ハンパなことを言ってるんだ。きみにとっての魔王は誰だと思ってるんだ!?」

「いや、それはもちろんきみだけど」

「だったら、魔王の言うことが聞けないのか?」

「いや、それとこれとは話が別っていうか、僕は喩子(ゆず)さんと戦いたくない!!」

 とゴネるこっちに、魔王は痺れを切らしたようだ。右手を伸ばし、こんなこと言ってくる。

「じゃあ、ユウくん。その魔剣をあたしに貸せ」

「きみが戦うのか!?」

「そうじゃなきゃ、どうする? レナは戦闘能力ゼロだし、マカリーはごく初歩的な魔法しか使えない魔法使い見習いなんだぞ」

「いや、でも、魔王、喩子(ゆず)さんを苛めないでくれよ?」

「アホかきみ。目を覚まして現実を直視しろ。あいつは我々を殺そうとしてるんだ。妙な恋心に引き摺られてる場合か!?」

「きみの言う通りだけど、僕にはこの状況がうまく飲み込めてない。喩子(ゆず)さんが魔王なんて信じられないっ」

「騙されても騙した女のことが忘れられないタイプだなきみ。しまいにゃ、騙すよりも騙される方が断然いいとか泣きながら言い出しそうな、魔王流とは正反対のヘタレタイプか?」

「なんでそれが分かるんだ!?」

「そうなのかきみ。まあ、ああいう一見清楚タイプに限って、女子には腹黒いやつが多いからな~」

「ま、マジで!?」

「ああ。テキトーに言っただけだが。きみみたいなバカをからかうのも一興かなって」

「魔王~~~~~~~~っ!?」

 と僕が叫んだところで、ずっしいいいん!!

 魔王・喩子(ゆず)さんが突き込んできた槍が、二人に当たりこそしなかったものの、僕と魔王の間を裂くように床に突き刺さっていた。

「いいから剣を貸せ!!」「分かった。これだ」

 ベルトから魔剣の柄を抜き、僕は魔王に渡す。ネジの形をしたそれを彼女が取るや、ぶふぉおおおおお!! 数瞬もなく炎が現れ、メラメラっと刀身を形成した。

「たああああああああっ!!」

 と叫び、両手で魔剣を持つ魔王が宙に飛び上る。

 魔王・喩子(ゆず)さんも槍を持って飛び、ががが~~ん!! 二人宙で激突。

 天井が高い魔王城だからこそ、二人とも頭をぶつけないで済んだが、ここが室内とは思えないほどの乱暴狼藉振りで。

 がっ、がん、かーん、がっがーん!!

 宙で浮いたまま、炎の剣と三叉の槍をぶつかり合い、火花が散る。

 上段に下段に中段に、がっと互いの胸の前辺りで凌ぎあい、ばっと宙で離れて。

 羽がある喩子(ゆず)さんはともかく、ジュノって飛空能力でもあるのか?

 白虎戦の時もあの跳躍ぶりだったし、あの異次元胃袋だ。アリジゴク相手に腕伸ばしてたし、宙に浮くくらいの軽業(かるわざ)は余裕でできそうだけど。

 すううう。舞い降りるように床に降りた二者が、足を踏みしめ、武器を構え合って。

 ずががんっ!! 両者同時に踏み込み、がーん、かーん、かんかんかん、ががーん!!

 槍と剣を上下斜めにぶつけ合う。

 魔王・喩子(ゆず)さんがさああっと回転しながら槍を回してきたところを、ジュノはしゃがんでかわし、相手の懐へと跳び蹴り入れたところに、床にどんっと槍をつき、それを支柱に跳躍した喩子(ゆず)さんがかわして。

 がん、かかーん、がんがんかかーん!!

 またも二者が接近し合い、ぶつかり合って。

 ……この勝負互角。

 両者とも隙がない上、武器の使い手としても一流。双方とも引く気がない。

 千日手(将棋で、先手と後手が同じ手を繰り返し勝負が付かず膠着状態となること)だ。将棋の試合ならここで差し直しとでもなるところだろうが、この二人が自ら勝負放棄することなどはありえず。

 かーん、かーん、かーん、かーん!!

 室内狭しとバトり続ける二人。

 

「魔王~~っ!! 魔王め~~っ!! よくもあたしの彼をたぶらかしてくれたわねええ!!」

 とその時、西側の窓から顔を出し、片手で窓縁につかまりながらそこに現れた者がいた。

 あの大きな目と耳に出っ歯の女は……、ウキキーだ!!

 あいつ、窓から逃げ出してどこ行ったかと思ってたら、戻ってきたのかよ。

「ウッキーをそそのかして、悪の道に走らせおって~~!! あたしからウッキーを奪いやがってぇぇ!!」

 ど、どういうことだ、それ? 

たぶらしかしてとか、奪いやがってとか、ウッキーと喩子(ゆず)さんが何かいけない仲だったような口振りじゃないか?

 でも、ウッキーが自分で何もないとか言ってたし。

 ウッキーが消えても、喩子(ゆず)さん、そのことを悲しむ気配がさらさらなかったし。

 そこまで深い関係ってことはないだろうって思うけど。

「片思いしてきた彼に、悪の道に走れば一緒になれるよとうそぶいて、この城の魔王を演じさせた挙句、他の魔王たちに殺されるところまで追いつめたのはあなたなのよ!! あなたはウッキーを利用したの!!」

 あのネズミが喩子(ゆず)さんに想いを寄せてたのか。その時僕は、頭の中でウッキーと喩子(ゆず)さんが腕を組んで歩いているところを、ふと想像してみた。

 まったく……釣り合ってないぞ。

 土台無理な恋じゃなかったのか?

 と、ずるるる。窓縁に右手をかけていたウキキーが、ぐいっと這い上がり、室内へと侵入してきた。もう一方の手まで現れ、その手にはあの棘付き棍棒が握られていて。

 ……あいつって、あれを取りに行くために窓から抜け出したのか?

「最愛の男を奪われたあたしの苦悩を思い知りなさいいいいい!!」

 そう叫んで、ずががああああん!! 

 魔王・喩子(ゆず)さんに棍棒を振り回してきた。

 その一発目を喩子(ゆず)さんはすっと後退、なんなくよけたものの。

 続いてぶんっぶんっぶんぶんっと、狙いも定めずウキキーが乱れ振りしてくる復讐棍棒は、それゆえ次の一打の動きも読めず。

 喩子(ゆず)さんはオロオロと、その攻撃が来るたび身をひねっていて。

 さらにそこに金髪を振り乱したジュノが。

「ウキキーよ。お前の気持ちはよく分かるぞっ。こんな不埒な女、あたしだって許せない。害悪そのもののとしか思えないタカビークソ女!! 女の風上にも置けぬヤリマン死ねっ。おまけに男を選んでないしっ。こんな女、処刑するしかない。あたしも微力ながら、あんたに協力するぞ」

 ヤリマンって……ウッキー何もできずに片思いしてただけじゃなかったのか?

 自分で何もしてないとか言ってたし、本人の言うことを信じるかどうかって問題があるけど、男を選んでないとか、何気に物凄くひどいこと言ってるし。

「おお金髪。きみも参加してくれるのか!! そいつはありがたい。ヤリマンって、そんないやらしい間柄にまでなってたのか、二人は!! ショックすぎるぅぅ!! それを知ったショックで、今脳味噌が煮えくり返ってるぅ!! こんな女、もう殺すしかないっ!! 殺す殺すっ!!」

「ではウキキーさん。ウキキーさんのような純粋な気持ちの女の子とは天と地ほど、いや糸ミミズとタニシほども違うこの腐りきった魔王を殲滅しましょう。もうこの際、この世から消してしまうのです。レッツキルキル!!」

 何物騒なこと言ってんだアニ声魔王。

 さっき、ウキキーのことあのアマ扱いしてたのはどこのどいつだよ!? 

 百八十度態度変えてるじゃん……。糸ミミズとタニシほどもって、どんだけ変わるのかもよく分からないし。

「いいわ。殺すのね。こ、殺すしかないわよね。殺す……!! なんか感じちゃうわ、この言葉の響き♥ コ・ロ・ス」

 その大きな目を血走らせ耳を振り振りしながら、声を殺して言うウキキー。

 そんな風に、ジュノとウキキーがなぜか意気投合してしまい。

 棘付き棍棒と炎の魔剣を、それぞれ構えてずがあああん!! ずびゅしゅうう!!

 二人同時に魔王・喩子(ゆず)さんに襲いかかった。

「こっ……、こんなの無理ぃ!? 一人に二人とか不公平だよっ!! 別にあたし、ウッキーなんかと変なこと一つもしてないしぃっ、そもそも眼中なかったしぃっ」

「ウッキーなんんかああああああ!! 何その言い草ぁぁぁっ!?」

 左右斜めにぶんぶんと振り下ろされる棍棒に、横から突き込んでくる魔剣。

「ひいい!!」

 撤退一方のウキキーは、悲鳴を上げ部屋の隅まで追い詰められていき。

「なんなの、この野合ったら!! 悔しいったらありゃしないぃぃ!! もう勝負はお預けよ!!」

 喩子(ゆず)さんが負け惜しみな一言を発した後に、ふぁさあっと。

「「飛んだ!!」」

 羽を動かし、宙に舞ったのだ。

「逃げる気か!? 腹黒女めっ」

 ……腹黒どころかドス黒魔王が何言ってんだ。

 魔王・喩子(ゆず)さんが、ふわふわと室内を飛び始めた。ある程度の浮遊能力を持つジュノも、飛行し移動するまではできないようで、床に立ったままその様子を眺めていた。

「どこに行くんだ、腹黒っ」

「あたしのウッキーを返してぇぇっ」

 叫びながら魔王とウキキーが下から見上げている様子を眼下にしつつ、魔王・喩子(ゆず)さんが言った。

「この砂漠は、あたしが管理する世界の一つに過ぎない。というのも、あたしって、無数の世界に跨って魔王やってる多忙の身だから。こんなところで、うっとうしい連中を相手にしてる暇はない。これから別の世界に行かねば。このあたしを真の魔王と恐れ崇め、反逆者など一人もいない美しい世界にね。くくく。ウキキーとジュノよ、きみたちは、ここに最後まで残って、この世界と一緒に滅び消えいくがいい。あはは、さらばだ」

 そんな意味深な、いかにも魔王らしき捨て台詞を残すと、喩子(ゆず)さんは室内を滑空していった。

 ふぁさささささ!! 籠から抜け出していく鳥のように、開いていた部屋の窓から外に飛んでいったのだ。

 ……ああ。変な金髪と嫉妬ネズミにやられて、喩子(ゆず)さんが怪我しないで本当に良かった。

 この状況になってもそんなこと思ってる僕って、やっぱり、救いようがないバカだよな?


 ずずずずずずん!! と。

 魔王がいなくなった途端だった。

 地響きのような音を立て、魔王城がぐらぐら揺れ出したのだ。

「腹黒が消え、やつに支配されていたこの世界も求心力を失い、滅びつつあるのだっ。こんなとこにいたら、あたしたちも死んでしまうわっ」

ジュノがそう言えば

「早くここから脱け出さないと。元の世界に戻らないと!! でも、旅人の(トリッパーズ・ストーン)もないのにどうやって戻る!? この状況、相当ピンチよっ」

 と、レナが言い

「お三方には申し訳ないですが、マカリー先に帰ってますね。ジュード(白犬)はどこからでも時空横断できるんで。それでは」

 と言うが早いが、白犬に乗ったマカリーが、うわうわと横にウェーブを描くように空間に溶けていき。

「マカリー!! あたしも乗せてってえええ!!」

 と魔王が叫んだ時には、もう僕らの目の前から虚空の中に消えていた。一人、現実の世界に戻っていった。

「ちっ。召使い(メイド)風情が抜けがけしやがって」

って、魔王、きみこそあたしは連れてってとか言って、僕やレナを置き去りにするつもりだったんじゃないか? と、ツッコむ気力もこっちは失せつつあった。

「で、ジュノ、どうすればいいんだよ!?」

「うーむ。一難去ってまた一難的な。せめて、この魔王城内部に旅人の(トリッパーズ・ストーン)があればいいのだが」

「あるんじゃない?」

 と予言者が軽く言って指差したところが……、あの絵だった。

 室内壁面に飾られた、ウッキーとウキキーがそこからぴょんと現れたカラーウェーブが流れる絵だ。絵というには一寸苦しい芸術じみた動画だけど。

「これってさ、旅人の(トリッパーズ・ストーン)っぽくない?」

「そういえばそうだな。ちょっと似てるな、華美な色合いとか怪しい雰囲気とか。でも、あれ(絵)は城内部につながってる接続点(アクセスポイント)だろう。世界同士をつないでるわけじゃないだろう」

 絵の前に全員が集まり首肯する中で、魔王がそう言えば、予言者がこう返してくる。

「そうじゃなくて、あんな不思議な絵があるなら、石もどこかにあっておかしくないんじゃないかってこと。例えば、ここからあの絵を通してワープした先とか」

「あ。そういうこと。ありそうだな、それ」

 と言い終えるや、魔王がいてもたってもいられなかったのか、速攻でぴょん。ジャンプして絵の中に飛び込んだ。すると、そのまま向うに、簡単に絵の中に入ってしまった。

 そして、絵の中で「あった~~!!」と高らかに僕らに向かって叫び、来い来いっと手招きしていた。

 ぴょん。迷わずにレナも飛び込んで、キメラもぴょんと続いた。

 最後に残されたのは僕だった。飛び込むことに、二の足を踏んでいたわけじゃない。一つ気になることがあったからだ。

「ウキキー。きみも来ないかい?」

 一人こちらから離れ、棍棒の柄を床につき佇んでいた彼女に聞いた。

 彼女だけを置いて、ここから去ることはできない。僕を罠にはめた彼女だって、彼女なりの事情でやったんだろうし。

 ウッキーも本当の魔王じゃなかった。ここで犠牲になる必要なんてない。

「お気遣いありがとう。けど、あたしはここに残りたいんだ。あんないけない魔王に支配されていた世界でも、ここはウッキーとの大事な思い出の場所だから。ここを去って、自分だけ助かることなんて」

「ウキキー……」

 ごごごと音を立て、部屋全体が揺れていた。

 がしゃ~ん、どごご~ん!! どこかで窓が割れ、次々に物が壊れる音がした。

 城の崩壊が近付いている。もう時間がない。

「ウキキー。僕は……」

「きみはもう行け。きみのことを待っている友達を裏切っちゃいけないよ。きみは、これからも異界を旅して数々の試練を乗り越えていかなければならない、そういう身なんだ」

「ウキキー。僕、きみには悪いけど」

「ううん。ぜんぜん悪くないよ」

 そう言って彼女が目を閉じ微笑みを見せた時、僕にはあの耳が大きく出っ歯のネズミが一瞬聖母のように見えた。

 ぱらぱらと天井から粉が降ってくる。ぱりーんと窓ガラスが割れ、床の一部にみししっとひびが入る。

「さよなら、ウキキー。もう行くよ」

 彼女が何か応えてくれるかも聞かずに、僕は絵の中に飛び込んでいた。

 状況が地滑りのごとく悪化していた。魔王城そのものがいつ崩れ落ちるかも分からない。絵の向こうでジュノとレナも「早く早く!!」と声を上げていた。

 一刻の猶予も許されぬ危機的状況。


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